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【37】 建国記念式典パーティー

 アルヴェニア王国の建国記念式典。この日、多くの貴族たちが王都に集まった。

 国の防衛に当たる辺境伯家などは免除されるが、伯爵位以上の高位貴族は記念式典パーティーに参加することが伝統となっている。王家の権威を示すための行事でもあるから、新たな王になったレグルスにとっても重要な行事だった。

 爵位のない平民にとっては、ただの祭りのようなもの。貴族たちにとっては王家と同じく重要な社交の場だ。

 とりわけ現在は新王の婚約者が代わったこともあり、新たに迎えた婚約者である聖女ユークディアとの婚姻が発表されるかもしれない。つまりは新たな王妃の誕生が公表される日だ。

 新たな王と王妃に祝福の言葉を送る。高位貴族にはとても大事なことである。


 また今日はそれとは別の、それでいて関わりのあることが貴族たちの関心を集めていた。

 シャンディス侯爵家。その当主であるシャンディス侯爵が王の前に現れることだ。

 神の予言によって王の伴侶と決められていた侯爵令嬢キーラに対する王からの婚約破棄。

 彼女を側妃になら据えて良いとまで侮った王の言葉。

 さらには聖女ユークディアの毒殺未遂事件でのキーラの投獄。

 神殿をも巻き込んだ一連の騒ぎを知らぬ貴族は王国には居ない。

 未だ聖女の毒殺を謀った者は捕らえられていないものの、キーラの無実だけは神殿が証明した。つまり冤罪による高位貴族令嬢の理不尽な投獄だ。

 それも当初は貴人牢でさえなく地下牢への投獄。

 かの聡明で温厚なシャンディス侯爵といえども、これ程の徹底的な一人娘への侮辱を受けて未だ王に忠誠を誓うとは思い難い。

 即ち、今日。八侯爵家の内の一家門が王家との決別を言い渡すかもしれない日であった。

 無論、唯々諾々(いいだくだく)とシャンディス侯爵が王に従う可能性もある。

 しかし。貴族にとって名誉や誇りとは何よりも重んじるもの。

 ましてや王国でも重要な武力を持ったシャンディス侯爵家だ。王家に対して何かしらの落とし前とも言うべきことを求めねば、これから先も軽んじられるだけ。

 シャンディス侯爵がただ黙して引くか、それとも何かを新王に要求するのかは、誰にも予想できないことだった。

 仮にただ沈黙を選ぶにしても、裏では王との間に何かの話をつけるのが最もあり得る話。

 それとも或いは最愛の妻との間に出来た、たった一人の娘のために。王家に反旗(はんき)(ひるがえ)すか。それもまたあり得る話だと諸侯は考えている。


 レグルス王の侯爵令嬢キーラに対する仕打ちは悪評として広まっていた。キーラを『悪女』に仕立て上げ、王家の威信を保たんとする動きもあるにはあったが、神殿が動き始めていたためにそれが叶わなかったのである。


『王は神の予言を無視した』

『そのため神はお怒りになり、予言の全てを焼き払った』

『大きな間違いをレグルス王は(・・・・・・)犯している』


 婚約破棄の時点でレグルス王は神殿をも敵に回していた。

 次なる婚約者が、せめて聖女であったことだけが救いだ。

 相手が聖女ではない他の令嬢であったならば、王家と神殿は決定的に対立するまで至っていたかもしれない。


 またシャンディス侯爵が注目を集めているのは、この一か月のミンク侯爵家との小競り合いにもある。ミンク侯爵が王家を頼ったもののレグルス王に見放された件も広まっていた。

 そもそもシャンディス家がミンク家に対して攻撃しているのは侯爵令嬢キーラに兵を差し向けたことが原因である。シャンディス侯爵家はそれを隠していない。

 シャンディス家の騎士団がキーラを保護した話が有力だが、まだ一連の事件の後、侯爵令嬢キーラが表舞台に姿を現わしたことはなかった。

 しかし、苛烈な報復ではなく襲撃者を捕らえるに留めているらしい冷静なやり口から、あくまで侯爵令嬢キーラは無事に保護できたものだと推測できた。

 もしも致命的な傷を令嬢が負っていたならば、そのような甘い小競り合いで済ませるはずがないからだ。怒り狂ったシャンディス侯爵の指揮の下、ミンク家は蹂躙されていただろう。

