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【36】 問題

「……不本意だわ」

「うん?」


 私は今、馬に乗っている。二度目の人生で慣れたものだから、身体能力が追い付かなくても乗りこなせるわ。問題なのは一人で乗っているワケじゃないということ。


「鍛えた身体ならこんなことをしなくて良いのに」

「ああ、この体勢か?」

「……そう」


 今、私はリュジーと一緒に馬に乗っているのだ。彼が後ろ。私が手綱を握り、リュジーは左手で私の腰を抱いている。

 ……実際には、彼の『影の手』が私の身体を掴んでいて肌にも直接触れている。

 だから簡単には振り落とされない。思いの外バランスが良い。

 影の手が周囲にバレないように私たちは黒を基調にした格好をしている。

 そして、リュジーの右手は槍を掴んでいた。二人乗りの時点で馬には負担を掛けているけれど、今乗る黒馬は体力自慢の馬だ。なので特に問題はなさそう。


「仕方ないだろ? 今のキーラは、所詮は鍛えていないただの令嬢の身体なんだから」

「くぅ……。五年も掛けて鍛えてきた体力が一度になくなった気分!」


 私は二度目の人生では騎士の道を進もうとした。だから馬だって乗りこなせるし、細身の武器ならば振るえる。でも今の私の身体は、それらが出来る筋力や体力がない。

 あの頃と同じなのは侯爵家の騎士団の皆をよく知っていること。それから戦術的な考え方だけなのよね。

 言ってしまえば頭脳労働の担当。指揮官としての役割は出来ても戦闘員にはなれない。

 それ故の苦肉の策がリュジーとの、この二人乗りの状態だ。

 リュジーが私の武力として私を守り、時には戦うスタイル。

 まぁ、戦闘と言ってもやっていることは『残党狩り』に近いのだけど。


「座り心地は悪くないだろう?」

「……そうだけど」


 いつものように身体が彼に包まれている感覚。

 しばらくずっと一緒に居たから、こうされていない時がなんだか寂しいぐらい。

 ……悪魔のことだから依存するような何かがあるのね、きっと。

 それとも私がもう彼を好きだから、一人の女として、ずっとそうして欲しいだけ?

 分からない。私は、こんなにも男性と触れ合い、愛情を注がれたことがないから。


「リュジーはこれからもずっとこうしてそうだわ」

「うん? 当然そうするつもりだが」

「……これからって『これから』よ?」

「ああ。分かっている。ずっと、だろ?」

「…………」


 ……問題(・・)だわ。

 女侯爵となって状況が落ち着いた後も、こんな風に彼はずっと私を抱き締めて過ごすの?

 そりゃあ仕事は私がするものだわ。侯爵なのだし。

 男性が爵位を持って夫人が家の管理をする家とは違ってくると思う。

 でも、だからって、その。リュジーは、これからもこうして私を抱き締めているだろうか。

 それを考えるとなんだか恥ずかしい。彼の膝の上に乗って執務室で働く自分を想像する。

 ところ構わず彼が触れてきて愛を囁かれて。……だ、だめに決まっているわ。そんなの!

 公私混同もいいところ。でも高確率でそうなることが分かる。そして私自身、そうなることをきっと嫌だと思っていなくて、むしろ『いいな』などと思っている。ああ、もう!

 もしかして、これが普通の男女関係なのだろうか?

