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第五十九話 新部隊結成(4)

「どうしたんですか? シミュレータ室なんて来て。またシミュレーションですか?」


 ルーシーに連れられて来た場所にナタリヤは非難の声を上げる。この十日間散々閉じこもったこの部屋にいたくないと感じるのは当然のことであった。


 しかし彼女の姉は口元にそっと人差し指をあてて静かにするようにというジェスチャーをする。姉の目線の先にはヘッドホンをつけたアルベルトがいた。


「一体これがなんだと言うんですか?」

「確かに彼は帝国から亡命してきたけど、だからといって部下を見殺しにしようなんて言う気は全く無いわよ。もしそんなことを思っているのならここまで熱心にシミュレータの設定なんてやらないし。」


 ルーシーの言葉は恐らく本当なのだろうということは彼女は理解していた。姉の顔から目線をアルベルトに移そうとすると、床に落ちていたノートに目がいく。

 その表紙にはナタリヤ・エルミートと書かれていた。


「それに彼はあなたたちのことをよく研究しているから。機体の動きの挙動や弱い場面、強い場面、そしてその成長記録まで。」


 ルーシーはそっとノート拾うとぱらぱらとめくる。


「今時ノートなんて前時代的な。」

「さっさと書くには向いていますからね。それにパイロットのデータほど流出したら怖いものはないし。」

「こうやって落としていたら意味がないと思うんですが。」


 ルーシーは少しだけ笑う。


「元々こういう風にどっか抜けている人だから。本当はなにも考えずにぼーっとしていたいんだろうけどね。」


 それは姉の主観がかなり入ったものだと感じる。ただ逆にそれがナタリヤにとっては珍しくあった。あまり他人に興味を示さなかった姉が庇うことは彼女にとっては割と信じられないものであった。


「だけどそんなことは言ってられないとあなたたちのために時間を惜しむことなく費やしている。部下が死んでなんとも思わない隊長などいるわけないのよ。だからこうやって隊員一人一人の能力に合わせてシミュレーションプランを練ったりして。」


 ルーシーはめくっていたノートをあるページで止めると笑う。


「どういう動きの敵に会ったらどうすればいいのか学ばせるために。」

「あの人に頼まれてここに私を連れてきたんですか?」

「まさか。私がそんなことを頼まれてもするわけないじゃないでしょ。ただ彼の場合口数が少ないからあなたたちにどう接すればいいのか困っているみたいだけど。」


 ルーシーはナタリヤにあるノートのページを見せる。帝国語で書かれていた文章に彼女も吹き出してしまう。

 そこにはただ一言、言葉が難しくてなにを言っているのか分からないと書いてあった。翻訳機をつけたらいいのにと彼女は思う。


「理解してあげなさい。彼は確かに浅はかですしハッキリ言ってバカなところも多い。だけど努力だけは人一倍しているし。普通はこんなことまでしないわよ。一人一人にあった敵データの作成なんて。」


 だからスコアが少し下がっていたのかと納得をする。

 そのときシミュレータからアルベルトの足が見える。


「あなたはそこに隠れていてください。」


 ルーシーの言葉に従ってナタリヤはアルベルトが出てきた方向と逆の方向にあった箱の後ろに隠れる。


「メーチェ少佐。珍しいですね。」

「私も最近はパイロットの業務が増えましたからね。」

「そういえばそうでしたね。あ、そのノート落ちてましたか?」


 アルベルトは普段の様子とは違い呑気そうな声でルーシーと話していた。


「えぇ。そこに落ちてましたよ。」

「あぁ、そうですか。すみません。」

「記録をとるのは構いませんが、そういった機密事項の管理はもっとしっかりしてください。」

「気をつけます。」


 アルベルトは申し訳なさそうに謝る。まぁ元々怒りに来たわけではないので、そのことは終わりにしてしまう。


「まぁ、お説教はこれくらいでいいでしょうか。それで調子はどうですか?」

「なんともといった感じですかね。皆パイロットとしては優秀ですが、実戦に出すのはまだ怖いところがあります。多分驕りがあるのか動きが少しおおぶりなので。特にラーク中尉なんかは顕著ですね。だからシミュレータではダメージを蓄積させて撃墜させるような攻撃にしています。」


 それを聞いてナタリヤはねちっこいと思うがこれが普通の感覚なのだろうかと思う。


「それは流石にやりすぎじゃないですか?」


 姉も彼女と同じ意見で少しホッとした。


「いや、普通によくある攻撃パターンしか入れていません。あれでどうにかできないなら今後エースパイロットとして活躍することはできないでしょう。」

「それで今度はエルミート少尉のですか。」

「はい。」

「どうですか、彼女は。少しは成長しましたか?」

「まぁ、それなりには。これくらいならば普通の戦いならば死ぬことはないでしょう。ですが、自分としては彼女にはもう少し一つの動きに固執せずに動いてほしいですね。少し要領が悪いというか、なんていうか。完璧主義者だから動きが分かりやすいんですよね。」


 まぁそれでもとアルベルトは言葉を重ねた。


「しかし、もしその辺のことを対処できるようになったら彼女は強くなると思いますよ。周りも見えますし。そのうち大隊長になっていてもおかしくはありません。」

「大分高い評価ですね。ラーク中尉は?」

「彼は小隊長が限界です。中隊以上だと少し厳しいですね。動きが読みやすいですし、戦略もしっかりと叩き込まれていませんね。」

「中々低い評価ですね。」

「別に物事に直面したときに対応できるのだったらいいんですが、出来ないんですよね。そして注意しても直す素振りすら見せませんし。」


 本当に個人の性格まで分析しているんだなとナタリヤは思う。


「ではあまり体調を崩さないように頑張ってくださいね。」

「分かっています。下手に風邪引くと司令になにされるか分かりませんし。前なんて熱出てるのにスープカレー飲まされましたし。」


そうやって愚痴を言うと、彼はルーシーからノートを受け取って再びシミュレータの中に入った。


「もういいですよ。」


 ルーシーの言葉に合わせてナタリヤは物陰から出てくる。しかしその目線は下を向いていた。


「教えるということは信頼するということです。」

「ですが、私は隊長のことをなにひとつ信じていませんでした。性格もなにも。信頼以前の問題だったかもしれません。」

「だったら今からでも彼を信頼してあげなさい。あなた自身のために。もう少ししたら作戦もありますから。」

次回は水曜日に投稿します。

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