3周目。そして、終わりへ
「はぁはぁはぁ……」
ここは……俺の家だ。
外が明るい。
傷も、ない。
テレビでは『牛の首』に関する最初のニュースが流れている。
「ちょっと真吾、すごい汗じゃない。体調でも悪いの?」
「……母さん」
そして、生きている母さん。
ああ、そうか。
俺は再び戻ったんだ。
戻れたんだ。
前々回は美咲に。
前回は早川に殺された。
早川に、両親も俺も殺されたんだ。
そして、ケガを負った美咲はきっとあのあと……。
「……くそっ!」
いくら時を戻ったとはいえ、あのあと美咲に訪れたことを思うと怒りがおさまらない。
……いや、違う。
その前からだ。
美咲はその前から早川にそういうことをされていた。
たぶん、あのときだ。
美咲と一緒に夕飯を食べ終わったあと、帰りに早川と会ったとき。
前々回は早川は本当に帰っていた。
でも、前回はおそらく帰らずに美咲に会ったんだ。
きっと、そのときに美咲を脅した。
思えば、あのあとから美咲の様子もおかしかった。
「……俺か」
俺のせいだ。
俺が前々回と異なる行動をしたから、早川の行動開始が早まったんだ。
「くそっ!」
次だ。
次こそは必ず!
俺は母親から忘れずに2個の弁当を受け取って外に出た。
美咲と早川以外への細かい変化は気にしなくてもいいだろう。
だが、2人に対してだけは細心の注意を払わないといけない。
俺は鳴らないインターフォンを押してから合鍵で美咲の家のドアを開ける。
散らかった玄関で靴を脱いで散らかった廊下を歩く。
リビングのドアを開けると、散らかった部屋のソファーに膨らみがあるのを見つける。
「……はぁ。またここで寝てんのか、おまえ」
「……ん? ああ、真吾か」
美咲が毛布から顔だけを出してくる。
「……っ」
俺は思わず抱きしめたくなる衝動を必死に抑える。
美咲だ。
美咲がいる。
どこもケガしてない。
……良かった。
「……なに?」
「……っ。いや、なにじゃねえよ……」
俺はともすれば泣いてしまいそうな感情を押さえつけて、前回と同じセリフを話す。
「……学校、いく」
しばらくの沈黙のあと、美咲は毛布から出てパジャマを脱ぎ、制服に着替えに2階に上がっていった。
「……」
俺はふと思い立って、リビングにかけられているカレンダーに近付いた。
美咲が戻っていないことを確認してから、そっと6月のカレンダーをめくる。
「……っ」
現れた7月のカレンダーには、やはり17日のところに赤丸がつけられていた。
「……なにしてるの?」
「うわぁっ!」
突然、後ろから声をかけられて飛び上がる。
いつの間にか美咲が戻ってきていた。
「……い、いや、そういや、来月は俺の誕生日だなって思って。
これ、丸つけてくれてるんだな」
俺は焦りながらもとっさに答えを返す。
変に考えて間が空けばそれだけ怪しまれる。
「……」
「……」
美咲はしばらくこちらをじーっと見つめていた。
「……そうだよ。 毎年お祝いしてあげてるでしょ?」
美咲は首をこてんと横にかしげながら答えた。
「お、おう……」
「今年は特に盛大にお祝いしてあげるから楽しみにしててね」
「……あ、ああ」
口角だけを上げた美咲の笑みが怖くて、俺は慌ててカレンダーを離してリビングの出口まで歩いた。
「じゅ、準備できたんなら、さっさといくぞ」
そして、俺は逃げるように部屋を出た。
「……うん」
美咲はそんな俺の背中をじっと見つめながら、小さく返事を返してついてきた。
俺はそれに気付かないふりをするので精一杯だった。
そのあとは、慎重に進めていっただけあって特に大きな変化もなく進んだ。
学校で早川の顔を見たときはぶち殺してやりたくなったが、必死に必死にこらえて笑顔を見せてやった。
そして、美咲の家で夕飯を食べた帰り、
「……早川、先生!」
「おお! 真吾か!」
俺は努めて笑みを浮かべながら早川と遭遇した。
