23 レグルス
「レグルス様。もう、よろしいですわ」
「……何を言っている。ユークディア」
玉座に座りながら、放心したように黙って眉間に皺を寄せていたレグルスに、聖女ユークディアは言った。
「キーラ様の事です。彼女が王宮を去ったと言うのなら……もうよろしいですわ」
「……何が良いと言うのだ」
「ですから。もう私の毒殺について彼女の罪を裁く必要もありません。ただ、罰として二度と王宮に現れないように。それだけで私はもう構いませんわ。
この通り、毒は私の命を奪いませんでしたし。
何より、……貴方の子を宿すのに支障もありません」
「…………」
「ですから。キーラ様は、王宮を追放処分にするだけで構いませんわ」
「……そうか」
「はい! レグルス様。もう、先の事を見ましょう? 過去に囚われず、明日の事をお考え下さい。貴方の傍にはいつも、このユークディアが居ますから……」
「……そうか」
「はい……」
玉座に座るレグルスに、ユークディアは跪き、甘えるように膝に頭を乗せた。
レグルスは彼女を拒絶しない。
しかし、甘い言葉を掛ける事もしなかった。
「……もう部屋に戻っていろ、ユークディア。お前も万全ではないだろう」
「え。ですが」
「行け」
「は、はい……。レグルス様。……また」
そして聖女を部屋に戻らせた後、レグルスは人払いをされた玉座に座って沈黙を貫いた。
その姿は、寄り添う者の居ない、孤独な王の姿そのものだった。
「……、……、……キーラ」
彼女は神官に連れられ、王宮を去った。
王に去来するのは、喪失感だ。
何かが、おかしい。
どこかが、おかしい。
だってキーラはもう何年も前から王宮で過ごしていた。
彼女の居る場所、帰るべき場所は、この王宮の筈だったのだ。
なのにキーラは、帰って行った。
ここが居るべき場所ではないと言って。
たとえ側妃であろうとも、彼女はレグルス王の伴侶となる運命だった筈だ。
それが神の与えた運命だった筈なのだ。
「…………キーラ」
再度、レグルスは彼女の名を呼んだ。
その声に応える者は居ない。
何故、彼女はここに居ない。
何故、彼女は王宮を去って行った。
ありえない。
あってはならない。
キーラは、王宮に居るべきだ。
キーラは、レグルス王の傍に居るべきだった。
彼女が、王の元を離れるなどあってはならなかった。
「キーラ……」
レグルス王は。
「…………逃がすつもりは、ない」
キーラ・ヴィ・シャンディスを諦める事はなかった。
何故なら、彼女はレグルスの傍に居るべきなのだから。
「……誰か。居るな?」
レグルスは、影に向かって話し掛ける。
「……は」
すると、音も無く現れた、黒い装束に身を包んだ者が王の前に跪いた。
「キーラ・ヴィ・シャンディス侯爵令嬢を……攫って来い。誰にも見つからぬよう」
「……は」
「攫った後は……、キーラを幽閉塔に入れよ」
「…………王の命じるままに」
「行け」
「はっ!」
レグルスの命を受け、王家の影が動き始めた。
幽閉塔は、貴人、それも王族が罪を犯した時に入れられる牢獄だ。
脱出する事はできない。
また多くの場合、一生、塔から出される事もない。そんな場所だった。
今は王族の犯罪者などいないから、幽閉塔は使われていない。
だから、攫ってきたキーラを監禁するのに、都合のいい場所だった。
「……キーラ。キーラ・ヴィ・シャンディス」
王はまた闇に向かって呟く。
その視線の先には、ここに居ない、居る筈だった白銀の髪と青い目をした女しか映っていない。
「……私は、お前を逃がさない」
そう、レグルスは闇に向かって告げるのだった。




