第三十五話 忘れられない思い出
「デグレア少佐、大佐は?」
エマソン・エチュードはホテルのロビーのソファに座っていたアルバートに話しかける。
「大佐なら今シュタイナー少尉のところに行っています。」
「最近よく彼のもとに行ってますよね。」
彼女は不機嫌そうなアルバートの隣に同じように不機嫌そうな声を出しながら座る。
「そういえば襲撃犯の母体組織は判明したんですか?」
せめてそれさえ分かればエミリアをイルキア基地へ連れて帰る口実が出来るのにという意味が入っていた。
「そちらについては大分解明されていますよ。テロ組織は連合国の残党です。」
「自白したのですか?」
「いえ、全員死んでいたので脳から情報を引き抜いてます。そしてその情報の中で気になるところがいくつかあります。まず残党が連合国の首長ジャミル・ルルーシュが生きていると発言していることです。」
「でも遺体は見つかったんですよね?」
「もしかしたら記憶移植をしたのかもしれません。」
「記憶移植ですか。」
記憶移植と呼ばれる技術は元となる人物の海馬の情報を読み取り、移植先にその情報を書き込む技術であった。
「ですが、あれをやると移植先はもちろん、移植元の肉体も記憶を失うんですよね?」
アルバートはそんなことを負けかけている連合国でやる人間がいるのかという形で問いかける。
「その可能性が高いと見ています。シナリオとしてはこうです。記憶移植を行ったジャミル・ルルーシュは元の肉体を処分し、隠れ蓑にしたということで。」
「そうなると厄介ですね。移植先の身元は分かっているんですか?」
「それがまだ……。」
エマソンとアルバートは同時にため息を吐いた。
「それでもう一つの気になることってなんですか?」
「過激派組織、オールイコールと残党軍が合流したという話です。」
「確か魔術師排斥団体ですよね。確かに連合国の残党とは親和性が高そうですね。」
「だから余計に厄介なんですよ。これからはテロ対策がメインになると思います。」
エマソンの言葉はこれから戦争のあり方が変わっていくということを予想していた。
*
「退院の日は決まったの?」
いつも通りアルベルトの病室を訪れていたエミリアは彼にそう尋ねる。
「はい。明日に変更になりました。」
「まぁ元々一週間程度って言ってたしそんなもんよね。」
「まぁ完治にはもう少し時間がかかるみたいですが、包帯は今日とれるみたいです。まぁ手袋は常につけていないといけませんが。」
彼はようやくこの空間から解放されることに嬉しそうな声を出す。
「そう。じゃあ私がここに来るのも今日が最後になりそうね。」
「明日はなんかあるんですか?」
「まぁ少し用事があるから。それにあんまりあなたに構ってばかりいるとデグレア少佐が拗ねるから。」
「デグレア少佐ともよく話すのですか?」
「昔はよく話してたんだけど最近はあまり無いわね。私も忙しくなっちゃったし……。」
その後の言葉は続かない。その気まずい沈黙にアルベルトは耐えられず、傍に置いてあったペットボトルに口をつける。
「そういえばシュタイナー少尉は好きな人とかいないの?」
エミリアから急に予期せぬ質問が来てアルベルトはむせる。
「ちょっと大丈夫?」
心配そうに聞いてくるエミリアにアルベルトは左手を上げて大丈夫だとジェスチャーするが咳が収まるまでたっぷり十秒近くかかる。
「好きな、人ですか。」
彼は少し間を置く。その間の置き方にエミリアはこの話を振ったのは失敗したかなと思う。
「昔好きだった人はいましたね。」
「あれ?じゃあ今はいないの?」
「まだ引き摺っているだけです。」
「それは意外。その辺ドライだと思ってた。」
エミリアはその言葉に少し驚いたように声を出す。
「そういう大佐はどうなんですか?」
「私? 私は今も昔も一筋よ。」
「その割にはあんまり仲良く見えませんが?」
彼のはっきりとした物言いにエミリアは少しイラッとする。
「倦怠期みたいなものよ。」
「そうですか。」
アルベルトはそう言うと窓の外の風景を見る。
「羨ましい限りです。」
そして大きく息を吸い込んだ。
「どうやったら忘れられるんでしょうね。」
その言葉の意味はエミリアにとっては少し意外なものだった。
「そういえばどうして少尉は別れたの?」
「戦争ですね。以前にも話した通り、大戦が始まるまでは帝国にいたんですよ。」
本当に色々なことがあったと感慨深く話す。
「ただ色々なことがあって連邦に亡命せざるを得なくなって、それで……。しかも最後に喧嘩別れまでしちゃって。あの時しっかりと話をしていたらこうして引き摺ることも無かったんでしょうが。」
「そう。」
エミリアはその話にどう反応すればいいのか分からなかった。
「あ、相手の子は生きています。直接連絡を取り合った訳ではないんですが、新しく彼氏が出来て元気にやっているそうです。風の噂で聞きました。」
「そう。じゃあ本当に諦めないといけないのね。」
「そうですね。」
そうやって答える彼の瞳はとても悲しそうなものであった。
「まぁ忘れるには新しい恋愛が一番だって言うし。そういえばエチュード少佐とか新しい相手にどう?」
「流石に歳に差がありすぎです。」
アルベルトの冷静な突っ込みにエミリアは考え込むように次のアイディアを捻り出す。
「別に気を遣わなくても大丈夫ですよ。一人でなんとかしていくので。それに恋愛こそ一番時間が解決してくれるので。」
アルベルトは一度だけ空を見上げる。
「この話は終わりにしませんか?僕の精神力だけ持っていかれるので。」
「え、えぇ。そうね。」
*
「なんか踏み抜いてはいけない地雷を踏み抜いた気がする。」
自分の部屋に戻ったエミリアは軍服のままベッドに寝転ぶ。
「まぁ、でも私の状態もあんまり変わらないのよね。」
記憶を失ったアルバートとは恋人らしいことはなに一つしてなかった。いや、出来なかったのだった。
あくまで付き合っていたアルバートは今の彼ではなく昔の彼だ。だからこそ今の彼と気が合うのかは分からないし、それ以前に同年代の女性で関わり合いがあるのは自分しかいないのだ。
それならばもし仮に今の彼と付き合ったとしても必ずしも上手くいくとは思えない。
だから彼女は我慢強く彼を見守っていた。
昔の彼が彼女の理不尽な要求に耐えてまで支えてくれたように今の彼を支えていた。
「本当に戦争さえ無ければ。」
そうすればこんなことを考える必要も無かったのに。
幾度と無く繰り返した問いをしてしまう。
「駄目だ。寝よ。」
だからこそ彼女はこのことは考えないでおこうとゆっくりと目を閉じた。