「なんだぁ~? 良いことあったのかぁ~?」
早川はそう言うと、どうやらアフターケアは必要なさそうだと言って帰っていった。
俺は家に入ったあと、急いで2階に上がって窓から早川の様子を見た。
早川は特に戻ったりせずにそのまま帰っていったようだった。
そのあともしばらく監視していたが、日が完全に落ちても早川が現れることはなかった。
「じゃ、今日も学校いくか」
「ん」
「だからここで脱ぐな!」
翌朝、美咲の様子に変わったところは見られなかった。
こっそりと服を脱いだ美咲の体を観察したが、どこにも異常はないようだ。
良かった。
どうやら無事に前々回の状況をたどれたようだ。
俺は前回の悲劇を回避できたことに安堵しつつも、それならば次の対策を考えねばと改めて気合いを入れる。
早川を美咲の家に入れさせないことが重要か。
前々回は早川を殺したところを俺に見られたからああなったんだ。
なら、前日に美咲を俺の部屋に招いたあと、美咲を出ていかせなければいい。
……いや。だが、美咲は俺の両親も殺している。
美咲を俺の部屋に入れたら、俺の両親が殺されるんじゃないか?
俺が美咲の家に行くのはどうだろう。
前日から、それこそ日付が変わる前から美咲の家に泊まり込むんだ。
『牛の首』が現れるかもしれないんだ。
俺の親だって美咲の家への外泊を認めてくれるだろう。
親はウチに連れてくればいいと言うだろうが、美咲は学校以外は家から出ない。説得はしやすいはずだ。
……だが、俺が美咲の家にいて、早川が来たらどうする?
居留守を使うか?
だが、俺みたいにガラスを割って侵入してきたら?
そうしたら、美咲は早川を返り討ちにするかもしれないし、逆に俺がいるせいで早川にやられてしまうかもしれない。
いずれにせよ、それでは今までと同じ結果だ。
いっそ警察に張り込んでもらうか?
……ダメだ。どうやって呼ぶ。
変態教師が美咲の家に襲いに来るから守ってくれ?
そんなの、必ず警察は早川を確認に動くだろう。
そうなれば早川は動かない。
早川は外面がいい。
下手すりゃ、俺がイタズラしたと思われるだけだ。
……くそっ。
どうすればいいんだ。
「……真吾? 大丈夫?」
「ん? え? あ、ああ」
ずっと考え事をしてしまっていたせいで、美咲が俺の顔を覗き込んでいた。
さらりとした髪が顔を流れる。
「悪い。ちょっとボーッとしてた」
「……ん。学校いこ?」
「ああ」
「……」
とりあえず、美咲や早川といるときはその場のことに集中しよう。
もう、失敗はしたくない。
そして、三度目の7月16日がやってきた。
部屋にあるカレンダーを見る。
俺の誕生日の前日だ。
「ケーキ何がいい?」
「……三角ケーキ」
同じやり取りを繰り返し、夜を迎える。
「……」
そして、日付が変わる夜0時。
カレンダーの17日を改めて見る。
ここが、俺のターニングポイントだ。
ドンドンドンッ!
「……」
前々回と同じように窓を叩く音。
前回のように時間がずれなかったことに、ほっとしている自分がいる。
「……美咲」
カーテンを開けると、そこには小さく手を振る美咲の姿。
俺が窓を開けてやると、美咲はすっと部屋に入ってきた。
「……ちょっと、お話でもしない?」
「……ああ」
ん? なんか前々回のときの少し違う気がする。
あのときはたしか、昔はよくこんなことやってたなって話して、そのあと美咲はすぐに布団に入ったはずだ。
こんな、改まって話すなんてシーンはなかったはずだぞ?
「……ねえ、17日になったね」
「あ、ああ」
俺は三度目の7月17に困惑しながらも、努めて自然な感じを装う。
「誕生日おめでとう!」
「ありがとう」
満面の笑みで祝う美咲に少しだけ緊張がやわらぐ。
「……で? なんで私が『牛の首』だって分かったの?」
「……え?」
いま、美咲はなんて?
