表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/55

12 聖女の寝室で

「……もう大丈夫なのか、ユークディア」

「はい、レグルス様。王宮医の処置が適切だったようです」


 ベッドに横たわるユークディアを、私、レグルス・デ・アルヴェニアは見舞っていた。


 王城では、大神官エルクスが主導で、聖女ユークディアの毒殺未遂事件の調査が行われている。

 彼女の容態の確認も神殿が改めて行ったが、快復しているらしい。



「……犯人は分かったのですか?」

「そんなものキーラに決まっているだろう!」

「それは、そうかもしれませんけど……」


「何がそれはそうなのでしょうかね」

「きゃっ!?」

「……貴様」


 侍女や護衛が控えている場とはいえ、王とその婚約者の逢瀬に、大神官エルクスは現れた。


「神官殿は権利を履き違えているようだ」


「おやおや。国王陛下がそれをおっしゃいますか? 真っ当な手続きを取らず、証拠もない中でユークディア様を毒殺しようとした犯人を、キーラ様に仕立て上げた、その口で」


「キーラ以外に誰がユークディアを狙うと言うのだ!」


「……そうですね。前にも言いましたが、レグルス王にとってはご無事な聖女よりもキーラ様を貶める方が重要なご様子ですから」


「ふざけるな!」


「ふざけていると思うのですか? 侯爵令嬢を謂れもないまま貴人牢にすら入れず、地下牢に放り込むような真似をして。王国に残った唯一の王族とはいえ……それでは臣下は従いませんよ」


「貴様っ……!」


「へ、陛下……落ち着いてください」


「っ! ユークディア」


 私は、いつも私を癒してくれるユークディアに手を取られ、頭に昇った血を引かせていく。



「……第一、お話しましたようにキーラ様には、ユークディア様を殺す動機がありません」

「動機ならば、」

「ないでしょう。だって彼女は、レグルス王(あなた)愛していない(・・・・・・)


「ッ! そのような言葉は、ただの出任せだ……!」


「ぶはっ!」


 と。私の言葉に対し、神官エルクスは噴きだすように笑った。

 ……神官でさえなければ、切って捨てているところだ。



「出任せ? 出任せですか? あはは……! いえ、出任せではありません。彼女は堂々とおっしゃっていましたよ。レグルス王を愛していないと! 貴方達の仲を祝福すると!」


「……そ、そんなの。口では何とでも言えるではありませんか? 神官様」

「それはそうですね。ですが、そういう問題じゃないのですよ、ユークディア様」


「ど、どういうことです?」


「ええ。失礼。動機の話でしたから、これは私の話運びが悪かったですね。ユークディア様。キーラ様の疑い自体を消す根拠は、まだ見つかっておりません」


「では、やっぱり?」


「そして、貴方を毒殺しようとした証拠もまた全くありません」


「……えっと」


「つまり。彼女が疑われてるのは、ただただ心証(・・)だけなのですよ。それもレグルス王の、身勝手な思い込みに基づいた話です。疑う根拠さえないのと同じ」


「誰が身勝手なものか!」


「身勝手ではないですか。だって陛下。彼女の言葉を否定する必要はありません。

 彼女が犯人であるかもしれない事と、貴方を今、まったく愛していない事は両立するのですから」


「……ッ!」


「どういうことですか、神官様」


「簡単ですよ。ユークディア様。事件以前の彼女の心は分かりませんが……少なくとも今の彼女は、もうレグルス王を愛していないだけです。そりゃあそうでしょう? 誰が自分の言葉をまるで聞かずに、それも地下牢に放り込むような男を愛するというのですか」


「……それは。でも。キーラ様は」


「貴方の目からはレグルス王を愛しているように見えた、と?」


「は、はい。愛していたと思いますわ」


「……ふふ」


「な、なんでしょうか」


「キーラ様の気持ちをそう判断しながら、彼女が婚約者であると知りながら、レグルス王との仲を深めたと?」


「なっ! そ、それとこれとは別の話です!」


「一体、何が別なのやら……」


「いい加減にしろ、神官。王である私どころか聖女すら愚弄するのか?」


「──愚弄しているのは、お前(・・)だ」


「……!?」


 神官エルクスは、そこで声を厳しく低い声に変えた。

 警戒と緊張が部屋の中に充満した。


 この男は得体が知れない存在感を放っている。

 神官。神の代理人。たとえ王とて簡単には手が出せない者……。



「神の予言を身勝手に覆し、踏みにじるような真似をしておいて、よくもぬけぬけと言う」

「…………」


 低くした声を、神官は和らげてから続けた。


「……陛下。ユークディア様。私が言いたいのはですね。彼女が貴方を愛していない事を、出任せだと罵った貴方の言葉がおかしい、という事ですよ」


「……何がおかしいと言うのだ」


「だって、そうでしょう? まるでそれでは。レグルス王は、彼女に自身を愛していて欲しい(・・・・・)かのようではありませんか」


「……ッ!」


「えっ」


「別の事なのです。陛下。彼女の今の愛と、事件が起こった時の彼女の感情は。罪人として彼女を糾弾したいならば、冷静に指摘すればいい。……ですが。貴方は、彼女の気持ちこそが大きな問題と捉えているように見えます」