 報われない愛に涙を流してばかりだとか。

 常に怒りの目を向けられ、自身の存在も、その気持ちさえ否定されるばかりじゃなくて。

 好きと伝えたら、彼も好きと返してくれて。何もしていなくても抱き締められて。

 恥ずかしいと思ったら、愛していると囁かれて。

 そして、いつの間にかベッドに連れ込まれてしまっても心から嫌だなんて全く思わなくて。

 むしろ、そうなることを私の方から望んでしまっていて。

 でも相手はリュジーで、悪魔だから、うん。普通の恋愛や男女関係ではないと思う。

 そう。私がそういうことばかり考えてしまう女なんじゃなくて、悪いのはリュジー。

 うん。そうよ。そうに違いない。

『溺愛』とやらをされると私がチョロい、だとか。そういうことはないの。

 なにせ私は女侯爵よ? 王族が一人しか残っておらず公爵家のないアルヴェニア王国にとってかなり高位な女。

 ユークディア様が王妃になるから彼女が一番だとしても、そうなれば私は王国において王妃の次に高位な女性ということよ。

 他家の侯爵夫人も、ほとんど変わらないと言えばそうだけれど、それでも。

 だから私が簡単に彼になびいたとかじゃなくて、リュジーが悪くて、その。だから。


「キーラ隊長(・・)! 新しく捕まえましたよ!」

「……! ええ! ありがとう。よく頑張ってくれたわ!」


 私は騎士団員に声を掛けられ、慌てて頭の中の妄想を振り解く。


「キーラ? 平気か? 疲れてないよな?」

「だ、大丈夫だから! 考え事をしていただけよ!」

「そうか? 辛いならいつでも言えよ。キーラを助ける為に俺が居るんだからな」

「……! え、ええ。分かっているわよ」


 リュジーは優しい。悪魔のくせに。

 それに誰にも負けないぐらいに格好いいわ。悪魔のくせに。

 頼りにもなる。悪魔のくせに。


「……いやぁ。ラブラブッスね。キーラ隊長たちは」

「えっ!? な、何を言っているの、ロイ!」


 私は顔に熱が昇って赤くなるのを自覚する。

 もう! いつもこんな思いをすることになるの? 恥ずかしいわ!


「俺の名前も知っているし、よく覚えられるッスね。キーラ隊長に挨拶しましたっけ?」

「私、侯爵家のことはずっと気に掛けていたの。だから、騎士団員である貴方たちのことも、色々と調べていてね。それで名前を覚えてしまったのよ」

「へー。それでも人伝ての情報でしょう? それですぐに名前と顔、どころか個人ごとの話を結び付けられるのは素直に凄いと思いますよ」

「時間を掛けて覚えたの。でも、きっと私が知らないことや、思っていたこととは違うことは沢山あるわ。だから私の間違いがあったら正してね、ロイ」

「それはもう! 新しき侯爵閣下に忠誠を誓いますとも!」


 なんて騎士のロイが元気にそう言った。


「いやー。カイザム隊長は格好いいですけど。キーラ隊長みたいに美人の総大将っていうのもやる気が違いますね!」


 なんて、騎士のアザムが軽口を叩く。


「……アザム。貴方、もしかして村娘のカトレアと付き合っている?」

「えっ!? な、なんでそれを……」


 やっぱり。それは変わらないみたいね。

 人間関係は大きく違っていても不思議じゃなかったけど。

 当て嵌まることの方が多い。これなら、この世界でもやっていけそうだわ。


「あんまり私のことをどうこう言っていると、カトレアに愛想を尽かされるわよ。彼女を大事にしなさい、アザム」

「は、はい! キーラ隊長!」


 シャンディス家の騎士団員たちは概ね私に好意的だった。

 私自身が彼らの抱える不満や、そして良い部分を直接把握しているのが大きいのだろう。


「くくっ。人心掌握もお手のものだな、キーラ。カリスマという奴か?」

「……分からないわ。今は知識という財産で切り盛りしているだけ。それだけじゃ通用しない時がいつか来るはずだから」


 慢心は出来ないわよね。今は幸運が続いている時期なだけよ。


「そうかもしれない。だが、自信を持つのは悪いことじゃない。その知識は、キーラ。間違いなくお前の努力の結果の一つなのだから。他の誰が認めなくても俺はそれを肯定できる。忘れるなよ」