顔がひきつる。
緊張が緩んでいたところに本命をぶちこまれて、俺は取り繕うことを忘れている。
「……やっぱり気付いてたんだ。今も、やたらとカレンダーの日付を気にしてたよね。
普通、自分の誕生日だからってそんなに気にする?」
「……え、あ、いや」
何か言わなければと思うのに、言葉が出てこない。
もしかして、カーテンの隙間から見ていたのか?
「ニュースでもあれだけ言ってるもんね。『牛の首』が動くのは17日だって。真吾の誕生日と一緒。
私の家のカレンダーにあったのも見たよね?
あれが私の家族の血だって気付いたんでしょ」
「……そ、それは」
前々回に美咲が自分で言っていたとは言えない。言ったとしても信じてもらえないだろう。
「……」
俺は何も言えずに黙ってしまった。
「……やっぱりね」
だが、どうやら俺のその沈黙を美咲はイエスと取ったらしい。
「あ~あ。ホントは真吾には気付かれずに全部を終わらせたかったんだけどなぁ」
「お、終わらせる?」
そういえば、前々回では美咲は、俺とどこかに逃げて2人で仲良く暮らしたいと言っていた。
美咲の目的は自分が『牛の首』だと俺に気付かれずに、2人でどこかに行くことだったのか?
そのための障害となる互いの両親を殺して?
「寝てる間に首を落としてね。その血で17日に丸するの。それでね。真吾の首とどこかで楽しくずっと一緒に暮らすのが夢なのよ!」
「……は?」
美咲は、いったい何を……。
結局、俺は殺されるのか?
生きている俺じゃなくて、殺して落とした俺の首と?
……ダメだ。理解できない。
「……ま、わかんないよね。わかんなくていいけど」
美咲は以前と同じことを言って、悲しそうな顔をした。
そうか。
そうだった。俺は前回もそれに理解を示せなかったんだった。
それはそうだろう。
結局、自分は殺されるのだ。
理解なんて出来るはずがない。
「大丈夫。邪魔になりそうだから、ちゃんとあなたの両親も並べとくから」
……並べる。
それも前に使った単語だ。
今は、その意味が正確に分かる。
「あ、そうそう。なんかウロチョロしてて鬱陶しいのもついでに並べとかなきゃ」
早川のことだろう。
それだけはいい気味だと思ってしまう自分がいる。
「……どうする?
私を説得してみる?
それとも抵抗でもしてみる?」
美咲は無邪気なあどけない笑みを見せて首をかしげた。
それに、俺はなぜだかひどく惹かれる一方で、これはもうダメだと感じていた。
「……いや、もういい。ひと思いにやってくれ」
もう無理だ。
少なくとも、今回は……。
「そう、残念ね……」
美咲は少しだけ悲しそうに呟くと、懐からナイフを取り出した。
「ちゃんと部屋から斧を持ってくるから安心してね」
美咲はそう言うと、俺の首の左側に手をかけ、右側にナイフを突きつけた。
ナイフの冷たさで、美咲の手の温もりがやたらと温かかった。
「……じゃあね」
そうして、3回目の俺の人生は終わった。
「……次のニュースです」
「……戻ったか」
そして、4回目が始まった。
「……よし」
俺は今回はチャレンジしてみることにした。
「美咲。起きろ。学校いくぞ」
「ん~?」
弁当を2つ持って美咲の家に行き、毛布にくるまる美咲に声をかける。
「……」
「……真吾、なにしてんの?」
俺は美咲が起き出す前にカレンダーをめくって、17日に赤丸があるのを確認する。
美咲がそれを不思議がってソファーから立ち上がる。
「……美咲。『牛の首』なんて、もうやめないか?」
「……え?」
俺はカレンダーを指差す。
「これ、美咲の家族の血だろ?
