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第十二話 禍根

 アウスール連合国の宣戦布告から一週間後、エミリア・アークウィンは自身の部隊を引き連れ連邦軍第一艦隊旗艦、レーイプツィクと合流していた。


「遠路はるばるありがとうございます、エミリア・アークウィン大佐。」


 エニシエト連邦で政府に最も近く、また辺境伯の中で最も権力を持っている人物であるエフゲニー・バラノフはそう腰を低くして応対をしていた。これは帝国が格上とかそのようなことではなく、ただ対外的にこういう態度を取る男であるだけだった。


「いえ、こちらこそお忙しい中協力していただきありがとうございます。」


 エミリアも丁寧に応対する。しかしその声は普段の声音とは違うとても冷たいものであった。アルバートはその場の空気が凍ったことを感じ取ると、周囲を見回すのを辞めて正面に意識を集中させる。


「君が噂の……。」


 バラノフはそう言うとアルバートを見る。一見すると友好的な顔に見えるが、その瞳には様々な思惑があるのをエミリアは悟っていた。白々しいと思うもののやることはやらなきゃと思う。


「アルバート・デグレア少佐です。」


 彼女はアルバートの代わりに対応をした。一方でアルバートはバラノフの底知れなさに少し怯むように彼女の後ろに隠れる。ただこれは同時にこの場をうまく乗り切るには必要であることと彼女から教えられていたのでそこに躊躇いは無かった。


 ただあったのは男のプライドが傷つけられたことと、本当にこれでいいのだろうかという思いだった。


「貴官のことはよく聞いているよ。」


 エミリアはこの言葉に相変わらず白々しいことをと思う。

 前の大戦でアルバートを引き立てた家の癖にと。

 バラノフ家が現在ベッソノワ家が管理しているアクタール基地を治めていた。そのため、基地間の距離が近い両家がよく争いをしていた。その中でアルバートはその能力を開花させていったのだった。

 そして前の大戦で最後の舞台となったバラノフ家が保有していた宇宙要塞モズでアインやバラノフ家の長女が乗っていた天使シリーズの機体三機を撃破していた。しかしその戦いでアルバートは記憶を失っていた。ただし記憶喪失の件はバラノフ達に伝えてはいなかった。だからアルバートには記憶を失う前に彼が良くしていた仕草を教え込んでいた。

 

(後は悟られないようにサポートしていくだけか。)


 エミリアはアルバートの一挙手一投足に意識を傾ける。


「いえ、上官や周囲の方のご助力があってこそだと思っております。」


 彼女が用意した定型文をアルバートは端的に返す。


「謙虚なものだな。大佐にも見習ってもらいたいものだ。」


 そう言ってバラノフは横に立っているアインを見ながら笑う。その冗談にこの場では誰一人反応しなかった。


「それで状況はどうなっているんですか? アークウィン大佐。」


 そしてバラノフの義理の息子であり、かつては友人でもあったアインの声をエミリアは久しぶりに聴いた。しかしその感情は懐かしいというものではなかった。

 彼女にとってアインという男はアルバートを戦争に巻き込んだ人間であるという象徴であった。


「それでしたらこちらの方に。」


 エミリアはいつもと違いかなり怖い顔で現在の状況について説明を始める。その雰囲気にアルバートは圧されていた。

 その中でもエミリアの話している内容だけは追いかける。


「つまり二手に分かれて攻撃をすると?」

「はい。こちらとしても背後から撃たれたらたまりませんから。」


 エミリアの答えはバラノフたちに不信感を抱かせるには十分だった。


「それは私の部下が君たちに危害を加えるということかな?」


 バラノフが苛立った声ではあるものの冷静にしながら返す。


「その可能性が否定できないということです。バラノフ大将には申し訳ありませんが私とアルバート・デグレア、そしてそちらのアイン・バラノフ大佐とはかなりの禍根がありますので。」

「それを克服しての軍人だと思うが?」


 挑発するような言葉にエミリアは表情一つ変えない。


「予見できることを避けるのも軍人の資質だと思いますが?」


 そしてはっきりとノーと答える。そこまでやっても問題は無いというのが今の彼女の考えだった。いくら停戦して味方になったとは言え、そう安々とかつての敵を信じることは出来ないと。


「わかった。いいだろう。」

「ではよろしくお願いします。」


 エミリアはそう返すと足早に作戦室を出るのでアルバートもそれを追いかけた。

その二人を見てバラノフは艦橋で不機嫌そうにアインに話しかける。


「相当嫌われているみたいだな。」

「仕方ありません。こちらとしても共に作戦をすると背後から撃ちかねませんから。」


 バラノフもそれに頷く。


「なぜベッソノワ候とは上手くいってこっちとは上手くいかないのだろうな。」

「流石にこちらとは因縁が深すぎるからでしょう。先程言った背後からも撃ちかねないというのも本当のことですから。」


アインの言葉にバラノフは笑う。


「確かにな。デグレア、あの親子には借りがある。父であるアレニス・デグレアに私は敗北した。そして息子には娘を殺された。これで協力しろというのは不可能に近いか。」


 だが別々に行動したところで作戦が成功しさえすればいいのだとバラノフは考え直す。


「できないものはできない。作戦さえ成功すれば問題は無いからな。」

「そうですね。」


 二人は扉の向こうを忌々し気に見つめていた。



 コンゴウから乗ってきた連絡邸でアルバートとエミリアは帰路についていた。


「なんか凄い空間でしたね。こちらにもかなり敵意を剥き出しにしていましたし。」


 アルバートは隣に座っているエミリアに話しかける。


「当然よ。」


彼女は海を見たまま端的に答えた。


「なにか因縁とかあるのですか?」

「あの大佐が前話をした前の大戦の発端を作ったのよ。」

「イルキア基地の天使シリーズでしたっけ?」

「そうよ。ただそれだけの関係。」


 どこがそれだけなのだろうと思いながらもアルバートはエミリアの後ろをついていく。しかしエミリアの考えていることまでは分からなかった。

 一方でエミリアは以前の調査結果を思い出していた。アイン・ダール、かつてそう呼ばれていたパイロットのことをエミリアは前の大戦が終わってすぐに調べた。


 連邦の首都モスキュール近郊の地で生まれた彼は三歳のときに両親が戦争の爆撃に巻き込まれ死亡、孤児院に入った。ダールと言う苗字もそのとき孤児院でつけられたらしいということまで分かっていた。


 そして孤児院で三歳から十一歳まで過ごした後にアークウィン家の幼年学校に入学したということまで調べていたものの、どこでスパイとして訓練されたかまではよく分からなかった。その孤児院も特にスパイ養成所という記録も無いので、もしかしたら別人の記録を掴まされている可能性も排除しきれなかった。


「アルバート。」


 エミリアは急にアルバートの方を見る。その表情は普段の優しそうな笑みが消えたひどく真面目なものだった。


「なんでしょうか。」


 エミリアの気迫に圧されながらもアルバートはなんとか声を出す。


「今度の戦い、気をつけなさい。あなたはバラノフ家の一人娘、ヴィエント・バラノフを殺した。その彼女が好きだったアインと彼女の実家であるバラノフ家、そこと協力するのだから。」


 気を付けると言ってもどうすればよいのだろうかと思うが、彼は頷く以外は出来なかった。

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