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【30】 捕獲、そして

改稿済。

 私を追う二つの勢力。

 誘拐、および殺害を目論む、聖女の父、デルマゼア・ラ・ミンク侯爵の手の者。

 誘拐、そして監禁を目論む、レグルス様の命を受けた王家の影。

 ……どちらに捕まることも私はお断りよ。

 王家の影を捕獲するメリットはない。彼らは何も吐かないでしょうし、適当に理由を付けられるリスクの方が高い。

 でも、ミンク侯爵の配下であれば尋問なりして有益な情報を得られるかもしれない。


「……リュジー」

「思った通り、王家の影はおそらく下流の捜索を重点的に行っている。ま、実際、川に落ちたキーラを知っているからな。逆に残りの連中は王家の影との接触を避けている様子だ。ただし引くに引けないらしい。撤退する様子はどちらの勢力にもない」


 神殿からの介入もあり得るのだから、いつまでもこの場に居るのは得策じゃないはず。

 それでも彼らは撤退しない。それとも、できない?

 上の立場の者が撤退を許していないのかもしれない。


「……これなら行けるな。ただ捕まえたところで、そいつを運ぶ手段が……」


 リュジーは夜の森に自らの『影』を広げていた。薄く、地を這うように広範囲に。

 元々が影の悪魔のリュジー。そんな使い方は、人間という枠に押し込められても出来るものなのか。影を操る人間、という形になった? でも、それも『私のため』にだから使える?

 悪魔の背負ったルールは分からない。ただ彼が繰り返していたように、悪魔が何のルールにも縛られていないなら、この世はきっと悪魔だらけになるはずだ。おいそれと人間の世に害を為すことはできないはず。その延長線に、今この『私のためのリュジー』が居る。

 ……つまりは彼を善として使うか、悪として使うかは私次第ということよね。

 彼を暗殺とか、そういう悪事に駆り出すことも出来るし、彼は容易に事を成すのだろう。

 だけど、私はリュジーにそんな真似をさせるつもりはない。

 それでも、この場面では彼の力に頼る。対する彼らは、私の命を何とも思っていないのだ。

 誘拐し、死ぬより辛い目に遭わされることを分かっていて、実行しようとしている。

 誘拐が無理ならば、いとも容易く殺そうとしてくる彼ら。……同情の余地などない。返り討ちに遭うのが嫌ならば、そんなことを最初からしなければいいのだ。


「キーラ、移動する。連中が二、三人ちょうどいい所に移るようだ。わざと鉢合わせる。あとは俺の影に従え」

「ええ、リュジー」


 リュジーから伸びた黒い影は相変わらず私の服の下に入り込んでいる。

 彼の温かさを常に感じる。だから、安心するわ。

 それだけじゃなく、人間のリュジーから離れても手を引かれているような感覚。

 私はリュジーの影の手に引かれて、最適な場所へと移動していった。



「見つけたぞ!」

「きゃあっ!?」


 私を見つけた男が声を上げて近くの仲間に知らせる。


「やっぱり生きてやがった! よし、報酬は倍だ!」


 ……報酬。生きて誘拐した方が彼らにとっても得だったのか。ミンク侯爵への恐怖だけで縛り付けられていたワケではないらしい。より性質が悪くなったと言える。


「待って!」

「待つかよ!」

「きゃああ!!」


 私は、ほとんど無抵抗で男に捕まった。『この場では殺されない』という確信を持って。

 だから死に物狂いで逃げることもせずに。


「大人しくしてろ!」

「……しているから! 殺さないで! 投降する!」

「はっ! 最初からそうしていろ、バカ女が! 手間掛けさせやがって!」

「うぐっ!」


 男は、これまでの私の抵抗や逃亡が気に入らなかったのか。私のお腹に思い切り、膝を入れてきた。


『……殺す』


 耳元でリュジーの声が聞こえる。お腹への衝撃もほとんどない。

 服の下にあるリュジーの影が、男の乱暴から私を守ってくれているようだ。

 私は彼に守られている。彼に包まれている。彼と共にいる。

 怖くはなかった。苦しくもない。すべて彼が居るからだ。


「…………」

「ったく。こんな森の中まで駆けずりまわらせやがって」


 私は沈黙を貫いた。蹴られたお腹が痛いフリをして。男は容赦なく私を扱い、そして後ろ手に縄で縛りつける。そして物のように私を担ぎ上げた。


「そうだ。大人しくしてろ、バカ女。ったく、最初からそうしてりゃ……」


 やがて、最も近くに居た男二人と合流した。


「ようやく捕まえたか。気を失っているのか?」

「いいや。一発蹴りをくれてやったら、それっきり大人しくなりやがった。所詮は小娘だよ」

「そうか。まぁいい。運び出す前に締めて意識を落としておけ」

「あいよ」


 やはり、男たちは油断している。私を見くびっている。

 また、流石に森の捜索にそこまでの人数を駆り出すことは出来ていなかったようだ。

 最初の襲撃から様々なトラブルが起こり、神殿騎士や王家の影も居る中での任務遂行。

 おそらく他の勢力をこの場から遠ざけることにも人員を割いているのだろう。

 様々な勢力が入り乱れたキーラ・ヴィ・シャンディスの争奪戦に、彼らは勝ったのだとほくそ笑んでいた。

 しばらく男に乱暴に担がれて森の中を行くと、街道の端に隠されていた馬車へ辿り着く。


「おら! 大人しくしてろ!」

「きゃっ!」


 ずっと大人しくしていたはずの私を、男は馬車の中に乱暴に放り投げた。でも、私の服の下の肌と、それから地面を伝う黒い影が、ふわりと私を抱き止めるように受け止めたから衝撃や痛みはなかった。

