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11 キーラとリュジー

「中々のモノに見えるわね」


 地下牢から出され、貴人牢へと入れられた私。

 状況は進展したけれど、そもそも私が投獄されるのなら、この処遇が当たり前の事なのだ。


 ようやく当然の権利が与えられただけで感謝する余地はまるでないし。

 あらぬ疑いを掛けられたままな事は変わりない。


 ……2度目の人生のレグルス様なら、卒倒するかもしれないわね。


 貴人牢は、鉄格子の中にキチンとした、最低限の家具が用意されている。

 シンプルな部屋のような造りよ。


 ベッドもある。身分によっては、この部屋だけで十分な宿じゃないか、と評価されるかもしれない。



 檻の前に監視は立っていなかった。

 逃げられるとは思っていないけれど、不用心にも感じるわね。


 ただ、檻の前自体は隠れる場所のないスペースになっており、一枚しかない扉の向こうには監視が立っている筈。

 これは、貴人牢に入れられた者を辱める事がないように、という配慮だ。


「リュジー」

「なんだ?」


 相変わらず、私の服の下に居るリュジー。

 いくら影だからって他に隠れる場所、ないのかしら。

 なんだか肌が、むず痒く感じるのは気のせい?


 影なのに触感もあるのよね……。



「貴方は私に何をしてくれるの?」

「別に?」

「…………」


 私は、ベッドの上に横たわりながら、ヒクヒクと頬を引き攣らせた。


「力を貸すとか言わなかったかしら?」

「貸しているとも。しかし、行動するのはお前だ、キーラ。基本、俺はお前を見て楽しむ立場だからな? ほら、人間って面白いだろう? 見ているだけが一番。くくっ」


「……悪魔ね、貴方」

「悪魔だとも」


 そうすると私は今、悪魔にとり憑かれているワケだけれども。

 神に従うよりはマシなのかしらね?


「もしかして人生をやり直しなんてしなくても、しばらくすればこうして貴人牢へ移されていたのかしら、私」

「いいや。それはないだろう」

「……どうして?」

「あの男。神官だったか?」

「エルクス様?」


「名前などどうでもいい。あいつが来た理由は……くくっ。キーラ。お前が俺を受け入れたからだ」

「……どういうこと?」


「ヤツは、誰かが悪魔と交わった事を知ったのさ。それを王の過ちだと思い込み、行動している。だがヤツの本来の目的は、俺とお前が神に逆らう事を罰する事だ」


「……大神官エルクス様は、私がリュジーを受け入れた事で、レグルス王を訪ねてきた」

「そうだ」

「目的は私達?」

「そうだろうな。王を糾す事じゃあない。今は勘違いしているだけだ」

「……そう。じゃあ、エルクス様には注意を払わないといけないわね」

「くくっ。滅多な事じゃ気付かれないさ。お前がアイツと交わる機会もないだろう?」


 服の下を見られなければ気付かれない?

 そんなものなのかしら?


 こう、迸る悪魔のオーラとかないのかしら。



「でも、リュジーを受け入れなければ結局、今も地下牢のままだったのね」

「ま、そうだろうな」


 なんて皮肉かしら。

 神の信徒が、悪魔憑きとなった私を救ってくれたのも皮肉だけれど。


「それで? どうするんだ?」

「どうって?」

「これから悪女として復讐の道を歩むんだろ」

「……そうねぇ」


 この悪魔は見物人ね。具体的に力を貸してくれる事はしないみたい。


 それでも誰かが私を見ている、というのはいい。

 娯楽のない牢の中で話し相手になってくれる事もね。



「まずは情報の整理かしらね。色々と考える時間を作るには、牢獄生活も悪くないわ」

「くくっ。少し見ない間に逞しくなったもんだ、未来の王妃が」

「……ふふ。これでも私、騎士になろうと訓練の日々を重ねてきたのよ? 多少、打たれ強くなっていると思うわ」

「それは何より」


 今、私には2つの人生の記憶がある。


 最初の人生の記憶。これは今、私が居る世界と連続した人生の記憶よ。

 そして2回目の人生の記憶。


 私は投獄された時間より、5年前の時点の私に戻り、人生を再スタートさせた。


 そこでは王の妻になる為ではなく、騎士になる為に時間を積み重ねたわ。

 王妃教育など受ける必要がなかったから。



「…………」


 私は、手の平を見る。貴族令嬢の手だ。

 訓練した女騎士の手ではなくなった。


(鍛えた分の身体能力は失くしたわね……)


