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13 悪女と聖女

「キーラ様」

「……まぁ」


 その日、貴人牢に居る私の元へ、来客があった。

 食事を運んでくる無言の者達以外は、私を訪ねてくる者など居なかったが……。


『あれは?』


 と。私の耳元をくすぐるようにリュジーの声が聞こえた。

 彼は影の悪魔だから、私の服の下だけじゃなく、髪の毛の下にも身体を移せるのよね。


 だから耳元で囁きかけるなんて事もできる。


(肌が触れあっている感触がして、くすぐったいのだけど……)


 なんだか人の肌の温度を感じたりもするし。

 実質、私は、ずっと彼に抱き締められながら、耳元で彼の言葉を聞きながら毎日を過ごしているようなものだ。


 蜜月の夫婦でも、ここまで一緒に過ごす関係はないでしょう。



 まさに悪魔に取り憑かれている状態ね。


 ……でも悪い気分じゃない。

 誰も私に対して口を利かないよう徹底された場所で、リュジーは話し相手になってくれている。


 人間というのは話し相手を必要とする生き物だ。

 だから無視や、無言といった対応を取られるのは普通は堪えるもの。


 それを彼等は分かっていて、私に対して無言を貫いているワケだが……。


 こうしてリュジーと会話し、コミュニケーションを取っている私には、さして今の環境がストレスになっていない。

 彼等の私への仕打ちが全く無意味と考えると、くすりと笑いが零れた。



「キーラ様。貴方とお話がしたいのよ。だから、こちらに寄ってくださらない?」

「……聞こえていますわ。ユークディア様。私は、ここで貴方の話を聞いていますよ」


 私は今、ベッドの端に座って、鉄格子の方に身体を向けている。

 ユークディア様は、鉄格子の向こうで立って、こちらに話し掛けていた。


「……キーラ様の顔色が近くで見たいの。苦労していない?」

「ご心配なく。体調は崩していません。それに食事は朝昼、滞りなく運ばれてきますので。今は特に困った事もありませんわ」

「……困った事がない?」

「ええ」


「貴人牢とはいえ、あのキーラ・ヴィ・シャンディス侯爵令嬢が投獄されて困った事がないのですか?」

「ええ。そうですわ。ユークディア様。とても快適に過ごしております」

「……、……ああ。元は地下牢へ投獄されたのですものね。それに比べれば、貴人牢は天国にも思えますか」


「ふふ。おかしな事をおっしゃるのね、ユークディア様は」

「おかしな事ですって?」


「地下牢も貴人牢も大して違いはありませんでしょう? むしろ、この機会にどちらの牢にも入れたのは、とても良い人生経験になりましたのよ?」


「……人生経験、ですって? キーラ様、貴方、自分の立場、」

「だってそうでしょう?」


 私は、聖女ユークディア様の言葉を断ち切るように言葉を重ねて笑った。


何の罪も無い(・・・・・・)私は、いずれ牢から出される事は決まっている事です。ですので一時の素敵な体験と思えば……ふふ。悪くないですわ。お父様や侍女にここでの話を聞かせてあげるのを楽しみにしていますのよ?」


「…………」


「ああ、もちろん。来客は歓迎するわ。

 わざわざ私の為に(・・・・)足を運んでくださって、ありがとう。ユークディア様。

 ええ。外の者に命じて椅子でも持ってくればよろしいわ。

 そこの廊下は冷たいかもしれないけど、楽にして下さって構わないわよ。

 私もそうするし、ここで待っていて差し上げるわ。ふふ」


「……!」


 私は、足を組んで見せました。


『悪女ポーズ』です。

 牢獄の中では、まぁ時間がありますので。


 リュジーに指導を受け、如何にも悪女っぽい仕草というのを身につけておりましたのよ。

 ゴテゴテしたドレスでもないですし、様になっていると思いますわ。


「……随分と、態度を変えられましたね、キーラ様」

「そうかしら? ああ。そうかもしれないわね。でも私、本当は前からこういう女なのよ?」

「……そんな事はありませんわ」


「はい?」


 私は首を傾げました。


「キーラ・ヴィ・シャンディスは、誰よりも優れた、美しい王宮の花。立ち居振る舞い、頭脳、すべてが王妃の器として育った白銀の美姫。……そう言われているのをご存知で?」