今までのも、美咲がやったんだ。
来月は俺の誕生日。
最後は、俺で締めるつもりだったのか?」
「……」
ここで出掛かりを止めてしまえば、美咲はもうこれ以上動けない。
俺は決めた。
美咲のすべてを受け入れると。
美咲が『牛の首』であっても構わない。
でも、美咲を警察に突き出したくもない。
だから、俺は美咲とすべてを抱えて生きる。
「俺は、おまえを受け入れる。
俺を殺したくならないぐらいに、俺は美咲を大切にする。
だから、俺と一緒にここから逃げて、誰も俺たちを知らないところで、2人でずっと一緒に暮らそう」
分かってる。
そんなのは犯罪だ。
美咲は殺人犯だし、俺はその逃亡を手助けしようとしている。
警察に捕まれば2人とも刑務所送り。
でも、それでもいい。
それでも俺は、美咲と生きる。
両親のことを死なせたくないという気持ちもあるし、俺自身が死にたくないという思いもある。
でも、それより何より、やっぱり俺は美咲が好きだ。
何を犠牲にしてでも、美咲を守りたい。
「だから、俺と一緒に……っ! ……え?」
「……嬉しいわ、真吾」
妖艶に微笑む美咲。
腹が熱い。
「……え?」
俺は刺されていた。
いつの間にか美咲が手に持っていた包丁で。
「ぐっ……」
こみ上げる痛みにその場に座り込む。
「……な、なんで」
「私はね……」
美咲は包丁を放り投げて小さな声で呟く。
「何があっても、何を犠牲にしてでも、真吾と一緒にいたいの。
だから、それの邪魔をするものは全部排除するの」
「……だ、だから」
だから、全部を捨てて、一緒に……。
「だから、もしかしたら逃げたりしちゃうかもしれない真吾の命も排除するの」
「……は?」
俺の、命、も?
「そうすれば、もうどこにも行けない。
真吾と私はずーっと一緒。
何があっても、私たちは一緒。
あとは警察とかに引き離されないように逃げなきゃ。
でも人って重いからさ。
頭だけあれば十分。
首から下はいらない」
だから、首を?
「でも、せっかくだから証を残したいじゃない?
体を捨てる代わりに、丸をするの。
真吾の誕生日に丸をつけて、そこにあった証を残すのよ!」
「……」
理解が、理解が及ばない。
痛みで頭が回らないとかじゃない。
美咲の考えがまったく理解できない。
「……い」
「ん~?」
「怖い……怖いよ、もう」
「……そっか~。まあ、べつにいいけどね。理解してもらわなくても。してもらいたくないし」
言い回しは違っても、言っていることは同じ。
俺はあと何度、このセリフを聞くことになるのだろう。
「よいしょっ、と」
美咲はいつの間にか大きな斧を手に持っていた。
もう何度も見た斧だ。
「じゃあね~」
そして、再び俺の人生は幕を閉じた。
その後も、俺は何度も何度も同じ日に戻り、何度も何度も美咲に殺された。
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。
そのなかで一度、美咲が早川に襲われそうになっているのを止めようとして、誤って俺が早川を殺してしまったことがあったが、結局そのあと俺も美咲に殺された。
あと、誕生日前日に美咲と体の関係を持ったこともあった。
そうすることでもしかしたら、という気持ちと、やけになっていて少しぐらい、という気持ちがあった。
が、結局、美咲はより喜んで俺を殺した。
そして、もう何度目かすら数えなくなったやり直しの時。
「……ねえ。真吾って、もしかしてタイムリープしてる?」
「……は?」
美咲はついに、そこにたどり着いた。
「だって、そうじゃなきゃおかしい。私は真吾にだけはバレないように動いてたから。
私の動機とかも察しがついてるみたいだし。私、誰にも気付かれてない自信あったんだよ?」
美咲は俺の目を真っ直ぐに見つめながら話す。
まるで、俺のすべてを見透かすかのように。
「……」
俺は、答えられなかった。
俺がこの期間を繰り返しているだなんて、誰かがそんな馬鹿げた考えに至るとは思っていなかったから。
「……ホントなの?」
俺の沈黙をイエスと取った美咲は信じられないといった表情をしていた。
どうする?
いっそ、このまま俺がタイムリープをしていることを打ち明けて、俺を殺すとまた元に戻ってやり直しになるからもうやめろと説得してみるか?
