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【31】 シャンディス侯爵家

※改稿済み(2025/1/15)

「「「おおおおおおッ!」」」

「く、くそっ!」


 私を追って増えていた追手たちを、待ち構えていたシャンディス家の騎士団が迎え討つ。

 騎士団の装備は軽装。騎馬部隊が中心だ。おそらく、すぐに動ける者たちを総動員して来てくれたのだろう。最初の人生では、ほとんど面識がなくとも二度目の人生ではお世話になった騎士たちの姿がチラホラと目に入った。

 そして、何より騎士団を率いている私と同じ銀髪の男性。初老に差し掛かっていながらも、今なお勇猛に騎士たちを率いる、その人は。


「お父様!」

「あれがキーラの父親か。意外と若いな」

「お父様はあれでも40歳を越えていらっしゃるのよ」

「見ようによっては20代に見えるが、それで現役騎士なのか?」

「ええ。若い頃から鍛えられていただけあって、腕は衰えていないわ。まぁ、鎧姿の時は、というか。戦場に出られる時はとても若いように見える」


 年齢や見た目の話になると、お父様はニコリと笑って誤魔化すのよね。

 私のお父様、カイザム・ヴィ・シャンディス侯爵は髭を剃り、髪の毛を整えて後ろに流し、『おでこ』を見せている。心なしか筋肉質になっているように見え、頼もしい。


「何にせよ。感動の再会(・・・・・)だ。そうだろう、キーラ?」

「ええ!」


 私はリュジーに抱き寄せられ、身を守りながらも視線はお父様から離さなかった。

 形勢不利と見た追手たちが撤退していく。そして私たちを乗せた馬車はシャンディス侯爵家の騎士が守る場所へと辿り着いた。


「お父様!」

「キーラ!」


 私は、まっすぐにお父様を見る。すぐにでも抱き着きに行きたいけど。


「お父様! どこまで行けば安全ですか!? 指示に従います! それから彼は私の絶対の味方で! この馬車には私を襲った勢力の三人を捕まえていて縛っています!」

「……! ……分かった! お前たち深追いはするな! 敵兵を撃退しつつ、後退! 領地の防衛線まで引く!」

「「「了解!」」」


 お父様の指揮の下、私たちは襲撃者の手から完全に逃れられる場所まで移動する。お父様に話したいことや聞きたいことがある気持ちをどうにか抑えながらの移動だ。

 やがて、見えてきたのは懐かしき我が家。


「……ああ。なんだか、凄く、懐かしいわ」


 二度目の人生では見慣れていたはずの家。でも、最初の人生では遠かった家。

シャンディス侯爵家へ、私は帰って来られたのだ──。


 ◇◆◇


「馬車の中に三人、私を襲ってきた彼らの仲間が居ます。既に縛ってありますが、注意を。まだ彼らには聞かなければならないことが山程あります。尋問・交渉に長けている者がいれば、その準備をお願いしたいです。それから自害や暗殺も警戒して欲しいです。喋らせる前に口の中を掃除して歯を調べて。自害用の毒薬など仕込んでいないかを確認してください」

「……分かった。お前たち、キーラの言った通りに手配しろ」

「了解です!」


 私はリュジーの手を離さず、馬車を降りる。


「お父様。ここは安全ですか? それとも屋敷の中へ?」

「……屋敷の中へ入ろう。ここも安全だが遠くからも見えない場所がいい」

「はい、従います。リュジー、貴方も来てね」

「……ああ。いいのか?」

「いいに決まっているわ! ……お父様、彼はリュジー。私の絶対の味方です」

「……分かった。彼も一緒に屋敷の中へ」


 リュジーと共に懐かしき屋敷の中へ入る。不思議な感覚ね。

 体感時間ではこの屋敷に住んでいたのはついこの前だけど。この人生においては、もう何年も帰っていなかった家。匂いがする。まだ今の私の鼻が慣れていない匂い。

 内装は、ほとんど二度目の人生のそれと変わらない。この時間で見た屋敷の記憶と二度目の人生の記憶が重なっていく。私は確かにここに住んでいた。二度目の人生は夢の中なんかじゃなかった。だって、最初の人生では顔と名前が一致しなかった侯爵家の騎士たちの顔と名前が分かる。あの記憶が私の妄想であったなら知りえないはずの人々が確かにそこに居た。

