第六十九話 アルバート・デグレア捕獲作戦(1)
『お話とはなんでしょうか、アニクウェス侯。』
ドミニア帝国の辺境伯の一人であるジョン・アニクウェスはエミリアとオンラインで面会をしていた。社交界やパーティなどで話をすることはあったが、こうして仕事の話を彼女とするのは初めてのことであった。
数年前までは子どもだったのに、時の流れは速いものだと感じる。ただ今はその感慨に浸っている場合ではなかった。
「アルバート・デグレア、いや今はアルベルト・シュタイナーと名乗っているんだったか。彼を捕まえる気はないか?」
ドミニア帝国皇帝であるカーバインから命じられた仕事を彼は彼女に押し付けていた。そしてこの依頼はアリード・アガニコフからも来ているものでもあった。
『それはどういう意味ですか?』
エミリアも当然怪訝そうな顔をしてアニクウェスに詰め寄る。
「なに、特段深い意味は無い。」
しかし本当のことを彼は言わなかった。
エミリアへの貸しにすること、それが彼の目的であった。エミリアもそれに気づいている素振りはある。
『保護したとしてどうする気ですか?』
彼女はさらに言葉を付け加えた。
「別に捕まえた後は君の好きなようにするといい。捕虜の扱いに関して私が知るところではないのでね。」
彼は淡々と嘘を続ける。実際にはアルベルトを保護したらカーバインが色々と口を挟むだろうと言うことを彼は分かっていた。それでも敢えて口に出すことはしなかった。
エミリアは暫く考え込むように顎に手を当てていた。そして決心を決めたかのように顔を上げた。
『分かりました。その件お受けします。ただ確実にできるかは分かりませんよ。知っての通り、彼の強さは昔とは全く違います。』
そんなことはジョン・アニクウェスが一番よく分かっていた。前の大戦、モズ要塞で確実にアルベルト・シュタイナーを殺すためにたくさんの工作をした。天使シリーズを二機も導入した。
それでもそのうちの一機であるアイン・バラノフが乗っていた機体はアルベルトによって破壊され、オリバー・パトンが乗っていたもう一機は帝国に戻ることは無かった。
「あぁ。それについては分かっている。いい結果を期待しているよ。」
彼はそれだけ言うと通信を切った。
*
「ヘンリー少将、お話があります。」
イレスコ基地指令室。アルバート・デグレアはダン・ヘンリーの部屋を訪れていた。
帝国内で色々な勲章を持っているからこそ、その面会はそこまで難しいものではなかった。
「どうしたんだ?」
机で書類仕事をしていたヘンリーは珍しい来客に驚きながらも仕事を続ける姿勢を示すように顔を上げることはしなかった。
「今回のクーデター、仕組んだのはあなたですか?」
「それは笑えない冗談だな。」
しかしアルバートの言葉に仕事していた手を止めると視線を上げる。
「では言い方を変えましょう。今回のクーデター、仕込みを入れたのはあなたとアニクウェス大将、オズワルド・アークウィン大将、そして連邦のアリード・アガニコフですか?」
それでもアルバートは確信を持った声で告げる。
「そんなことをして私になんのメリットがあると言うんだ?」
これ以上はぐらかしても仕方ないかと悟ったヘンリーはそう聞き返した。
「あなた方の目的は帝国内で失墜した魔術師の権力を戻すこと。」
「だとしたらどうする?」
最初の答えはあながち間違ってはいなかった。そのため次の質問は彼の資質を問うものであった。
ここでどう答えるか、それが彼にとって一番興味があることだった。
「そんなことをして一体なにになると言うんですか?」
だからその答えが及第点に達していなかったことに落胆する。そして失望したという感じでため息を吐くことも隠さなかった。
「なにか勘違いしているようだが言っておく。これは国のためだ。」
その言葉にアルバートが顔をしかめる。その表情が昔ヘンリーが父に対して示していた感情と同じものであることを彼は分かっていた。
「非魔術師達が権力を持ったところで人類の発展にはなにひとつ意味をなさない。」
これが彼が得た答えであった。
「知っているか、十五年も前に起きた帝国と連邦の三十日戦争を。非魔術師達が原因で起きた戦争だ。」
この戦争で彼はたくさんの仲間や彼自身の父親を失った。
しかしその戦争は国からの意味のない配慮で公のものになることは無かった。
「知らないという顔だな。」
なぜ皇帝の息子がこの程度のことも知らされていないのだろうかと彼は帝国に対しての憤りを感じていた。
「あの戦争は連邦の魔術師が非魔術師に対しての弾圧を行ったから帝国が介入したという体裁だった。まぁ実態は異なるが。非魔術師は意味もなく戦争を引き起こす。そんな奴らの意見など聞いていられるか。」
ヘンリーはつまらなそうに言う。
「ですが、色々な意見を聞かなければ人類の発展などありません。」
「それが考えられたものならばな。ただ、とやかく指摘を出したいだけという人間も多い。そんな詰まらない意見があったところでなにひとつ進みはしない。今は分かれとは言わないが、そのうち分かるときがくる。少佐、これ以上は時間の無駄にしかならない。」
そうこの部屋から退出するように彼に促した。
*
「よろしかったのですか、アガニコフ大将。」
アリード・アガニコフは参謀長からの言葉にゆっくりと頷く。
「アルバート・デグレアのことか。あのままあいつをこちらに入れ続けたら、本当にこの戦いに勝ってしまうしな。それだけは避けなければなるまい。だからといってこの程度のことでアニクウェスに頼ることになるとは……。」
その声には悔しさが乗っていた。