正直、それで俺が今日を乗り越えたらどうなるかは分からないが、そうでなければこのループは終わらないのだろう。
「美さ……ん?」
俺は美咲にその提案をしようと思って顔を上げたが、美咲の表情は満面の笑みに変わっていて思わず言葉を止めていた。
「そっか~。じゃあ、私はもう何度も真吾のことを殺してるのね?
首を切って、丸をつけて、真吾の首と一緒にどこか遠くへ!
それを、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も、な~んども!」
美咲は両手を天井に向けて恍惚の表情を浮かべていた。
あははははと笑いながらくるくる回る。
「さいっこう! じゃあ、またここで真吾を殺したら過去に戻るんだ? それで、私はまた真吾を殺せるんでしょ?」
……ああ、そうか。
「ふふふふ、私に記憶がないのが残念ね~。せめて、真吾がループしてることだけでも私に伝えたいわね。そうしたら、いろんなやり方をするのにな~」
……俺は勘違いをしていた。
いつか、いつかきっと美咲を取り戻せると。
『牛の首』なんていう連続殺人犯なんかやめさせて、前みたいに平和に楽しく暮らせるようになるんだって。
このタイムリープで、その糸口をつかむんだって。
そう思っていた。
でも、違った。
「ねえねえ! また過去に戻ったらさぁ。私にタイムリープしてるんだよって教えてくれないかなぁ。ねえねえ!」
美咲は、きっと元からこうなんだ。
取り戻すものなんてなかった。
ただそれを抑えていただけで、美咲の本質はたぶんこっちなんだ。
だから、何度繰り返しても俺は美咲に殺されるんだ。
美咲には、それ以外の選択肢なんてないから。
可能性が0パーセントの未来は掴み取れない。
美咲は、救えない。
いや、違うな。
救ってほしいのは美咲じゃない。
救われないのは美咲じゃない。
俺だ……。
「真吾。安心して殺されて? きっとあなたが何回やり直しても私は必ずあなたを殺すだろうから。
何度も何度も、永遠に、ね」
美咲がどこからか取り出した斧を振り上げる。
ああ、もう何度目だ。
永遠に終わることのない悪夢。
改善の余地のない決定された世界線。
ただそれをなぞるだけのループ。
俺は、美咲に殺されるために過去をやり直していたんだ。
こんなのは地獄だ。
もう、もう嫌だ。
もう戻さないでくれ。
もう楽にしてくれ。
俺を美咲から、解放してくれ!
「……じゃあ、またね。真吾」
そうして、俺はまた再び首を落とされた。
もう……もう嫌だ。
もう、戻りたく……ない。
そしてその後、俺は二度と過去に戻ることはなかった。
「あ!」
首だけになった真吾を優しく抱きしめる美咲。
何かに気が付き、優しく首を掲げる。
「首を切ってからず~っと目がキョロキョロしてたけど、やっと収まった」
美咲は真吾を眺めながら優しく目を細める。
「やっと、逝けたんだね」
美咲は真吾の首と目線を合わせる。
動きが止まった目はどこかを虚ろに眺めているようだった。
「先に行ってて。私もいつかそっちに行ったら、また2人で楽しく過ごそうね。
それまでは、私はこの首と仲良く暮らすから。
死ぬ前も、死んでからも、そのあとも、ずっとず~っと、私たちは一緒よ」
美咲は嬉しそうにそう言うと、真吾の首の切断面に口づけをした。
美咲の唇が真っ赤に滴る。
「ふふふ、ふふふふ」
美咲はとても嬉しそうに立ち上がり、カレンダーに向かった。
「……これが、あなたがここにいた証よ」
そして、そのカレンダーの17日の部分に優しくキスをした。
「……ふふふ。さて、そろそろ行きましょ。これならリュックに入るし、どこにだって行けるわ」
美咲はどこに行こっかな~と楽しそうに呟きながら、2階に荷物を取りに行った。
小脇に、大事そうに首を抱えながら。
その後、美咲が家を出ていく時の扉の音だけが家に響いた。
カレンダーの17日にはキスマーク。
それは、まるで赤い丸のようだった。