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【35】 領地戦

※改稿済み(2025/01/22)

「レグルス陛下! シャンディス侯爵家は内戦を始めようとしているのです!」


 王宮にてミンク侯爵がそう訴える。大臣達も集う場だ。


「……報告は聞いている。シャンディス侯爵家の騎士団は、ミンク侯爵家の手の者たちを次々と襲い、捕らえているそうだな」

「はい! このようなことを許されていいはずがありません! 今すぐに王の兵を動かしてください! 彼奴(きゃつ)らは最早、我らがアルヴェニア王国の反逆者ですぞ!」

「……反逆者、か」


 レグルス王は溜息を吐いた後……怒りの表情でミンク侯爵を見下ろした。


「反逆者はどちらだ? ミンク侯爵よ」

「……は? な、何を。レグルス陛下?」

「……我が『影』が一人の賊を捕らえている。先日、シャンディス侯爵令嬢キーラを襲った賊の一人だ」

「なっ」

「その者が言うには、襲撃したのはミンク侯爵。貴様の一派だと言うのだ。これを侯爵はどう説明する?」

「そ、そのようなこと! その賊の出任せに過ぎません! 或いは、それもシャンディス家の企みに違いない!」

「……出任せ、か。そうだな。もちろん、その線も疑うべきだろう」

「そうでしょう! 陛下ならそうおっしゃって下さると……」

「だが、ミンク侯爵家への疑いが消えるワケではない」

「な……」

「シャンディス侯爵家を疑うのなら、それと同様にミンク侯爵。貴様の家門も疑わねばならぬ。 何故なら賊が証言しているのは間違いなく貴様であり、貴様の家門なのだから」

「そんなものは濡れ衣です!」

「……それをどうやって証明する?」

「証明など! 陛下は我が娘、ユークディアを愛していらっしゃるのでしょう!? ユークディアは今や陛下の婚約者にして未来の王妃! であれば小娘一人など我らは相手にする理由さえもありません! これはユークディアに正妃の座を追われ、嫉妬に狂ったあの毒婦、キーラ・ヴィ・シャンディスの差し金に違いない!」

「……お前は、いつもそれだな。デルマゼア・ラ・ミンクよ」

「なんっ……」

「……お前は、それほどキーラが気に入らぬか」

「何をおっしゃっているのです、陛下……。私は、ただ真実を」

「……真実。真実とはな。一体何が真実と言うのだ。思えばキーラを見下す発言をするのは、いつも貴様の息のかかった者ばかり……」

「何をバカなことを! あの女を見下していたのは……他ならぬレグルス王! 貴方ではありませんか!」

「…………」

「陛下が常にあの小娘を軽んじ、そして王妃に相応しくないと考えているのだと全身全霊で表していました! ですから、婚約破棄などという醜聞を大臣たちもが受け入れ、真に愛する我が娘ユークディアを妃に据えようとなさったのでしょう!? キーラ・ヴィ・シャンディスを最も侮辱し、踏みつけ、見下し、蔑ろにしていたのは……王よ! 貴方だ! 私はそれを肯定してきたに過ぎません! 偏に王への忠誠心が故にです!」

「──黙れッ!!」

「……!」

「デルマゼラ・ラ・ミンク侯爵。もう貴様の言葉など聞きたくもない。シャンディス家と領地戦がしたくば好きにせよ。王の兵は動かさん。それは、ただの領地戦に過ぎぬ。良いだろう? 勝てばシャンディスの地が手に入るやもしれぬ。良い機会だと思うがいい」

「な、何を……見捨てるのですか! 我がミンク家を! 陛下の妻となる者の家門を!!」

「先に仕掛けたのはその貴様の家門であることを忘れるな。お前たちからシャンディス家に手を出したのだ。侯爵の一人娘を手に掛けようと配下を動かしたのだ。王宮はそう考えている。そう受け止めている。ここでいくら貴様が吠えようが、その認識は変わらぬ」

「な、な、な……!」

「正義を主張したくば、ミンク侯爵よ。シャンディス侯爵家に勝利して見せよ。王家はどちらにも手を貸さない。領地戦を認める。シャンディス家とて必死なのだろうさ。娘のキーラが貴様の手の者に渡っているやもしれぬから、と。徹底的にすべてが暴かれでもしない限り、ミンク家の疑いは晴れぬ。シャンディス侯爵がそれを成すというのなら私はそれを止めはしない。 ……貴様の疑い。キーラが私の前へ無事に姿を現さない限りは晴れぬと心得よ」

「なん……王よ、王よ、レグルス王よ! 貴方は! ユークディアよりもあの小娘を! キーラ・ヴィ・シャンディスを慮るとおっしゃるか! 己から婚約破棄をしておいて! ユークディアを次なる妻へと据えておいて!」

「……もう行くがいい。貴様は王宮で潰す時間などあるまい? こうしている間に貴様の土地がシャンディスに蹂躙されるぞ?」

「くっ……! 後悔しますぞ! レグルス王よ!」

「出て行け。……ああ、どのような結果になったかは建国記念で聞いてやろう。せいぜい、それまで生き延びろ、ミンク侯爵よ」

「ぐぅぅ……!」


(若造が、若造がぁ……!)


