第四十八話アルベルト・シュタイナー(1)
二機の機体が落下したことによって舞い上がった砂埃によって数メートル先も見えない中、アルベルト・シュタイナーは記憶を頼りに近くにある研究施設に入る。
「クソ!」
追っ手であるアルバートとエミリアを振り切るために必死になって走るものの体の調子が悪くすぐに息が上がる。
心臓の音が全身に響き渡る。しかしその音以上に大きな足音が背後から聞こえる。
「せめて昔くらい体が動けば……!」
重い足を必死になってあげて走る。このままでは追いつかれることは分かっていた。その焦りから足元がもつれ倒れ込む。
すぐに壁に手を付きながら立ち上がると近くにあった三十人程度が入れる部屋に入る。中に入ると本棚に背を預け、呼吸を整える。
そのとき彼が探していたファイルがふと目に入った。そのファイルを取ると入ってきた扉とは向かい側にある扉の近くに移動する。そしてファイルの紙を機械のような速度でめくっていく。
「あった! これか。完成したのは一人だけ……。それが俺か……。」
そのままファイルのページをめくり続けた。
「そこまでよ! 少尉!」
しかし没頭してファイルを読み時間は長くはなかった。無機質な金属の机を挟んでエミリアが黒い銃口を向ける。
アルベルトはヘルメットを外すこともせずにチラリとエミリアの方を見る。
「俺を捕まるよりも殺す方が楽だろうに。」
いつもとは全く違う口調でアルベルトはエミリアに答える。そしてアルベルトは持っていたロックがかかっている拳銃をエミリアに向ける。
ただお互いに拳銃を向けるだけで撃つことはせず沈黙が流れる。
それが破られたのはお互いに拳銃を構えている様を見たアルバートであった。
「貴様!」
エミリアを追いかけていたアルバートはPWDをフルバーストモードにしてアルベルトに向かって撃つ。
「アルバート・デグレアか。」
アルベルトは壁に隠れる。そのすぐ後に彼がいた場所を数十発の銃弾が駆け抜ける。そのまま金属製の壁に甲高い音を出しながら銃弾はめり込む。
「エミリア、お前のことだからきっとどうしてこんな馬鹿なことを始めたとか思っているのだろう。」
アルベルトは弾切れによって静かになった部屋でそう彼女に話しかける。
「そうだとしてなにか悪いことでも!? 戦争のせいで私は!」
エミリアが感情的になっているのをアルバートは初めて見た。
「どうせ隣にいるアルバート・デグレアが記憶を失ったとかでも言いたいのだろう!」
冷たく突き放したようにアルベルトは言った。一方でアルバートはなぜアルベルトがそれを知っているのか驚く。
そのことを知っているのはごく一部の人間のみで機密情報の一つであった。
「なぜ俺が知っているのかという顔をしているな、アルバート皇子。」
壁から出て来たアルベルトにアルバートは銃を向ける。しかしそれはアルベルトから投擲された拳銃によって一瞬銃口が上に逸れる。その瞬間に彼は一気に距離を詰めるとアルバートの手からPWDを引き離した。
「良いことを教えてやろう。お前は過去に記憶を失ったアルバート・デグレアとは全くの別人だ。」
そのままアルバートの身体を掴むと背負い投げする。
「アルバート!」
エミリアが再びアルベルトに銃を向けるより先に彼はアルバートに対して先ほどとは異なる拳銃を向けていた。
その拳銃はかなり凝った装飾がされていたものだった。
そしてその装飾はアークウィン家が作らせていたものと全く同じであった。
「どうして、あなたがその銃を……。いや、その銃を使えるのは……。」
エミリアはそう呟くように言うと力が抜けたようにその場に座り込む。
そして首を横に振ってそんなはずは無いという感じで俯く。
「まだこいつは殺しはしない。こいつにはここで起きた話を聞く義務がある。与太話のように馬鹿げた話を、到底現実とは思えないような話を。」
努めて冷静に、はっきりとした声を出していた。その声音はいつものような丁寧なものでなく、低く威圧感のあるものだった。
「この研究施設は昔様々な人間を造り出していた場所だ。パイロットの能力に優れた人間、カリスマ力が高い人間、理想の子どもを作製したりもした。」
エミリアはその言葉に顔を背ける。それはアークウィン家が抱える闇の部分であり真実であった。
「このアークウィン家の研究所では様々な人間が生み出された。そして現在の帝国の皇帝、カーバイン。彼には一人だけ息子がいた。しかしその息子はわずか数か月のときにテロに巻き込まれた。幸いにも一命は取り留めたが昏睡状態のままだった。だから彼は考えた。もし自分の息子が眠りから覚めてもいいように居場所を作ろうと。その影武者をクローンにやらせようと。」
アルベルトは持っていたファイルの一つをエミリアの前に乱雑に投げ出した。彼女は一瞬だけそのファイルの中身を見ると驚いた表情を見せる。
「そうして一人の影武者としての役割を期待されたクローンが生まれた。その子どもはアレニス・デグレアに育てられ、幼年学校に進み軍人になった。そしてその影武者はエミリアの隣にいるために努力してエースパイロット並みの戦果を出していった。」
淡々と事実のみを語っているアルベルトは、一方でその口調は当事者のようであった。
「しかし丁度二年前、前の戦争が始まってから少し経ったときのことだ。昏睡状態だったアルバートが目覚めた。」
アルベルトはヘルメットを外す。その風貌は金髪の少年であったアルベルト・シュタイナーではなく、黒髪で背が少し小さい、エミリアがよく知っているアルバート・デグレアであった。
「だから俺は帝国から追われた。クローンはもう不要だと。誰も必要としていないと!」