「…………」


「陛下。ですが、陛下は私を」

「……もちろん。私が愛しているのはユークディア。君、ただ1人だけだ」

「…………」


「ふふ。それでは問題ありませんね。少なくともキーラ・ヴィ・シャンディスを、レグルス王の側妃に据える必要は無くなりました。神殿の方でもそのように正式に動きましょう」


「何だと!?」

「え、その。でも、どういう?」


「国王陛下が彼女をそこまで疑い、牢にまで入れました。正式に婚約破棄を突き付けもしたようで。そしてキーラ様ご自身も側妃などなるつもりはないとのお言葉があります。そして、何より重要な事なのですが……」


「……え、ええ」


「──神は、予言を否定されました」


「……な」

「え?」



「陛下には既にお話したように、現存する予言の記録がすべて神によって焼かれ、灰となってしまいました。つまりは神は予言を否定したのです。

 これにより『キーラ・ヴィ・シャンディスを王の伴侶とする』必要性はなくなりました。

 また『ユークディア・ラ・ミンクを神に仕える聖女とする』必要もなくなったのです。


 ……よろしいでしょう?

 お2人の望み通りになります。聖女として神殿に入る必要のなくなったユークディア様ならば、正式に王妃に迎えても信徒達はもう否定しません。


 お2人の間に愛があるならば尚の事。

 ミンク侯爵家という家柄も悪くはありませんし。


 ユークディア様には良い事尽くし、というものですね?」



「それは……そう、なのかしら? でも聖女と呼ばれなくなるということですか? 困ったわ。意外と気に入っていたの、その呼び方を」


「貴方は王妃となるのでしょう? 流石に王妃と聖女の両立は難しい。

 予言が燃えたのは、神からユークディア様の婚姻への祝福とも解釈できますね」


「まぁ!」



「そしてキーラ様はお二人を祝福すると言い、側妃の立場も辞退されました。

 ユークディア様が王妃と正式に迎えられるならば、側妃を迎える必要もありません。


 大神官として国王陛下の前で宣言します。

 キーラ様を王の伴侶にする必要は、もうありません」


「……ッ! 貴様は……」


「まだ床に伏せるユークディア様に良い報せを伝えたつもりなのですが……。お気に召さないのですか? お2人の婚姻を神殿が認めて祝福し、王の唯一の(・・・)妃に据えて良いと申し上げているのに」


「そ、そうね。それは嬉しいこと、喜ばしいこと、だわ。そうですよね? 陛下」

「あ、ああ……だが、それは」


「安心して下さい。ユークディア様。私が、王の伴侶を貴方のみ(・・)とするよう、神殿を挙げて訴えますからね」

「あ、ありがとうございます! 神官様! 私、神官様を少し怖い方だと思っていました!」


「ふふ。素直でいいですね」


「あ、でも。私は、私を毒殺しようとした人が誰か分からないままなのは怖いわ。今、神殿が調査を担当されているのでしょう? 犯人はしっかりと突き止めて欲しいの」


「……ええ。全力を尽くします」


「その。それがキーラ様であっても、罪人は罪人だから変に庇わないで欲しいのだけれど」



「……ご安心を。罪に対して罰を与える。神官として、その事を違えるつもりもありません。神殿の者達もです。ですが、ここは王宮。疑わしい、だけの人物ならいくらでも用意できる事をお忘れなく。


 私は、真実でなければ人を裁く事を認めません」


「でも……キーラ様は」


「ユークディア様が安心できるように言葉を持ってきたのですけれどね。

 ……そうだ。ユークディア様。貴方もキーラ様にお会いされては?」


「えっ?」


「何だと! 何を考えている! キーラはユークディアを毒殺しようとした女だぞ!? そのキーラにユークディアを会わせるなどと!」


「……まだ犯人と決まっていませんよ。証拠もないと言っています。


 ユークディア様。貴方も、彼女の口から、レグルス王を愛していない事を聞くといいでしょう。


 きっと貴方の事も恨んではいませんよ。

 もし、罪悪感を抱えていらっしゃるならば、これから唯一の(・・・)王の妃となるに際して、貴方の心の支えとなるでしょう」


「……、それは……はい。神官様がおっしゃるのなら……」

「ユークディア!」


「まぁ、体調がもう少し良くなってからで良いと思いますけどね」

「……分かりました。キーラ様は、牢の中なのですよね?」


「ええ。今のところは」

「鉄格子が、私達の間にちゃんとあって……彼女は檻の中に閉じ込められている?」


「……そうですよ。もちろん、彼女の潔白が証明された後で会いに行っても構いませんが」


「……近い内に会いに行きますわ。だって神官様がそう勧めてくださったのだもの。ね、陛下。良いでしょう?」


 ユークディアは、そう言って私に微笑みかけた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] お花畑ちゃんはお花畑のままなのか
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