 彼らの馬車。他の男たちはおそらく別の場所。ここに居るのは三人……。

 私は縄で足首と両手を後ろ手に縛られた状態。逃げられる余地どころか反抗の余地すらないと男たちは考えているだろう。

 それは概ね正しい。私に影の悪魔という味方さえ居なければだが。

 馬車の中に入れられ、男たちが目を離した瞬間に私を拘束していた縄が解かれた。

 それですぐに私は動けるようになる。影の手は私を縛っていた縄を掴んでいた。


「リュジー」

『ああ』


 繋がった影から彼が答える。


「さぁ、行くぞ! 二人は後ろの女を見張ってろ!」


 男の一人は馬車の御者席に着いた様子だ。残りの二人が私の傍に。


「へへ。良いところに連れてってやるからよ、バカ女。ま、お前にとっては地獄か天国か分からないがな」

「あら。そう。じゃあ、貴方もそんな風にしてあげるわ」

「ああ!?」


 私は自由になった手足ですぐに立ち上がった。


「てめぇ!」


 そして、男たちの注意を引き付け。


『くたばってろ、バカ共が』


 男たちは無数の影の手の奔流に包まれる。


「なに!? ぐぶ、お!?!」

「なんだこ、ぎゃぶべ!?!?」


 影というよりも闇。闇の津波に押し流され、包まれ、飲み込まれる男たち。

 おそらく口を塞がれ、手足を掴まれ、身動きすら許されない状態にされている。


「ぐぶっ! んぐっ、ぐぶ!」

 ……たぶん、闇の中でお腹を何度も蹴られている? 器用だわ。

 リュジー的には自然なことかもしれないけど、人間の感覚で言うと手足が沢山生えてるようなもの。どういう意識で動かしているのかな?

 リュジーは男二人を影に呑み込み、あっという間に捕縛してしまった。


「な、なんだ? てめぇ!」


 御者席の方に誰かが向かった気配がある。

 それは、とても力強く優雅に。ワイルドで美しく。


「ぎぅ、ぶぅ! ぐぎゅ!」


 私は捕縛された男二人を無視して馬車を抜け出ると御者席の方へ向かう。

 そこにはリュジーの手で締め落とされ、気を失った男がぐったりとしていた。


「……もしかして、私が囮になんてならなくても正攻法で圧倒できた?」

「まぁ、この程度ならな。だが不意を突いたお陰で楽だったのは確かだし。何より馬車を手に入れた。キーラの作戦のお陰だろう」

「そう、ね」

「では。行こうか? 俺だけのお姫様?」


 褐色肌の男性の姿をしたリュジーは私に手を差し伸べた。


「ええ。お願いね、私だけの、本当の王子様」


 私は彼の手を取り、そして男たちのローブを剥ぎ取って被る。リュジーも一緒にだ。

 お揃いのローブで御者席に隣り合って座る私たち。なんだかそれだけでも幸せな気分だわ。

 縛った男三人は荷物扱いで馬車の中に転がした。リュジーの影が伸びているので目覚めても抵抗できないし、すぐに対処できるでしょう。

 こうして私たちは拍子抜けな程にあっさりと男三人を捕まえ、馬車まで手に入れたの。


 シャンディス侯爵家へ馬車を走らせるリュジー。

 王家の影はまだ川周辺を捜しているはず。

 ミンク家の手の者は散り散りにならざるをえず、情報が分散しているだろう。


「今なら誰にも捕まらずに距離を稼げるはずよ」

「ああ」


 シャンディス領に入ることはできても、そこでまた新たな追手が来るかもしれない。

 だって彼らだって私の目的地は分かっているのだ。見失ったなら、そこに網を張るのが常套手段だろう。……かくして、私のその予測は当たってしまった。

 馬車で道を塞ぐような真似は出来なかったようだが、行く手に新たな追手が現れたのだ。


「待て! 止まりやがれぇッ!」

「……しつこいわ!」

「まったくだ!」


 整えられた道に入り、比較的馬車は走り易くなった。それでも揺れは酷い。速度を上げれば上げるほど私たちの身体が跳ねた。


「キーラ! 俺にしっかり掴まっていろよ! 最悪放り出されても俺がお前を守ってやる!」

「……ええ! 信じているわ、リュジー!」


 高速で駆ける馬車。ガタガタと揺れ、身体が跳ねる。それでも私の身体は彼に包まれていて優しく受け止められている。彼の膝の上にでも座っているかのようだ。


「……追い付かれる! キーラ!」

「どこまでも一緒よ、リュジー!」


 さっきまで被っていた私たちの顔を隠すフードは風によってめくれ、互いの顔が晒される。

 御者席に座っていたから遠くから見ても私の銀髪は目立っただろう。

 でも仕方ない。どの道この馬車を見ただけで連中は追ってきただろうから。


「──そこまでだッ!」

「えっ」


 その時、私は懐かしい声を聞いた。この最初の世界では、もう随分と昔に聞いたきりの声。


我が侯爵領(・・・・・)に踏み入った賊を迎撃せよ! 侯爵家騎士団(シャディス・リッター)よッ! 我が娘(・・・)、キーラ・ヴィ・シャンディスを守るのだッ!」


 そこに居たのはシャンディス侯爵家の騎士団を束ねる、侯爵。


「お父様ッ!」


 私の父、カイザム・ヴィ・シャンディス侯爵が、騎士団を従えて私たちを迎えてくれた。


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[良い点] きゃー、お父様ーっ!
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