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21 キーラが王宮を去った日

 神官エルクス様の手引きにより、お父様へ手紙を出す事が叶いました。

 私の体調も良好。


「……私の疑いが真に晴れたとは言えないけれど」


 けれど、投獄に関する王の判断は、如何なものかという話は出ているそう。

 それにユークディア様が私を個人的に裁こうとした話も。


 王宮では神殿側の調査が入っている為、一方的な糾弾を受けずに済むようになった。


 冤罪による地下牢への投獄。

 私を犯人だと決めつける暴君。


 止める者が居なければ、或いは死罪とさえなっていたかもしれない私……。



「それを思えば、今の私は絶好調(・・・)

 最高の状態にまで上がってこれたと言っていいのではなくて?」


「ま。そうとも言えるかもな?

 なにせ、キーラは弁明も赦されないまま王の婚約者を毒殺しようとしたと見做されていた。

 死刑だろ、そんな女は。普通な。

 暴君に誰も逆らいたくもないだろう」


「そうなのよねぇ」


 こればかりは私個人の頑張りと言うべきか、星の巡り合わせと言うべきか。

 一番動いてくれたのは神官エルクス様でしょうし。

 ユークディア様が自ら墓穴を掘ってくれたお陰とも言える。


 私自らの手で牢を抜け出たと言えないのが、ちょっと悔しいわね。

 牢獄の中から何が出来たという話でもあるけれど。



「私は、王宮を出ていくわ。リュジー。神官様に話を通して貰うわね」

「……そうか」


 ふふふ。ようやく。ようやくよ。自由が手に入る。

 侯爵家に帰れば、私の2度目の人生の記憶が役に立つ事も多いでしょう。


 騎士を目指し、騎士団の皆の顔や実力も分かるようになった。

 あちらが私に対して、あの時程の好意は寄せてこないだろう事は悲しいけれど。


 神殿の者達とのみ話し、私は準備を整えていく。

 お父様に迎えに来て貰うのではなく、自分から侯爵家へ舞い戻るわ。


 王宮と違って、しっかりとあちらには私の味方と言える人達が沢山いるものね。


 そこから先の未来については、家に帰ってから考えるとしましょう。

 お父様との話し合いも必要だものね。



「~~♪」


 私は歌を口ずさみながら王宮を出る準備をしていく。



 2度目の人生では、ほとんどこの場所で過ごさなかった。

 思い出は遠く。

 牢に入る前まで、むしろ王宮でほとんどの時間を過ごした人生が嘘のよう。


 2度目の人生を間に挟んだものだから、ここを去ることに何の未練もなく、寂しさも感じないというのは皮肉なものね。


(私が帰る場所は王宮ではなく、侯爵家だわ)


 そういう気持ちだけでも2度目の人生から持ってこれた。

 リュジーに感謝しないとね。


 神に感謝する人生は終わり、悪魔にありがとうと言う人生が始まったのだと実感する。


 ようやく重い何かから解放されるのだという解放感があったわ。



◇◆◇



「キーラ様。お迎えに上がりました」

「まぁ! 大神官であるエルクス様が自ら?」

「はい。私でなければ、良くない事を考える人が現れるかもしれませんので」

「ふふ。ありがとう存じます」


 腰まで伸びた白く綺麗な髪の、中性的な美しさを持つ不老の大神官様。

 彼と共に私は王城を後にする。


 気持ちは晴れやかに。未来には幸福が見えるよう。


 けれど。



「──待て、キーラ」


 ……私を呼び止める声が聞こえた。聴き慣れてしまった、そんな彼の声。


「レグルス・デ・アルヴェニア国王陛下」


 私は先程までの微笑みを消して、冷たく表情を固めた。


「……誰が城を去って良いと言った?」

「神が、でございますわ。国王陛下。そうですよね、大神官様」

「ええ! 神官として彼女をこの危険な王宮から出す事を約束しました」


「……勝手な事を!」


「神に逆らうのですか、王よ」

「お前は神ではない、ただの神官だ!」

「ええ。もちろん、それはそうですが。神官として、神殿の意向である事は明白な事実」


「……貴様は、よほど王家と神殿を対立させたいと見える」


「それはこちらの台詞ですね、国王陛下」

「何だと?」



「始めに神の予言を切り捨てたのは、どこのどなたです?

『キーラ・ヴィ・シャンディスは王の伴侶となる』 その予言を貴方は踏みにじりました。


 結果、神は予言を燃やし、果ては『大きな間違いを犯している』とまで言わしめた。


 ……お分かりですか? 神殿との対立を望んでいるのはどちらだと言うのですか」



「……それと、キーラを外に出す事は別の話だ」

「いいえ。少なくとも王が切り捨てようとも、彼女は神の予言を受ける程の人物。ですので彼女は守られなければなりません」

「王宮で守ればいい!」



(守るつもりがあると言うのかしら?)