 戦闘経験だけはあるけれど、運動能力的に荒事をこなすのは厳しいでしょう。

 そういう場面に出くわした時や、普段からの胆力ぐらいなら発揮できるかもしれない。


 王妃教育で培った知識などは錆びついていない。

 元からの私の記憶力も悪くないのでしょうけれど……。


 これは、たぶん最初の人生と今の私が連続しているから。

 反面、2回目の人生はなんだか夢を見ていたような感覚になっているわ。


 確かで、精密な記憶ではあるのに、どこか他人事。そんな感じ。



「……まるで夢を見ていたかのように感じるわ。2回目の人生の事を」

「くくっ。実際、そうかもしれないぞ? 今となっては全て夢・幻と変わりない。なにせお前はもう、あちらの歴史に戻れないのだから」

「……それもそうだけどね」


 この感覚について有難い事はと言えば……そうね。

 歳を取っている感覚がないという事かしら。


 精神年齢は5年分プラスされている筈だけれど、そんな感覚がない。


 むしろ精神の休養が取れて、やり直す前よりも頭はスッキリしているわ。



「肉体的、精神的にはこんなところ……」


 プラスされたのは、5年分の異なる視点の知識。


 私は、レグルス王の思考を誘導した犯人を知っている。

 聖女の父親、デルマゼア・ラ・ミンク侯爵が誘導していたのよ。


 ……きっと今のレグルス王が私を憎んでいるのも、彼の動きによるところが大きい。


 ただ憎しむだけならば、それで良いものを。

 今の彼もまた私を愛している可能性がある。



「……」


 ただし2回目の人生では聖女の毒殺は起きていないから、毒殺事件の犯人までは分からない。

 私の得た知識は、今回の件に直接は役に立たないわ。


 ミンク侯爵が怪しいのだけれど、毒を飲んだのは彼の娘のユークディア様よ?


 助かったとはいえ、父親が娘にそんな事をするかしら?

 私のお父様ならば絶対にしないわね。



「エルクス様と神殿が毒殺犯を見つけるならば、それでもよし」


 真犯人が見つからない事には、私の容疑もまた晴れない。


「出来る事は限られているわ」

「そうだな」

「だから」

「おう」


「何もしないわ」

「…………」


 と、私は目を閉じて、ベッドに身を預け、脱力した。

 すやすや、よ。


「おい」

「だって何も出来ないじゃないの。リュジーは思わせぶりな事を言うだけで役立たずだし」

「誰が役立たずだ」


 実際、牢獄の中で出来る事はほとんどないのよ。

 誰かが来たなら会話も出来るけれど……。


「今は大人しくしている時なのよ、リュジー」

「やれやれ」

「状況を動かしたいのなら、もっと力を貸してくれても良いのだけど?」

「……悪魔を動かしたいなら、その時は代償が必要だ」


「始めは別にそんなの要らないって言ってた癖に……」

「よく覚えているな。お前にとっては5年前だぞ」

「今の私にとっては、数日前の感覚よ。2度目の人生の記憶よりも鮮明なぐらい」

「……ほう」


 そういう私の視点での見え方は初めて知ったのかしら?


「力。力ねぇ。俺がお前に貸すのでないならば、出来る事はあるが?」

「うん? どういうこと?」

「お前に魔法が使えるようにしてやろう」

「魔法!」


 まぁ、まぁ。魔法ですって? そりゃあ悪魔ですもの。それぐらい使えるのよね。


 魔法なんて神官様でも使えない。

 聖女は神に仕える立場からそう呼ばれるもの。


 つまり魔法なんてモノが使えれば……私は、この国で最強の存在になれてしまうわ?



「……何を考えているのか知らないが。万能の魔法など使えないぞ?」

「え? じゃあ、あれかしら。私の意思で時間を巻き戻したり?」

「出来ない。それは俺の力であって、お前が使える魔法ではない」


「……じゃあ、何ができるようになるの?」

「それはお前次第だ、キーラ」

「ええ?」


 どういう事かしら。これも謎掛け?


「くくっ。……お前が、お前個人だけが使える魔法を呼び起こすのさ。使うには代償がある。そして制限もある。使えるのは一度きりの、お前だけが使える固有魔法」


「代償と制限。制限というのは回数制で一度きりという事?」

「そうだ」


「……代償は?」


「お前は『何か』を必ず失う。そして、その魔法を使えるのは生涯で1度きり」

「……重い制約ね」

「くくっ。悪魔が授ける魔法だぞ?」


 それもそうね。


「……どんな魔法?」

「キーラ・ヴィ・シャンディスという女の『起源』に属する魔法」

「起源?」

「その人間を一言で表現する言葉。その者を体現する言葉が、お前の固有(ユニーク)魔法となって、形を成す」


 起源。私を一言で表す魔法?


「それが何かを失う形となって使えるようになるの?」

「そうなるな」

「……私を表す言葉って何かしらね」


 復讐、かしら? うーん。


「くくっ。暇な時間は、魔法を汲み出す時間に当てろ」

「……いいわよ。切り札があるに越した事はないわ」


 そうして私は悪魔に魔法を授かるの。


 私だけの、一生で一度きりのユニーク魔法。



 ……リュジーと過ごすのは楽しかったわ。

 何もない牢屋の中でも寂しくはなかった。

 あと不満を漏らすなら。


「……リュジーはエッチね」

「はぁ?」

「くすぐったいわ。身体」


 ずっと服の下に潜んでいる事ぐらいよ。


 寝る時も、ずっと一緒。まるで男の人に抱かれて眠る感覚。


 親に抱かれるのとは違う、感覚。



(私って乙女なのよね、まだ)


 2回目の人生は、結婚式の前日で放棄した。

 最初の人生、今の人生は言わずもがなだ。


 だから……まぁ、初夜とかは未経験。


(リュジーが男性ならレグルス様よりも先に床を共にした、という事になるのかしら)


「ふふっ」


 何だかおかしい。


 ……レグルス・デ・アルヴェニアは私の事を愛している。


 なら。彼を愛していないだけでなく。

 私が、他の誰かに抱かれる事もまた復讐、という事になるのかしらね?


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