 それもキーラが表舞台に立たねば悪意ある詮索は消えない話だったが。


 レグルス王が自身の婚約者に据えた聖女の父、ミンク侯爵を見放した原因。それもまた侯爵がキーラを襲わせたことにあるのではないか? そのように噂もされている。

 レグルス王の寵愛は、真実の愛は、聖女ではなくキーラに注がれている。やはり神の予言は正しかったのだ、と。


 今夜、アルヴェニア王国で注目を集めるすべての者たちが集う。

 諸侯は、王国の未来を決める一日にただ沈黙し、その時を待つのだった。


◇◆◇



「……シャンディス侯爵は来たか」

「はっ。既に王都に来ているようです」

「そうか。……キーラは連れているか?」

「はい、シャンディス侯爵と共にその姿を確認しました」

「……そうか! やはりキーラは無事だったか!」

「……!」


 聖女ユークディアがすぐそばでレグルス王の態度に衝撃を受けて悲しみや憎しみに暮れている表情を、レグルス王は見なかった。

 かつてのように気遣われることもない。

 聖女は、かつてのキーラと同じように王に愛されない存在へと成り下がっていた。

 ただ一点、王からの憎悪を向けられていないことだけが、かつてのキーラと違う。

 しかし、そのこともまるで『聖女に関心さえ無い』と示しているようで。

 よりいっそうユークディアの表情を歪ませる理由になっていた。


「すぐに迎えに行かせよ」

「……迎えに?」

「そうだ」

「れ、レグルス様? シャンディス侯爵家を、キーラ様を迎えてどうなさるのです? すぐに建国記念式典のパーティーが始まります! 彼らもそこに向かっているのでしょう!?」


 ユークディアは切羽詰まった様子で報告に現れた王の配下に言葉を掛ける。


「は、はい。聖女様のおっしゃる通り。シャンディス侯爵家はパーティーに参加するつもりで動いています。王の元に来るつもりです。それでも迎えに行くのですか?」

「そうだ」

「何のために!?」


 ユークディアは耐え切れずレグルス王に向けて声を荒げた。


「何のためにだと。そんなもの……」

「キーラ様をまた婚約者に据えるためですか? 今度は私と婚約破棄を? 式典パーティーのパートナーとして、今日はキーラ様をエスコートなさるのだと?」

「…………」

「……レグルス様。その行動にあえての忠告など致しませんわ。ですが。もしキーラ様を再び婚約者に据えたい。伴侶と据えたいとおっしゃるのなら。……今、ここで! この場で! 私との婚約を解消することをお申し付け下さい!」

「……何を、言っている。ユークディア」

「公衆の面前での婚約破棄など侯爵令嬢としての侮辱に他なりません! どうせ、そのように遇されると言うならば晒し者になるつもりなど私にはない!」


 キーラにはその侮辱を与えておいて聖女はそう(のたま)った。

 だが、その事を責める者はここには居ない。


「……お前が侯爵令嬢としての誇りを語るのか? ユークディア」

「なっ! 確かに私は庶子ですわ。愛妾であった母と父ミンク侯爵の子。ですがそれでも! 今の私はれっきとした侯爵令嬢であり、聖女なのです! 矜持と誇りがあるのです!」