(……心の奥底で私を求めている、という事なのかもしれないけれど)



「ふっ」

「……なんだ? お前は何を笑った。キーラ」


「守る、という言葉が出たものですから。

 陛下は、私の無実をとうとう信じてくださったのかと。

 だって、その言葉は、疑いを掛けている者への言葉ではありませんわよね?」


「……っ!」


「であれば、不当な投獄の件。まずは王からの謝罪が聞きとうございますわね」

「謝罪だと?」


「ええ。当然でございましょう? 私を投獄したのは大臣の意見さえもない、王個人の意向。その疑いが既に晴れていると言うのなら……。私は、ただ理不尽に晒されただけ。

 謝罪の言葉の一つもあってよろしいかと存じますわ」


「…………」


「ねぇ、大神官様? そうですわよね?」

「そうですね。間違ったのであれば、謝り、悔い改める必要がございます。たとえ、王と言えども」


「……必要ない」


 謝るつもりはない、と。


「あらそう。それではお元気で、国王陛下。行きましょう、大神官様」

「はい」


 私は彼に背を向けたわ。

 間違いを正し、謝れもしないお子様に用などないでしょう?


「待て!」

「…………」


 本当に。母が去るのに追いすがる子供のよう。

 そんなにも私に離れて欲しくないのか。


 傍に置きたいのか。側妃にしてまで?

 それでいて正妃に据える事は許せないと言うのか。



「謝罪の言葉もないという事は、私をまだお疑いなのでしょう? 陛下。

 そのような方の庇護などお受けできませんわ。

 私、これでも侯爵家の一人娘ですので。


 それとも王だから、おいそれと謝れませんか? 王だから頭を下げられない。

 言葉を撤回できないと、そうおっしゃるのであれば……ふふ。

 返さねばならぬ言葉がございますわ、レグルス王」



「……何を言っている?」


 私は微笑みながら彼を見つめ返した。



「──婚約破棄(・・・・)喜んでお受け(・・・・・・)致します(・・・・)わ」


「……ッ!」



「今度は大神官、エルクス・ライト・ローディア様の前で私から宣言いたします。

 レグルス・デ・アルヴェニア国王陛下と、キーラ・ヴィ・シャンディスの婚約の破棄をたしかに承りました。


 王の判断。王の言葉。それは容易に撤回できるものでないとの矜持。

 見事、果たして下さいませね?


 エルクス様。私は、彼との婚約破棄を受け入れます」



「……はい。神官として、その言葉、たしかに聞き届けました。信徒達にもそう伝えておきましょう」


「…………ッ!」


「またレグルス王の側妃に、という話ですが、これはお断り致します」


「……お前は!」


「神官様。聖女ユークディア様は、王の子を懐妊できるのでしょう? そこまで身体は蝕まれていないと聞きます」

「はい。問題なく。彼女は王の伴侶となる事ができるでしょう」



「良かったわ。では、ユークディア王妃さえ居れば、側妃など不要ですわね。

 彼女もまた侯爵令嬢。執務なども恙なく行えるに違いありません。

 であれば、側妃など以ての外。


 ご安心下さい、国王陛下。大臣達ならば、我がシャンディス家からも説得いたしましょう。

 王の伴侶となるのは、ユークディア様1人で十分と!」



「……! ……ッ! ……予言は」

「はい?」

「予言はどうする。お前は王の、私の伴侶となるのが神の予言だった」


「……だそうですが、エルクス様?」



「レグルス王よ。その神の予言は既に撤回されました。予言書が燃え尽きた時に。


 誰かが(・・・)大きな間違いを犯した時、その予言は無意味となったのです。

 もちろん、ユークディア様が神に仕える予言も撤回されました。


 神殿からはレグルス王が望んだ以上、ユークディア・ラ・ミンク侯爵令嬢を次の王妃に据え、彼女だけを王の伴侶にする事を正す事はありません。


 ……もちろん、彼女に何の瑕疵もないままなら、ですが」



 女性的な瑕疵はユークディア様にはない。

 つまり、王以外の男と睦み合っていたとか、そういう話は。


 ユークディア様は、あくまでレグルス王を愛していて、他の男には興味などないからだ。



「そういう事ですので。私、侯爵家に帰りますわね。国王陛下」


「ッ! まだ、疑いは、」


「晴れています。私がユークディア様に毒を盛ったような事実はありません。それは神殿が証明してくださいました」


「逃げるのか!?」



「逃げる。一体、何から? 私は『帰る』のです。陛下。

 私が帰るべき場所は王の城ではない。ただ、それだけでございます。

 遠く、侯爵家の地で、王の統治をお支えいたしましょう。


 またお会いする時は、私も侯爵令嬢として新たな伴侶と共に参じれる事を願っておりますわ」



「待っ……!」



「……陛下。それ以上はお止めなさい。

 彼女を引き止める前に、貴方は、貴方の心と向き合うべきだ。

 今のままでは、貴方はあまりにも見苦しい。


 レグルス・デ・アルヴェニア。貴方は……もう、この国の王なのですよ」



「っ……!」




 大神官様に止められ、それ以上、彼は私を止める事が出来ませんでした。

 彼に背を向けて、私は立ち去ります。



「ああ。最後に。言わせて下さいませ、陛下。

 貴方がそれ程までに私を憎む理由。私には、とんと心当たりがございません。

 ……貴方の私への憎しみは『異常』でございます。


 であれば。


 ……貴方様の憎しみを、焚き付けた者がこの城にまぎれ込んでいるのではありませんか?

 それは聖女様ではないでしょう。


 もっと多くの者の口から、貴方の中の、私への憎しみを増すように囁いた者達が居た筈。

 王城内の人間を、その企みを看破し、正さねば、貴方の真の気持ちにさえ辿り着けないのでは?」



「……!? それは……」


(心当たりはあるかしら。今の彼に。どっちでもいいわね)



「──さようなら。国王陛下」


 そして私は、王宮を後にした。

 見上げた空は、とても、とても晴れていたわ。


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