第十話 接敵(3)
アドハム・ナセルはコックピットの中で呆気に取られていた。
先程まで仲間が乗っていた帝国製のキャスターであるトールは艦砲射撃によって木っ端微塵となり、海の上を漂っていた。その破片の色は原色であった黄色を思わせないくらいに黒くなっていた。
そしてその砲撃の方角は、自分たちにとって味方であるはずの部隊がいる方角であった。
『味方からの攻撃!?』
帝国軍の新型機であるブラギを奪取したリーダー格であるアドハム・ナセルは仲間の一人であるラウダの言葉を聞くまでもなく、攻撃の出どころは分かっていた。
そしてその理由が時間がかかり過ぎたと直感的に理解した。
「ラウダ、そっちは大丈夫か?」
『えぇ。こっちは大丈夫よ。』
「分かった。目の前の機体は後もう少しで恐らく下がる。そうしたらそっちに援護に向かう。」
アドハムはそう言うと通信を切る。実際に前にいるエミリアが乗っているアレースは艦砲射撃の次弾を回避するためブラギと距離を開ける。その瞬間にもブラギを巻き込むことも厭わない艦砲射がエミリアの機体の元に降り注ぐ。
「ここまでやってきたというのに! クソ!」
そう怒りを露わにする。一方でそれが日常的に起きている国であるというのもまた事実であった。
これが彼が所属している国の実情だった。魔術師に人権はなく、少しでもミスや不手際があれば殺される。そんな環境を変えたくて、アドハムたちはこの危険な任務に臨んでいた。にも関わらずその覚悟はあっさりと打ち砕かれる。
「だからこそ、俺は!」
艦砲射撃をものともせずアドハムは目の前の機体との距離を詰めていく。
アドハムはそのとき連邦の部隊が出撃してきたことに気づく。その中には式典のときに邪魔をしたデュラハンのパイロットの名前もあった。
「アルベルト・シュタイナー。あのときの連邦の機体か……。」
どうするべきか考える。もしこちらに攻撃をしようというものなら対処を考える必要があった。しかしもう一つの可能性がすぐに思い浮かぶ。
「連邦がここまで出てきたということは……、増援部隊が見つかった可能性が高いな。そうなるとこれ以上足止めをする意味も……。」
『どうする、アドハム? こっちもこのままじゃ……。』
ラウダからの通信に考える。
「ここは抑えるしかない。味方からなにかしらの援護が来る可能性は高いしな。ただ、当たるなよ?」
『分かってはいる、けど……。』
「後もう少しだけ耐えてくれ。」
アドハムは無責任な指示だと思うものの、どうすることもできなかった。
「せめてこの機体さえ突破できれば……。」
目の前のエミリアの機体を忌々し気に見ながら攻撃をする他この状況ではなかった。
*
「エチュード少佐。自分がもう少し前に出ます。」
『了解です。』
アルバートはエマソンにそう告げると機体を前進させる。同時に右手に持っているエネルギーライフルについているアタッチメントを外し、ライフルの銃身を短くする。そして何発かライフルを撃ち更に距離を詰めプラズマサーベルで斬りかかる。
「聞こえているか、フォルセティのパイロット。今ここで投降すれば命までは取らない。」
そして接触回線でそう降伏勧告をした。
『誰がそんなこと!』
「今のこの状況が理解できていればその判断は出来ないはずだが? なぜそうまでして戦う?」
『私たちが戦う理由はただ一つ。この世界を変えるためよ!』
「世界を変える? そんなことをしてなにになる?」
『そんなの決まっているじゃない! 私達の立場を良くするためよ! こんな使い捨てのおもちゃみたいな扱いじゃなく!』
「それだったらそっちの国でやって欲しいな!」
アルバートはそう叫ぶと一瞬隙を見せたフォルセティの左腕を切り落とす。更に追撃をしようとするが、フォルセティの背面に搭載されていた二本の隠し腕からの攻撃に気づく。それを回避しながらアルバートはエマソンとフォルセティへの攻撃を続けた。
*
「エイノールの部隊は連邦が抑えてくれるか。」
エミリアはアウスール連合国の主力機エイノールの部隊が今彼女たちがいる戦域に来れないことを確認する。
その僅かな隙をついてフォルセティと合流しようとするブラギへ意識を向ける。
彼女としては別に少し突破された程度は大した問題ではなかった。すぐにアレースのプラズマライフルをショットガンモードにして撃つ。
銃口から排出されたプラズマをブラギのメインスラスターの吸気口が吸い込み出力を落とし、海に墜落する。
それを確認するとエミリアはフォルセティに狙いを絞る。
今まで二方向からの攻撃で回避が精一杯だったフォルセティはエミリアからの攻撃によって逃げる進路が限定されていく。
状況を打破しようと最後の一機は唯一手負いであったエミリアの機体に狙いを絞って攻撃をしていく。それを彼女は冷静に対処し、フォルセティの逃げ場をなくしていく。
窮地に追い詰められた紅い機体は彼女への攻撃を激しくするが、それは既に意味をなしていなかった。
エミリアはフォルセティのコックピットに狙いを定めるとライフルを撃つ。その弾はコックピットへの直撃はしないものの、胴体に当たり制御を失い海面に激突し一軒家を超える高さの水柱が上がった。そしてフォルセティが水面から上がってこないことを確認すると次のターゲットに視線を移す。
「これで最後の一機!」
エミリアは再度海から浮上してきたブラギへの攻撃を始める。
満身創痍気味となっているブラギはエミリアたちの攻撃を避けるものの、度重なるダメージによってまともに機体を動かすことが出来ていなかった。
後もう少しで撃破できると感じたときだった。
機体にアラームが鳴り響く。その方角を見ると光が飛んでくるのが見える。
「全機散開!」
エミリアは急いで大きな声を出す。
その瞬間彼女たちの機体のすぐそばを高密度である青色のビームが奔る。それによって機体のあちこちからアラームが鳴り響く。
「全機状況報告。」
そう言いながらも彼女も機体の状態を確認する。するとアレースの右腕の手首やスラスター各部にダメージが出ており、これ以上の戦闘は不可能だった。
『機体制御システムに異常が出ています。』
『私もです。』
アルバートとエマソンからの報告にエミリアは驚く。先程のビームに彼女たちはかわしたにも関わらず、戦闘継続が難しくなるくらいのダメージが機体に出ていた。
そしてそれは連邦も同じようで彼らもまたすごすごと撤退を始めていた。
その瞬間敵艦隊から二撃目が来る。
「隊列を維持するのも難しいか……。全機撤退。」
戦闘能力を失ったと判断したエミリアは撤退指示を出す。
『ですが、大佐!』
アルバートからまだ出来るという意見が届く。
「これは命令よ、少佐。」
それは少なくとも彼女が隊長になって初めて経験した敗北だった。