「……聖女の予言もまた既に撤回されている。神自身の手によって」

「であれば、キーラ様が王の伴侶となる予言も既に撤回されておりますわ! 神自身の手によって!」


 王と聖女は(にら)み合う形となった。そこには互いを尊ぶ愛などはなく。


「……どうしたいと言うのだ、ユークディア」


 レグルス王は幾分か先程よりも落ち着いた声になり、聖女に問いかけた。

 それを受けてユークディアもまた声を落ち着かせる。


「キーラ様をその足で、誰よりも先に、嬉々として迎えに行くと言うならば。ここで私との婚約破棄を告げて行ってくださいませ。そうしていただけたなら、私はこのまま大人しく王宮を去ります。ミンク侯爵家には帰れないでしょう。あの父は私にそんな愛情は持っていない。……ですから大神殿に身を寄せます。不老の大神官エルクス・ライト・ローディア様の下、予言の通り……神に仕え、祈りを捧げる聖女となります」

「……なん、だと……」


 レグルス王が目を見開いた。その事に聖女は、あろうことか喜びを覚える。

 ここで驚くということは、王の心は。キーラに向ける、その何分の一かも分からないが。

 王の愛はユークディアにも向けられている。そう感じたからだ。

 そのような小さな愛にさえ喜びを覚えることに、余計にみじめさも募ったが、それでも。


「レグルス様。……いえ、国王陛下。ご決断下さい。私をここで切り捨てるか、否か」


 聖女は確かに覚悟していた。ここで王と歩む未来が潰える可能性を。


「……いや。行かぬ。ユークディア、私はお前の手を引いて式典パーティーに参加しよう」

「レグルス様!」


 聖女は仄かに笑顔を浮かべた。かつてはレグルス王が癒されたはずの笑みだ。

 それでも王の心はキーラに再会することの方が大きくあった。


◇◆◇


「……既に中にはシャンディス侯爵、及び、侯爵令嬢キーラ様と護衛の騎士たちが入っております。騎士たちは帯剣を許していませんが、それでも彼らは腕利きの騎士。三人程度の人数ですが、侯爵本人も未だ現役にして手練れでございます。それに会場の外ではシャンディス家の騎士団も警護を名目に控えています」

「……護衛が居るのは良い。手荒な真似をするつもりはない」


 シャンディス侯爵はレグルス王の申し出を断るだろう。そうなれば王家と侯爵家で争いにはなるかもしれない。しかし、それはこの場でではない。内戦になるとしても後日改めて、ということになるはずだ。だから、まずはキーラだ。

 キーラが無事であることを、その姿に傷がついていないことを確かめるのが重要だった。


「──レグルス・デ・アルヴェニア国王陛下! 並びに、聖女ユークディア・ラ・ミンク侯爵令嬢! 入場です!」


 名を読み上げられ、諸侯が集ったパーティー会場に王と聖女は入っていった

 パーティーへ参加する者は、彼らの入場で最後だ。

 既に会場内にはシャンディス侯爵家の一団が入っていた。


「……キーラ」

「キーラ、様……」


 王と聖女は同時に同じ姿を見つけ、呟く。

 キーラ・ヴィ・シャンディス。腰まで伸びた白銀の髪。レグルス王と同じ青い瞳。

 若く、美しい、侯爵令嬢。彼女が着ている服はただのドレスではなかった。

 隣に立っている侯爵、カイザムが着ている騎士服と似たデザインの上着。それに合わせたようなスカートは丈も長くドレスに見えなくもないが、どこか他の令嬢とは雰囲気が違う。

 まるでシャンディス侯爵の礼装を、そのまま彼女用に仕立てたような姿だった。

 レグルス王は聖女ユークディアの手を取りながら、まっすぐにシャンディス家の前へと移動していった。

 その動きに貴族たちは沈黙する。彼らが交わす会話を一言たりとも聞き逃さないように。


「キーラ。キーラ・ヴィ・シャンディス」

「──レグルス・デ・アルヴェニア国王陛下。お久しぶりでございます。シャンディス家一同、王の下に参りましたわ」


 建国記念式典のパーティーが始まる。


※改稿済み(2025/01/26)

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― 新着の感想 ―
[良い点] 女性の心情の描画が細やかで良いと思います。 [気になる点] 予言書が燃えたときに、聖女もそこで終わりになったと何処かに書いてあった気がしますが、その後も聖女はずっと聖女と扱われているのが気…
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