 デルマゼア・ラ・ミンクは王への怒りを抱いたまま王宮を追い出された。そして、やむなく領地へ帰っていく。


「くそっ、くそっ、くそっ!!」


(またシャンディス家だ! またキーラだ!)


 領地戦と言ったが本格的なものではない。威力偵察とも言うべき行動。

 そもそも本格的な領地戦になどなれば、シャンディス家にはおそらく敵わない。

 だからミンク侯爵家が勝つためには王家の支援が必須だった。


(だというのに、あの王は! 若造がッ!)


 シャンディス家が狙っているのは……領地ではない。そして領主のデルマゼアでさえない。

 ……あの時。キーラを誘拐し、或いは亡き者にしようとしたミンク家の手の者たち。

 まるで彼らの居場所のすべてを掴んでいるかのように襲撃し、そして攫っているのだ。

 誰かが情報を流している。帰ってこなかった連中の誰かかもしれない。

 その上、あろうことか王家にまで真実を暴露したバカが居る。


「使えない連中だ!」


 しかし最も腹立たしいのはシャンディス侯爵家だ。何だと言うのか。このようなやり方は、今までのシャンディス侯爵、カイザム・ヴィ・シャンディスのやり方ではない。

 報復するにせよ何にせよ、やるならば、もっと正攻法でぶつかってくるような男だった。

 しかし、今の彼らはキーラの一件の報復以外に意図はないとでも言うかのような動きだ。


(……正当な報復として動いている。侵略とは思われないように)


 こちらが襲った。だから向こうはその分だけ襲い返す。あくまで悪いのはミンク侯爵家だ。まるで、そう主張しているかのように。領民には被害が出ないように。キーラを襲った者たちのみ、襲い。しかも殺しはしない。確実に捕虜にし、捕らえている。


(どうせなら死んでしまえば良いものを!!)


 生きたまま手駒が捕まっていく。それは、こちらの情報がどんどん相手に奪われていくようなものだ。ミンク家に対する忠誠心があるなど何も信用できない。捕まった連中が無傷のまま王や貴族の前で証言を始めれば、あまりにも形勢が不利になる。


「くそ、くそ、くそ!」


(それと言うのも……ユークディア! バカ娘がしっかり王の寵愛を受けていないからだ!  新王は未だにキーラ、キーラと宣うばかり! ユークディアは全く眼中にすら入っていない! だから、この私の思う通りにならんのだ!!)


 ユークディアが王を篭絡さえしていれば、すべてが上手く解決したのに。

 デルマゼアは、心の底からそう考えた。


◇◆◇


「へ、陛下。シャンディス侯爵家からは……良い返事はありません」


 レグルス王はミンク侯爵とは別の方向に苛立ちを見せた。


「私を見くびっているのか、シャンディス侯爵、カイザムは!」


 キーラは生きている。デルマゼアの様子からしてミンク家にも囚われていない。

 ならばキーラは侯爵家に帰っているはずなのだ。だというのに。だというのに。

 シャンディス家は未だキーラの安否すら報せない。レグルス王が再三、キーラを登城させるように命じているのにシャンディス侯爵はすべて無視している。それどころか。


「……また侯爵からは『建国記念の式典パーティーで顔を見せます』とだけ。返答の書簡にはシャンディス侯爵家の印章も使われています」

「あの男は!」


 王を愚弄するにも程がある。キーラを連れて来いと何度も命令していると言うのに。

 記念式典でなら顔を見せる、と。

 姿を見せろと言っているのは侯爵ではなく、侯爵令嬢、キーラだと言うのに。


「……このまま、本当に式典までキーラを隠すつもりか、カイザム」


 何のために。レグルス王とて苛立っていた。

 デルマゼアのためではないが、王家の兵を動かしたいぐらいだった。

 だが、それは大臣たちに止められ、そして神殿までが牽制してくるため出来ない。

 いっそ、それこそ反逆者らしく騎士団を動かせばいいものを、と。レグルスは思う。

 あくまでシャンディス侯爵家がしているのは正当な報復行為だ。先に侯爵令嬢が襲われたのだから。あれしきの報復を黙っていろと王家が言えば、それはおかしな話になる。

 それを言うなら聖女が毒殺されかけたのが先だと主張する声もあるが……。

 神殿がキーラの無実を証明した。その件でシャンディス家を責めれば、神殿すらも敵に回してしまう。そればかりは大臣たちも絶対に認めなかった。


「……忌々しい!」


 武力行使が出来ない状況。王家の影すらも慎重にならざるをえない家門。

 これでは……大人しく式典の日を待つしかない。


「……あと、二週間」


 侯爵家の二つが小競り合いを続けていようと、いずれその日はやって来る。

 すべてが集い、すべてが揃う、その日が。


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