by.1
久しいな―――
彼女は黒に染まる部屋に入った瞬間、誰ともなしに虚空に向かって呟いた
彼女から伸びる光は彼女の数メートル先で力を失い、更に先は闇に閉ざされている
しかし呟やきの後彼女が見せた苦笑いは闇に閉ざされた先に何かを見つけてしまったようなものだ
迷いなく彼女の左腕が伸び、壁に付いたスイッチが押される
ゴウン………と起動音の少しの間の後に入る照明と空調
10×10程の部屋の奥の壁に備え付けられている様々なモニター類と通信機器に無数の入力装置、それら全てが眩い人工の光に照らされ露わになる
そして稼働した空調システムによって澱んだ空気の循環が行われて厳重なセキュリティで管理され、ここ7年の間たったの一人も侵入を許さなかったその部屋の空気は主人の来訪によってかき乱され、足下に積もった埃は心なしか姿を見せなかった主人を軽く責めるかのように舞い上がった
「掃除が必要だな……」
空気中の塵や埃は自動的に吸い込まれる様になっているが7年の空白の結果はしっかりと目に見えてしまっている
明日にでもスタンにやらせるか……
と弟子の明日の行動予定を立てつつ、彼女は椅子の両脇についた輪に手を添え、グッと力を篭めた
神経接続型の義肢が主流であり、それでなくとも電動式の車椅子が殆どの今では非常に珍しい手動の車椅子を操る彼女の左足の部分は、中身のないパンツの布だけが地面に向かって伸びていたそのまま前に進んだ車椅子は中央に位置する一際巨大なモニターの前で停止する
長く光を失い埃まみれの入力デバイスから何かを読み取るようにそっととなぞる人差し指。同時に反射した自分を写すディスプレイに向けられる目線
「まさかアイツのオペレーターをやる羽目になるとはな………」
はぁ……とため息の後、彼女は何かを思い出したのか諦めの入った笑いを見せ、そしてそのまま過去に浸るようにゆっくりと目を閉じる
静寂に包まれた部屋の中、思い出を揺藍に、唯一音を響かす空調音を子守歌に眠る彼女を妨げるものはない