「…………いえ。初めて聞きましたが」


 2回の人生の中でも、初めての言葉だ。

 それも聖女ユークディアの口から聞ける言葉とは思えない程の称賛。


「誰よりも貴方は、レグルス王に仕えようとした忠臣でもあった筈でしょう?」

「まぁ、それは否めませんね」


「……そして、レグルス王を心から愛していたわ、貴方は」

「ふふっ。愛、ですか?」


 私は、想像通り過ぎる言葉を聞いて、笑ってしまった。


「……何を笑うのよ」

「いえいえ。そうですね。王妃となるユークディア様には、その誤解を解いて差し上げるのが先ですわね」

「誤解?」


 私は、そこで初めて立ち上がり、鉄格子の前まで歩いていった。


 鉄格子越しに聖女と対面する、私。


 悪魔を服の下に棲みつかせ、常に悪魔に抱擁され。

 その悪魔の囁きに耳を傾ける、悪女。


 悪女と聖女の対面だなんて、なんだか演劇みたいだわ。



「はい。聖女ユークディア・ラ・ミンク様。ご安心下さい。

 私、キーラ・ヴィ・シャンディスは……レグルス王の事を欠片も愛しておりません。

 無論、彼を王としては認めていますが……。


 つまり、1人の女としては彼を男性として見ておらず、貴方の恋敵などになるつもりもございません。

 神の予言に縛られていたせいで、長く解放されませんでしたが……。


 それもユークディア様のお陰で解き放たれました。

 真に感謝しております。ユークディア様。


 それこそ、貴方の愛が、私を運命の鎖から解き放って下さったのです。

 レグルス王と、聖女ユークディア様の紡ぐ『愛と未来』が王国に光を照らす事を、心より祈っておりますわ」



 私は、極上の微笑みを浮かべて見せた。

 飾らない、悪意のない、心からの笑顔だと思わせるような。



「……ッ! そんな筈がない!」

「はい?」

「貴方はレグルス王を愛していたでしょう? 絶対に!」

「……はぁ。まぁ、体面もありますので公の場などでは、そう演じる事もございましたが……」


「演技ですって!?」

「あ。もちろん、レグルス王は素敵な男性ですよ? ユークディア様」

「はっ!?」


「ただ、私個人が彼に愛情や、恋愛感情を抱いていないだけで、彼の男性としての魅力を否定しているのではありませんわ。ですのでユークディア様にとっては(・・・・)、きっと魅力的な殿方なのでしょうね?

 ふふ。私も、そのように男性を愛する機会に一度は恵まれたく思いますわ。本当にお羨ましい。ふふっ。お2人の仲、応援していますわね?」


「……っ!」


 ユークディア様は、私のことを忌々しそうに睨み付けられました。

 せっかくの可愛らしい顔が台無しに……ギリギリなっていませんね。


 まだまだ可愛らしいです。



 とても愉快な話なのだけれど。彼女や、そしてレグルス王にとって。


『キーラがレグルス王を深く愛している』という事は、とてもとても重要な事らしいのです。


 2回目の人生の事がありますから、レグルス王は分かるのですが……。

 ユークディア様にとっては、私が彼を愛している必要は、まったくないと思うのですけどね?


 こうして会話する事でユークディア様のスタンスもまたレグルス王と大差がない確信が掴めました。



『キーラは、レグルス王を愛していない』


 たった、これだけの言葉で面白いぐらいに彼や彼女は動揺し、激怒するのです。

 檻の中で外の世界に対して何もできない私ですが……、ふふ。


 この言葉を繰り返し囁くだけで、彼や彼女の心ばかりが揺れ動くのですから。

 なんだか、とても愉快だわ。



「……キーラ様は、態度を改めるべきですわ」

「はい?」

「貴方は今、罪人としてそこに囚われている事をお忘れなのではないですか?」

「……と、おっしゃいますと?」


「私が望めば、日に二度の、貴方の食事を持ってこさせない事ができるのですよ」

「……まぁ」


 何を言い出すのかしら。


「檻の中に入れられるというのは、そういう事だという事をお分かりいただけましたか? 貴方は今、反省するように促されているのです。罪を悔い改め、自らを見直す機会を与えられているのですよ。

 ……だというのに、貴方はそれをまるで分かっていないご様子ですわ」


「……ふふ。では、ユークディア様は私に何をお求めになるの? 食事を奪って、それで?」


「決まっています。反省を求めているのです」

「反省?」


「ええ。私を毒殺しようとした、その罪の反省です。貴方が悔い改めるのならば……レグルス王とて、そこまで非情ではありません。それに私も彼を諭しますわ」


「…………」


「こうして私も生きているし、貴方の罪を……なかった事には出来ませんが、牢から出す事ぐらいは赦して差し上げます」

「……それで?」



「せめてもの情けです。貴方の人生は、レグルス王の為にありました。愛だって王へ捧げたものでしょう。貴方は優秀でもあるし……。側妃として、目立たないように……王の傍で仕える事を、私とレグルス王が許して差し上げますわ。


 だけど、それはあくまで私を毒殺しようとした事を悔い改め、反省し、謝ってからの話です。

 謝罪の場は、王に掛け合い、設けますわ。

 多くの者を納得させなければいけませんから、大臣達だけでなく、貴族達も集めた場で謝って貰いましょう。


 そこまですれば、ようやく貴方は、私の影ではあるけれど、せめてレグルス王の傍で生きる事ができるのよ?」



『……何だ、こいつ。何を言っているんだ?』


 と。私にしか聞こえない声の大きさで、悪魔のリュジーが耳元で囁いた。

 くすぐったくて、なんだか、甘い感覚。


(私、耳が性感帯なのかしら? それとも悪魔に息を吹きかけられたら、こんな風に感じるの?)



「ふふっ」


「……何故、笑うの!」



「いいえ? ユークディア様が何をおっしゃってるやら、何も伝わりませんでしたので。再三、申し上げているのですけどね。

 私、レグルス王を愛しておりません。

 ですので、ユークディア様を毒殺する理由もなければ、先程のご提案を受ける意味もまるでありませんの。


 お分かりですか?

 貴方の提案は、私が彼を愛している事を前提にしている。

 その時点で、すべてが間違いですのよ? なにもかも、ね。


 それよりもユークディア様に毒を盛った犯人を捜さなければ、満足に食事も摂れないのではありませんか?

 私の事よりもユークディア様のお食事の方が心配ですわ」



「…………そう」

「ええ。お身体、お大事に。ユークディア様」


 そして、聖女ユークディア・ラ・ミンクは私に背を向けた。



「キーラ様への食事は、私が許可するまで出さなくて良いわ。日に2度。コップ1杯の水だけを与えなさい」


 そう、監視の者に命じて、私の前から去っていったの。


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