第三十七話 新たな火種
眩しい日差しが強く照りつける、エニシエト連邦の地方都市の一つドリスカヤ。そこは帝国との国境から近く、首都モスキュールからは離れた街ではあったが、人口は連邦内でも五本の指に入る程多くの人がいた。そしてその人口の殆どは魔術師であった。
その街に住むヘーメル・アッヘンバッハは、この日姉に連れられて駅に向かうバス停へと向かっていた。
彼としては十六になったにも関わらず姉と一緒に行動するのは恥ずかしいものであった。しかし二歳上の姉が買い物に付き合えと酷くちょっかいを掛けてきたため、根負けして付き合うことにした。だからせめてもの抵抗として、彼は終始不機嫌そうな顔をしていた。
「そんなにお姉ちゃんと一緒にいるの恥ずかしい?」
ヘーメルの不満そうな顔をみてエマ・アッヘンバッハはそう聞く。
それに対し彼は恥ずかしそうに顔を背けた。
別に姉が嫌いだからというわけではない。ただただ恥ずかしいという年相応の理由であったが、彼はそれを言うのを憚れた。だからいつも通り無視しようとした時だった。
目の前にあったバスが突然白く光る。
同時に鼓膜を破りそうなくらいの爆発が彼の耳に届いた。
彼が姉と過ごした平穏な日常は、その一瞬で儚くも崩れ去っていった。
*
「エミリア様!」
書類の処理をしていたエミリアは突然部屋に入ってきたエマソン・エチュードの大声に肩をびくりと震わせる。
「大変です! 帝国、連邦双方でテロが起きています!」
「発生場所は?」
「帝国内ではワスク・ハーダッド、連邦ではドリスカヤと計十か所程度、死者は現在合計二千人程度ですが、実際にはその十倍程度かと。」
「魔術師がいるところばかりを狙われたか。」
エミリアはこれは不味いなと感じる。そう思っていると彼女の端末に音が鳴り響く。それが誰なのかは名前を見るまでもなく明らかであった。
「はい。どうされましたか、司令。」
『既に知っているとは思うがテロが起きた。被災地の救助にもキャスターを使う。そのためにすぐにワスクに向かってほしい。障害があれば排除してもかまわん。』
「分かりました。」
彼女は父親であるオズワルドとの通信を切る。
「エチュード少佐、デグレア少佐を呼んで。私たちも救助任務にあたる。」
「救助ですか?」
「まだテロが起きるかもしれない可能性があるということよ。」
エマソンはその可能性に気づくと部屋を後にした。
「まだ戦いは終わらないか。」
その彼女の言葉は怒りに震えていた。
*
『政府としては今回のことで緊急事態を宣言するつもりはない。』
「何故ですか!? これだけの被害が出ていると言うのに!」
エニシエト連邦の辺境伯の一人、エルマ・アスタルはテロ対策の会議の場で普段の冷静さとは異なり声を荒げる。五十間近の彼の声はかなりのすごみがあったが、連邦政府から派遣された人物はそれを鬱陶しそうに聞いていた。
『今回狙われているのは魔術師の街のみだ。ならば世論の不安を煽らないためにも必要は無いだろう。』
「それではテロ犯を引き入れているだけではないですか!」
『だから貴候らで火急的速やかに対処しろと言っている。』
「そのためにはまず人の往来を一度閉ざす必要があります。」
『それは既に内部に侵入されていたら意味が無いだろう。それとも貴候は魔術師が多い地域に住んでいる非魔術師を追い出すつもりか?』
「この場ではそれが一番です。」
『なぜ、我々非魔術師がそれに協力をしなければならない?』
その言葉にアスタルは黙る。ここでいくら話をしても意味はないと思う。
『落ち着いて下さい、アスタル候。』
「バラノフ候。」
アスタルはそう口を挟んだアリード・アガニコフを見る。
『私に考えがあります。今回使用されている爆弾はTNT爆弾です。起爆のためには恐らく信号を無力化する装置ならば開発は完了しています。』
「だが、それでは自爆テロの場合は? 金属ボックスの中に入れられていたらどうしようもないぞ。」
『それに関しては軍人を私服にして潜り込ませるしか無いでしょう。これで一応は防げるはずです。』
しかしこの場ではそれ以外の方法は認められないというのも彼はまた理解していた。
『どうだ。話はまとまりそうか?』
そう面倒くさそうに非魔術師たちに尋ねる政府にアスタルは怒りよりも先に呆れを覚えた。これではまるで昔の貴族と平民のような関係なのではないかと。ただそう思ってしまった。
「はい。テロ対策についてはそちらで問題は無いと考えています。それと一応確認ですが、救援用にキャスターを派遣していますが、その数を増やしてもいいですか?」
『現状の数では足りないのか?』
「はい。多数のビルが倒壊しているためもっと数が欲しいとの要望が現場から来ています。」
『分かった。検討しておこう。』
今は一刻の猶予も無い状態なのにも関わらず、そう舐めた回答をする政府の人間をアスタルは忌々し気に睨みつけた。
その後更に大きく国が動くことになるとはこのとき誰も思ってはいなかった。