 私の中で二人のキーラが交じり合うような、そんな感覚。

 シャンディス侯爵家は今まで『二度目の人生』のキーラの舞台(・・)だった。

 だって、この『最初の人生』のキーラはほとんどを王宮で過ごしていたから。

 だからこそ『今のキーラ』である私がシャンディス侯爵家へ帰って来たことが、なんだかとても新鮮だ。

 古い世界と新しい世界の二つが交じり合ってまったく新しい世界が生まれたような、そんな感覚。


「キーラ、ここまで来ればもう安全だ」


 お父様はふっと緊張感を解いたように表情を緩めた。それにご丁寧に鎧を外している。

 胸に飛び込んできて欲しいのね。私を子供扱いして……でも。


「……お父様!」


 私はその期待に応えた。リュジーの元を離れ、お父様の胸に飛び込んだのだ。

 いいのだ。これで良い。だって私はお父様に愛されている。お父様は、私を娘として愛してくれているのだから。今の私は、その愛情を疑わない。確信があるから。


「キーラ。ああ、キーラ……。無事で良かった。元気で良かった。よく頑張った、本当によく頑張ったな、キーラ」

「お父様、お父様……!」


 目尻に涙が浮かんだ。そこに確かな愛があると安堵する。

 こうして二つあった世界は今、私の中で一つになった。

 ──私は、キーラ。キーラ・ヴィ・シャンディス。

 カイザム・ヴィ・シャンディスに愛された娘だ。

 そして、レグルス王の愛を選ばないと決めた女。


「お父様、私、色んな体験をしたわ。他の誰も知らない体験をしてきたの。ああ、話したいことが一杯ある! お父様だけじゃなく侯爵家の騎士たちも元気にしている? アーセルはヤンチャばかりしていない? ダンは慎重過ぎて行動が遅れたりしていない? マチルダはまだ侍女を続けてくれている? サフィーラ侍女長は今も元気?」


 二つの人生で知り合った人々の名前と顔がいくつも浮かんでくる。

 嬉しい。帰って来られた。私の家はここなんだ。


「き、キーラ。落ち着きなさい? よく騎士たちの名前まで憶えていたね? そんなに会ったことはないはずだが」

「知っているもの! だってよく知っているわ! 私、帰ってきたかった! この家に帰って来たかったの!」

「……キーラ」


 一瞬。お父様がとても悲しい顔をなされた。でも、そんな表情さえ私へ向けた愛だと思えば嬉しい気持ちで胸が一杯になる。


「すまない、キーラ。お前にそこまで辛いことをさせていたんだな……」

「いいの。いいのよ。お父様がこうして元気で居てくれて。それだけで充分だわ!」


 しばらく私はそんな風に父に抱き締められて過ごした。懐かしくも、いつもの日常のような気持ちの再会だったわ。


「あー……ところで、キーラ? ……彼は、誰だい?」

「あっ」


 そこでお父様にリュジーについて聞かれた。

 やだ。なんて答えよう? どうするのが正解? 変な誤解はされたくない。

 悪魔という点は伏せるべきでしょう。でも、それ以外の部分は、お父様に誤解されては話が拗れてしまう。だから、ここはストレートに。


「彼はリュジー。か、彼は……わ、私の……恋人(・・)よ。お父様」

「恋人──」

「そ、そう。そして私はリュジーと結婚する気でいるわ。……反対されるなら、その。こ、こ、こ……婚前、交渉も視野に入れている。き、既成事実を、作るわ」

「婚前交渉……?」

「あ、ま、まだ(・・)していませんからね!? でも、反対されるぐらいなら無理にでも結ばれるつもりなのは本当! それに、これから彼は私の傍を離れさせないわ! ずっと一緒に行動するから!」


 顔を真っ赤にしながら私はお父様を説得した。ちゃんと私の気持ちがあるってことをアピールしておかないとリュジーの立場が悪くなるからね!


「──カイザム・ヴィ・シャンディス侯爵」


 そこでリュジーが声を上げる。リュジーの声がいつになく真面目な響きを帯びていた。


「……なんだ?」

「私は貴方の娘、キーラ・ヴィ・シャンディスを」


 え、まさか。リュジー、ここで? お父様に? 今? 言うの!?


「──愛しています(・・・・・・)。……何があろうとも彼女の傍を離れず、守るつもりだ。たとえ彼女が落ちぶれて平民になったとしても。泥水をすすって生きる立場になったとしても俺は彼女から離れない。キーラへの永遠の愛を誓います」

「─────」


 ……私は顔を真っ赤にしてその告白を聞くしかなかった。正確にはお父様に向けた、私への愛の告白だけど。リュジーはお父様の前で跪き、私への愛を誓った。

 それは、この世界のレグルス様が、けっしてしない行為。二度目のレグルス様が、して見せた愛の誓いにも似ている。

 だけど、私の気持ちは二度目のレグルス様に受けた求愛よりも、ずっと温かくなっていて。


「──リュジー。私は、私も、貴方の愛を受け入れているわ」


 そう、お父様の前で打ち明けた。


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