「リュジー……。うん、ありがとう……」


 私は腰に回された彼の左手に手を添える。今、私は私の人生を肯定している。

 これまで生きてきた私のすべてを否定せずにいられる。

 それは、なんて素晴らしいことだろう。なんて恵まれたことだろう。

 私は今、世界に感謝できている。だから返さなくては。そうしてくれた世界に。

 女侯爵という立場として、このシャンディスに生きる民に幸福を返そう。


「……これで概ね、あの時にキーラを襲った連中は捕まえたな」

「リュジーはあの状況でよく彼らを把握できていたわね」

「影を広げて確認していた。悪魔は必ず報いるものだぞ」

「ふふ、そうね」


 侯爵家に帰る道で私を誘拐しようとし、或いは殺そうとした彼らは、ほぼ全て捕まえた。

 予想通り、ミンク侯爵家の手の者たちだった。

 そんな彼らはいとも簡単にシャンディス家の騎士団によって捕らわれる。

 本格的なシャンディス家との領地戦を恐れてか、彼らはミンク侯爵に庇護されず、どころか見捨てられる形となっていたのだ。

 私を取り逃したことでミンク侯爵デルマゼアの怒りにも触れていたのだろう。


 だけど、そこが狙い目となった。

 領地と領地の本格的な争いとなるのは私も望むところではない。

 大一番は、建国記念式典なのだから。

 ミンク侯爵に見捨てられた彼らを捕まえ、連れ去るのはシャンディスの騎士たちの手を借りれば容易かったわ。


「私を連れ去ろうとした者たち。ならば、自身が連れ去られても文句は言えないわね?」

「そうだな、くくっ」


 彼らは、このキーラ・ヴィ・シャンディスに手を出そうとした。

 だから報復せねばならない。泣き寝入りなど私はしない。貴族とは、(いな)。人間とは見下されて良いものではない。見くびられて良いものではない。

 ……まぁ、私も彼等を見下していると言えば、そうだけど。これは因果応報でもある。


 とはいえ、彼らも結局は末端。命令されたからそれに従っただけというのも事実だ。

 付いた陣営が悪かったし、住んでいた場所が悪かっただけとも言える。

 だから、私は彼らを殺しはしない。情報を吐かせるために痛めつけはするけれど。

 私を侮った報いを受けさせた後は……過剰な報復はしないわ。


「とにかく、この作戦でミンク侯爵の手下たちは削ったわ。おいそれと私やシャンディス家に対して武力行使の手は取れなくなったということ。そして、かの侯爵にとって多くの都合の悪い情報を得ることも出来た」

「ああ」


 ミンク侯爵自身を倒す算段はこれでついた。あとは、彼の悪事を公の場で晒すのみだ。証拠も証言も揃っている。


 ここで問題となるのは……聖女ユークディア様だ。

 彼の娘が今、レグルス王の婚約者である以上、ミンク侯爵家は未来の王妃の家門一派。

 王家がミンク侯爵家の味方に付く可能性は高い。

 であれば次なる一手は、聖女ユークディア様と、その父であるデルマゼアの分断。

 かの親子が決別しさえすればミンク侯爵家を王家が庇う意義はなくなるだろう。


「……ユークディア様。私は、貴方とも決着をつけましょう」


 彼女もまた純粋にレグルス様を愛してはいるのでしょう。

 だけど、まだ王の婚約者であった私から彼を奪う形だったことは責められるべき。

 少なくとも彼女を何の瑕疵もない王妃には出来ない。


「……私は悪女ね」


 レグルス様への愛が枯れたと言うのに、ユークディア様を捨て置かないつもりなのだから。


「それでいい。それが良いんだろ。キーラは俺の妻となるんだから」

「つ、妻って。そうだけど、リュジー」

「くくっ、それももうすぐだ。大急ぎで準備中」

「……そうね」


 私とリュジーは結婚する(・・・・)

 女侯爵となり王の側妃になるなどという侮辱を許さない立場にはなったが、まだ足りない。

 侯爵として伴侶を得て、家門に身を埋める立場だと内外に証明する。

 そして、これは復讐(・・)だ。私の愛はレグルス様ではなく、リュジーに注がれる。

 ……そして。


「覚悟はしているか? 結婚式は簡素なものだ。大急ぎでのモノだからな」

「それは問題ないわ。別に結婚式を盛大にしたい憧れはなかったから」


 結婚式の規模以前の問題だったからね、今まで。それはいいのよ、別に。

 ただ大いなる問題(・・・・・・)としては。


「キーラは俺のものだ。俺だけの女になる。生涯」

「もう! 今から意識させないで!」


 だから、そう。結婚するのだ。それも貴族としての結婚だ。

 手順があり、格式があり、順番があるのだ。つまりはその。初夜(・・)を迎えるのだ。

 ……これは復讐。復讐でもある。そういう考えはもちろんある。

 男性にとって、愛する女が別の男性に抱かれることは最も耐え難いことであると言う。

 そしてレグルス様が、今もなお私にそういう執着を向けているならば。

 これは復讐としては欠かせない。なのだけど。

 ……今の私は『復讐だからするのよ!』という気持ちよりも、その。

 純粋に、リュジーに。だから。つまり、その。

 問題なのだ。これは大きな問題だった。


「リュジーは、あんまり男女関係に興味なさそうだけど。そういうのがイヤなら言ってね? 結婚しさえすればいいから」

「何を言っている?」

「え、だって」

「俺は他の女に興味はない。だが、キーラは別だ」

「ちょっ! だから簡単にそういうことを!」


 言うからリュジーは困るのだ。だって私はそういうのに慣れてない。

 すごく、弱い。ついつい頬が緩んでしまうぐらいに嬉しく感じてしまうのだから。


「悪魔としての約束事としよう。俺は女としてはキーラだけを愛する。悪魔は、約束や契約を守るものだ。安心していいぞ」

「も、もうっ!」


 彼は、する。彼と、する。

 男女としての情熱がないと思っていたけど、どうやら違うようだ。

 つまりは、だから、覚悟が必要で。

 そして、それはもうすぐ迎えなければならないことだった。

 嫌ではない。むしろ望んでいたことは自覚している。でも、恥ずかしいは恥ずかしい。


「はぁ……」


 これが目下、私の目先にある大問題なのだった。


※改稿済み(2025/01/25)

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