第六十八話 脱走(4)
アクタール基地の営倉でシリル・ラークは横になりながら昔のことを思い出していた。それは彼が子どものときのことだった。
彼は捨て子であり、幼少期からスラム街にいた。だから暴力など日常茶飯事のことだったし、殺される子どもも珍しくはなかった。だから外の世界が、普通に幸せそうにしている人間が妬ましかった。一方で今のこの状況から脱したいという思いも強かった。
故に彼は軍人になった。当初戸籍がなかったので入隊するには苦労した。しかし前の戦争で兵士の数が減ったため入ることができた。
そしてたまたま魔術師としての特性があったことから、キャスターのパイロットになることが出来た。しかしスラム街では優秀であったとはいえ、入隊した中での学力はかなり低く、成績は散々たるものであった。
それでも努力でなんとかしてきたのが彼であった。
「お前も随分と馬鹿なことをしたものだな、シリル。」
だからその声が聞こえるまで彼は営倉に人が入って来たことに気づかなかった。
「なんのようだ? 俺のことでも笑いに来たのか?」
「まぁそんなところだ。」
同僚であり第三小隊の隊長であるマキドナを彼は睨むが体勢がきつかったのでシリルは体を起こす。本来であれば勝手な行動をすれば怒られるのだが、面会者がいるため特になにも言われることは無かった。
「あれだけ訓練とかも頑張っていたお前がこんなことで音を上げるのは意外だったからな。」
しかしそこに侮蔑の意味はなく、ただ純粋な興味心があるのみに見えた。
「別にこのままでいいのか分からなかっただけだ。」
だからそれを見極めたかったと。
「自分探しの旅に出たのか……。」
「笑うか?」
「いや、そんなことでは笑わんが。だがそこまで決意が固まっていなかったのならなぜ今回のクーデターに参加したんだ?」
「生まれや育ちに関係なく能力があるものが上に立つ世界を作りたいからだ。」
シリルの答えは彼がこれまで育って来た環境が反映されている答えであった。
「なるほどな。確かに今の体制のままでは俺たちも今までの体制と大きく変わることはないからな。辺境伯たちが指揮を執り、実際の任務はそれ以外の者が行うというのは変わらない。立場も大きく変わらないだろうしな。」
だからシリルの答えについてマキドナは納得できなくはないという顔をした。
「それが本当に俺が目指していたものか分からなくなったんだ。だからスラム街に行った。それだけの話だ。」
それだけじゃないだろと喉まで出かかった言葉をマキドナは飲み込む。
「それで答えは見つかったのか?」
「いや、分からなかった。」
「そりゃそうだ。今までの世界の潮流と逆のことをやろうとしているんだからな。魔術師と非魔術師の完全な分離。その結果がどうなるかなんて俺たちには分からない。だけど少なくとも俺はこの世界を変えたいと思っている。それについてはお前も一緒だろ?」
「当然だ。」
そこまでシリルが言い切ったのを確認するとマキドナはそうかと短くつぶやいた。
「いつまでもシュタイナー隊長に歯向かうのもいいが適当なところに大人になれよ。そうじゃなきゃ、出世できずに自分で世の中を変えることが出来なくなるぞ。」
「分かっているよ。ただそれでもあいつに従うのはなぜかいやなんだ。」
これは生理的に受け付けていないんだろうなとマキドナは感じる。
「まぁ自覚があるならいいか。それとノンナ・パドワ少尉がお前のことを心配していたぞ。」
「分かった。営倉から出たら様子を見に行くよ。」
マキドナはシリルの言葉を確認すると営倉から出ていった。
それを彼は見送ると再び体を横にした。
*
「新型機のお披露目をしたいか。アガニコフめ。また厄介なことを言う。」
ユリア・ベッソノワはイレスコ基地攻撃に際してアリード・アガニコフから来た文章を忌々し気に見る。
「新型機というと悪魔シリーズのことですか?」
ユリアの部屋の中にいるルーシーが事務机で作業をしながらユリアに確認をする。
「あぁ。絶対的な性能を持つ天使シリーズと対をなす機体として開発された悪魔シリーズのことだろうな。実際あれはアガニコフ家が威信をかけて七十二機をつくったからな。確かに性能そのものは従来の機体よりも高い。だが天使シリーズに匹敵するかというそんなことはないな。」
「戦力比的にはどれくらいなんですか?」
「十対一だ。ただウルとかだと百対一だからそれに比べると高性能に見えるが、乗っているパイロットがトップエース前提だからな。」
「でもアクタール基地に回ってきているうちの数機は改造していますよね?」
アガニコフ家から譲渡をされた七機のうち三機程が研究施設に入れられていたことをルーシーは思い出していた。
「それなら改造をしようと思ったけどやめたよ。どうにもフレームの強度が足りないらしい。だから譲渡された三機は元の状態のまま置いてある。今ロールアウト直前の三機は完全に一から作った機体だ。私が乗る予定のグレモリーとイオク・リャーエフが乗る予定のセーレは投入できるだろうな。だがアルベルトが乗るイポスだけがまだ一部武装が完成していない。」
だからどうするべきかとユリアは考える。
「アルベルトには今回までは今まで通りオレロスを使ってもらうか。」
それ以外に方法は無いなとユリアは考えをまとめていた。




