【34】 継承
※改稿済み(2025/1/17)
「似合っているぞ、キーラ」
「ふふ、ありがとう、リュジー」
私は今、新しく仕立てられた服に袖を通している。ドレスとは違う。騎士服とドレスの中間といった衣服だ。スカートは短い丈だが、レースが重なっていて下着が見られるようなことはない。騎士としての動き易さ、帯剣、そしてズボンではなくスカートを履く形式。
今の私の格好は強いて言えば『女騎士』というところね。格好良さと女らしさを両立させた範囲を狙った私のための衣装。
「キーラ、よく似合っているよ」
「ありがとうございます、お父様」
新しい衣装を着こなすとお父様が迎えにやってきた。
建国記念パーティーまで一か月もない。やるべきことは沢山あって予定は詰まっている。
「……また、レグルス王から手紙が来たよ。キーラが無事だと決めつけている文章だ。まぁ、無事なのだけどね」
「それでも確信はないはずでしょう? あの方は、私が死んだなんて死体を見るまで認めないのよ」
「……まったく。困った王だ」
本当にね。
「キーラ、どちらに手を引かれたい? 閣下か、俺か」
「……困る質問をしないでちょうだい、リュジー」
「くくっ」
あの時、お父様にだけリュジーの正体を打ち明けた。私がした不思議な体験のことも。
今の人生の私が知るはずもない、シャンディス家の皆のことを話してみせると信憑性も増したようだ。お父様は私の言葉を信じてくれ、そしてリュジーも受け入れてくれた。
「お父様、レグルス王からの手紙は?」
「送り返したとも。キーラを王宮へ連れて来いなど。王の影を使って攫おうとしておいてどの口が言うのか」
「閣下の言う通り!」
「リュジーって、お父様に下手に出るわよね……」
いえ。今までも言動は小者と言えばそうであったような気もするけど。
「いけないのか? キーラの親だろう」
「そうだけど。誰にでも傲慢なのかなって」
だって悪魔だし。
「リュジーくんと言えば……大神官様とは話が出来たよ」
「本当ですか? それでしたら」
「ああ。キーラとレグルス王の婚約破棄は、シャンディス侯爵として正式に受け入れた。神の承認の元に。これで今、キーラはあの王の婚約者では完全になくなった」
「……良かった」
侯爵であるお父様がその場に居なかったから、と無茶苦茶な理論で婚約破棄を撤回されかねない勢いだったから。
「キーラ。お前は騎士になりたいかい? そう願って生きたこともあるのだろう」
「騎士に……」
今、私はお父様にある提案をしている。概ね、それは受け入れられていて。
だからこその問い掛けなのだろう。
「これから、私が剣を手に取ることもあるでしょう。鍛錬は続けます。ですが私は一介の騎士では終わりません。ですので、この道に後悔などありません、カイザムお父様」
「そうか、なら次に進めよう」
私は深く頷いてから、お父様に話し掛ける。
「お父様」
「うん?」
「……ありがとうございます。私の我儘を聞いてくださって」
「ふっ。この程度は我儘じゃない。それに責任も果たしているよ。キーラならば出来ると考えての決断だ」
「はい。その言葉、しかと。覚悟と共に受け取ります」
そして、私はお父様の手を取りながら屋敷の外へ出た。外には侯爵家の騎士団、シャディス・リッターが並んでいる。それに他にも派閥の貴族たちや神殿関係者も。
「──皆、聞け。これよりお前達の前で……継承の儀を行う!」
継承。何を継承するのか。それは。
「私が有していたシャンディス侯爵位は今この時よりカイザム・ヴィ・シャンディスから……
──キーラ・ヴィ・シャンディスへと譲り渡す! 新たな侯爵は彼女だ!」
侯爵位の継承。今日から私は女侯爵キーラとなった。
既に正式に断ったことであるが、今後とも側妃の打診など受け付けない。
私はアルヴェニア王国、八侯爵の内の一人になったのだ。
女だとて妃に娶る話などすれば、それは諸侯に対する侮辱に他ならない。それを通せば他家すらも巻き込んで王と諸侯の軋轢となるだろう。
もうレグルス様が私を妃に望むことは叶わくなる。
「キーラ・ヴィ・シャンディス女侯爵です。皆、大人になった私のことをよく知りはしないでしょう。騎士たちにとっては未だ幼子のままかもしれません。武の道は至らず不安に思うこともありましょう。ですが、私は騎士の道を軽んじない。シャンディスを支えた多くの剣に敬意を表する。そして、武ではない生き方も軽んじません。かつては王と国に捧げるために培った私のすべて。それらを生涯、このシャンディスに捧げることを誓います!」
私は多くの騎士たちの前で宣言する。やがて拍手と歓声が私を迎えてくれた。
……良かった。受け入れて貰えた。二度目の人生のように積み重ねてはいなかったのに。
やはり、私はこの家が好きだ。ここに住む人たちが好きだ。
なら、侯爵を継ぐことに私は何の戸惑いもない。この道こそが私の選ぶ『人生』なのだ。
「まだまだ忙しい日が続きそうだな、キーラ」
「そうね、リュジー。一緒に頑張りましょう?」
リュジーの手を取る。私たちの指にはお揃いの指輪が嵌めてあった。
私は侯爵の一人として建国記念パーティーに参加する。




