第六十七話 脱走(3)
「はぁ、はぁ……。」
軍に入って以降喧嘩をしたことが無かったシリル・ラークは久々の件かでストレスを発散していた。
ただ普段の訓練で使用しているのとは違う筋肉を使用したため、息切れをしていた。頬を流れる汗に久しぶりだなと感じながら手で拭う。
「つっ。」
しかしその汗が傷口に入ってしまいその痛さに顔をしかめる。
その時スニーカーの足音が響く。その音は普段と違っていたが、リズムには聞き覚えがあった。
「気は済んだか、ラーク中尉。」
聞こえてきたその声に彼は一気に緊張感を高める。
「隊長。」
見上げるとアルベルトとナタリヤがいた。今この場で一番見たくない二人であった。そのため二人を睨みつける。
「家出の時間は終わりだ。戻り次第作戦に行くぞ。」
「なにを今更……。」
「辞めるなら別に構わん。」
その言葉に再びイラっとする。いつも人の気持ちを考えずに言いたいことだけ言う。そんなこの男のことが大嫌いであった。
「ただその前にしっかりと除隊届けを書いておけ。でないと色々と面倒なことになるだけだ。」
そういつもと同じような感じで淡々と正しいことだけいう。そういう態度を取り続けるこの男が嫌いであった。ナタリヤも少し引いたような目をしてアルベルトのことを見ていた。
「別に辞めるとは言っていない。」
シリル・ラークはアルベルトをしっかりと見る。
「だとしたらどうしたいと?」
「あんたの助けは借りない。俺は強くなってみせる。」
「強くなってどうする? なんの意味があるというんだ。そんなもの、なんの意味もない。」
アルベルトの回答はシリルのこれまでの生き方を否定するものであった。
「だったらあんたはなんだって言うんだ! 強いからこそそこにいる訳だろ! だとしたら強くなること以外に正解はない!」
「それは軍隊を舐め過ぎだ、ラーク中尉。そんな考えならば、お前は一生勝てない。そんな一昔前までしか通用しない意味のない価値観でどうする? 今の敵はそこいらにいるチンピラじゃない。」
やれやれと言った感じでため息を吐いてくる。
「やってみなければ」
「やらなくても分かる。」
「そうかよ!」
そうアルベルトに殴りかかりにいく。この間合いに入れば一発でKOできると思った。その瞬間目の前でぐらついた。
*
「だから貴官にはまだ早いと言ったんだが。」
アルベルトは目の前で伸びているシリル・ラークにそう吐き捨てるように言う。
「悪いが今のこいつは軍人だ。返してもらうぞ。」
周囲にいるシリルの仲間であろう人物たちに告げるとシリルの肩を持ち上げる。
「戻るとしようか、少尉。」
「随分と一方的に殴り倒しましたね。」
「こいつの動きは単調的で隙が大きい。だから強くなれないんだよ。」
「それを本人に言った方がいいんじゃないですか?」
「いや、俺いつも言っていたと思うけどそれを反映させなかったからな。それだったら実戦で分からせた方がいいだろう。」
事も無げに掌を両手で払う仕草をナタリヤに見せる。
「とりあえずこれで当初の目的は果たしたか。」
「いいんですか? これで。」
こんな禍根が残るやり方でいいのだろうかとはアルベルトも思うことだった。ただこの場ではそれ以外のやり方が思いつかなかった。
「恐らくだが中尉は俺がなにを言ったところで聞こうとすることはしないよ。だったら自分で色々と見た方がいいだろう。まだ若いんだし先もあるんだからな。」
これからのことは自分で考えたらいい、その考えをアルベルトが持っていることはなんとなくナタリヤも察していた。だからそれ以上なにかを言おうという気にはならなかった。
「まぁこれは少尉にも言えたことだが。」
アルベルトは腰をかがめるとシリルの片腕を肩にかけ引き摺りながら歩き出した。ナタリヤは彼の後ろにつくと一緒に歩く。
「今回は助かったよ、少尉。」
アルベルトはそう照れくさそうに言った。
*
「臭いはとれたわね。」
あの後アクタール基地に戻ったアルベルトは早速ユリアに呼び出されていた。そのため彼女の部屋に入ると真っ先にシャワールームに突っ込まれていた。
「はい。ですが、シャワーなら自分の部屋で浴びたほうが良かったんですが……。」
「そう言って寝る前までシャワーに入ったりしないでしょ?」
図星を突かれてたためアルベルトは黙ってしまう。
「それでお話とは?」
だから彼は話題を変えた。
ユリアは一瞬だけ彼を見てため息を吐くとソファに座れと指をさす。それに合わせて彼が一人掛けの席に座るとユリアは隣の椅子に座る。なぜいつも対面ではなく隣に座るんだろうと思うが質問することは無かった。
「イレスコ基地攻撃の戦略について相談したいと思って。」
「イレスコ基地ですか? 生憎ですが、イルキア基地と違って知ってることはあまりないですし、無難に攻め込んだらよろしいのではないでしょうか?」
「そうね。それ自体は問題はないわ。問題はイレスコ基地にいる部隊よ。」
ユリアの言葉にアルベルトは嫌な予感がする。
「アルベルト。エミリア・アークウィンと戦えるの?」
「それは……。必要があれば戦います。もちろん危険な目に会わせることは絶対にありえませんが。」
その答えははっきりとしていた。その決心までに長い時間がかかっていたことを知っていたユリアは、それでも敢えてもう一度この質問をしていた。
だから彼の答えを聞いて彼女は少し安堵したような様子を見せていた。
「ならばいいわ。イレスコ基地に今エミリア・アークウィンがいる。恐らく攻撃をすると出てくると思うわ。だから戦いなさいとは言わないけど、イレスコ基地だけは叩きなさい。」
「分かりました。」
そう答えるとユリアは彼の頭を優しく撫でた。それが彼女なりに慰めているのだろうと思いながらもどうすることもできなかった。
最近仕事が忙しいため、投稿頻度が落ちます。ただ最低でも一週間に一話は投稿するので引き続き読んでいただけると嬉しいです。




