02 この愛が消えてしまう事はあるのかしら
「はぁ……」
私は、王の婚約者という立場を失いました。
それでも神殿との関係や、神の予言の事。何より、前王陛下が定めた婚約である事や、既に王妃教育を受けてきた事。
そういう事もあり、今すぐに王宮を追放という事にはなりませんでした。
父であるシャンディス侯爵を呼び、改めて王との話し合いを、となったのです。
……おそらく、陛下の態度を見た大臣達は、私を側妃に据えるという方向へ話を進めようとするのでしょう。
側妃。前王が子供1人しか恵まれなかった事を考えると、次代に王家の血を繋ぐ為に必要な存在かもしれません。
王妃となるよう、正妃となるように育てられた私にとっては……耐え難い仕打ちであるようにも思います。
(それでもレグルス様の傍に居られる……)
「はぁ……」
私は、自分が嫌になります。なんだか笑えてさえきました。
2番目の女でもいい、というのは何と言えば良いのでしょうか。
女の性というには、他の女性に失礼ですよね……。
「……この愛が消えてしまう事はあるのかしら」
そうすれば私は楽になれるのでしょうか。
数日。私は、王宮で父の訪れを待っていました。
(お父様は、どう判断されるかしら……)
幼い頃に母が亡くなり、後妻を娶ることもしなかった父。
そんな父を支える事も少なく、私は王妃教育にばかり精進した。
……親子の絆を育む機会など、ほとんどなかったと言っていい。
成長してからは特にそうだ。
(お父様は、側妃に据えるという提案を受けるかもしれないわね……)
陛下にああ進言はしたけれど、元々、私は王家に嫁ぐ予定だったのだから。
なら、側妃になったとしてもシャンディス侯爵家には差がないかもしれない。
元より正妃になったところで……。王に愛されていない妃。
きっと誰もが見下し、求心力を失うでしょう。
次代の王さえ望めないかもしれない。そんな女に付く者など……。
「キーラ様! キーラ様、おいでですか!?」
「えっ?」
突然、部屋の外に慌てた声をした女官がやってきました。
「どうしたの? 何があったの?」
私は扉越しに彼女に応えます。
「キーラ様! 大変です! ユークディア様が、ユークディア様が毒をお飲みになり、倒れられました……!」
「ええ!?」
聖女ユークディア・ラ・ミンク。
レグルス陛下の寵愛を受けるミンク侯爵令嬢。
黒い髪の毛と、赤い瞳をした可愛らしい女性。
……彼女は、元々はミンク侯爵と愛妾との間に生まれた庶子でした。
ミンク侯爵夫人が亡くなられたのをキッカケに侯爵家へ引き取られて、令嬢として教育された人。
聖女というのは、やはり私と同じように神の予言によって神官から与えられた呼び名です。
彼女は神に仕える身となるだろう……。そういう予言でした。
次代の神官かもしれないとも言われていますが……神の予言の真意は、いつも分からないもの。
侯爵令嬢という立場もあり、彼女の立場はとても特殊なものでした。
その為、レグルス王と逢瀬を重ねる機会にも多く恵まれており……。
「倒れられて……彼女は大丈夫なのですか!? 宮廷医は!?」
「すでに彼女についています!」
「そ、そう。皆はどこかに集まっていますか?」
「はい! 関係者一同、広間に集められております!」
「……分かりました。私もすぐに向かいます」
服、は最低限整えられています。問題ないでしょう。
私は、そのまますぐに広間に向かおうとして。
「──どこへ行くつもりだ」
「え?」
私は、部屋を出た所で、その声に止められました。
「レグ……陛下? 何故このような場所に」
てっきり毒に倒れた聖女ユークディア様の元へ向かっていると思いました。
どこで倒れられたかは聞いていませんが、陛下がこちらの道へ向かう必要のある場所とは思えません。
「其方を逃がさない為に、私がこちらへすぐに来たのだ」
「……は?」
逃がさない?
「一体、何を」
「キーラを捕らえよ」
「なっ!?」
その命令に私は絶句しました。
「ど、どういうことですか!? 何故、私を捕らえよなどと!」
「黙れ。この状況でユークディアが毒に倒れて……お前以外の誰が得をする?」
「なっ……!」
犯人だと疑われている!? まさか、そんな!
「ち、違います! 私ではありません!」
「……聖女が毒殺されかかったのだ。疑わしき者はすべて捕らえる。問答無用だ」
「お待ちください! 陛下! 私は、絶対に!」
「抵抗する気か! もういい! キーラを……地下牢へと連れて行け!!」
「なっ! お待ちください! そんな、陛下!」
陛下の忠実な騎士達が私を拘束します。
尚も陛下は憎々し気な視線を私に向けるだけ。
「連れて行け」
ひとしきり憎悪を向けて睨んだ後、彼は背を向けて去っていきます。
「お待ち下さい! 陛下! 私は! ユークディア様に害など為しておりません! 陛下! 陛下……! レグルス様──ッ!」
……こうして。私はレグルス王の命によって地下牢へと投獄される事になったのです。