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2周目

ショッキングな表現、残酷描写があります。

苦手な方はご遠慮ください。

こちらは企画作品『牛の首』の続編?になります。

そちらを未読の方はまずはそちらからお読みくださると幸いです。

「……はっ!!」




「……次のニュースです。

 ○○県黄昏市(たそがれし)丑頚町(うしくびちょう)を中心に殺人事件が頻繁しています。警察はこれを同一犯による連続殺人事件と断定。対策本部を立ち上げたとのことです」


「怖いですね~。巷では犯人のことを『牛の首』なんて呼んでいるそうですね」


「地名と、被害者が皆一様に首を切られ、まるで飾るようにテーブルの上に並べられていることから名付けられたようですね」


「猟奇殺人鬼ってやつですか。世も末ですね」


「市内の学校では集団下校が行われ、市民に早めの帰宅を呼び掛けているとのことです」


「怖いですね~。早く犯人が捕まることを祈ってます」




「……え?」


 自分の首に触れる。

 そこにたしかに俺の首はあった。

 きちんと頭と胴体を繋げている。

 どこにも痛みはないし、頭からの指令を俺の身体は正確に汲み取って動かしてくれる。


 俺は……美咲に首を切られて死んだんじゃ……。


「……あれは」


 俺はカレンダーに目を向ける。

 まだ7月になっていない6月のカレンダー。


「……う、嘘だろ」


 俺は震える手でリモコンを持ち、テレビで他人事のように話す奴らを消した。


真吾(しんご)。そろそろ出ないと遅刻するわよ」


「……か、母さん」


 俺が現状を信じられずにソファーに座り続けていると、キッチンから顔を出した母親が声をかけてきた。


 母さんが、生きている。

 あのとき、父さんとともにテーブルに首だけ並べられていた母さんが……。


「……うっ!」


 俺はそのときの場面を思い出して吐き気に襲われる。


「ちょっと大丈夫!? 具合悪いの?」


 母親が心配してパタパタと駆け寄ってくる。


 ああ、生きてる。

 母さんが生きてるんだ……。


「だ、大丈夫。ちょっとテレビに酔ったのかな。いってくるよ」


 今の状況を何となく理解し始めていた俺は異なる行動を取ることは避けた方がいいと本能で理解し、ふらつく体を無理やり動かして、カバンを手に取り玄関に向かった。


「まったく。無理するんじゃないよ。ほら、お弁当」


「あ、ああ」


 玄関で靴を履いていると、母親が弁当を2つ持って追ってきた」


 ああ、そうか。

 これはあの日か。


 俺はかつて体験した記憶を呼び起こしながら、差し出された2つの弁当を受けとる。


「……今日は、行けるといいわね」


「……いってくる」


 同じセリフ。

 たしか俺はこう返したなと思い返しながら玄関を出た。


「……」


 隣の家に向かいながら考える。

 俺は7月17日。美咲に殺された。

 連続殺人鬼『牛の首』は美咲だった。

 俺はその事実に、そして両親を殺された衝撃に耐えられずに美咲に殺してくれと願った。

 そして、俺は首を落とされた……はずだった。


 だが、気が付けば俺は6月に戻っていた。


 そう、戻った。

 これはあれだ。

 マンガなんかでよく見る、タイムリープ。


「……はは、嘘だろ」


 軽く天を仰ぐと、すでに夏の日差しを感じさせる太陽が容赦なく俺の肌を焼いた。


 そんなことを考えていると、あっという間に隣家につく。


「……」


 少し躊躇いながらも、鳴らないインターフォンを押す。

 やはりそれは音を発さない。


「……」


 俺はカバンの内ポケットに入れてある合鍵を取り出して、極力いつも通りに鍵を開け、扉を開けた。

 中に入ると、玄関には靴が散らばっている。

 美咲は自分の家族を殺されてからずっと家にこもっていると思っていたが、毎月こっそりと家を出ていたのだ。

『牛の首』として、人を殺すために。

 この散らかった靴も、自分が出掛けたことを隠すためだったのではないだろうか。

 俺や警察に、自分が家を出たことを気付かれないために。


「……」


 そう思うと、なんだかこの家のすべてが気味悪く思えてくる。

 俺はおそるおそる靴を脱いで家に上がる。

 廊下にも物が散乱されているが、これらすべてが計算されたものなのではないかとさえ思えてしまう。


「……」


 ごくり、と唾を飲む。

 このドアを開ければ、リビングのソファーで美咲が寝ているはず。

 連続殺人鬼『牛の首』その人が。


 ……ダメだ。

 そんなふうに思ってはいけない。

 美咲が『牛の首』だと俺が気付いていることを美咲に気付かれてはいけない。

 それのせいで、俺は美咲に殺されたのだから。

 あくまで前回の行動をトレースしつつ、前のような悲劇が起きないように機を窺うんだ。


 俺は吹き出す汗を必死に抑えてドアを開けた。


「……はぁ。またここで寝てんのか、おまえ」


「……ん? ああ、真吾か」


 俺がリビングのソファーで丸くなっているソレに声をかけると、もぞもぞと蠢うごめきながら毛布から顔だけを出してきた。

 我ながら自然に言えたと思う。


「……なに?」


「いや、なにじゃねえよ。毎日迎えに来てんだろ。そろそろ学校行かないか? 美咲」


 首をかしげる美咲に呆れながらもきちんと説明して返す。

 こんなに可愛い顔して、美咲はあんなことを……。


「……」


「……」


 しばらく沈黙。

 今日も無理か、と俺が判断して動く。


「じゃあ、弁当はここに置いとくからちゃんと食えよ。昨日のは、そこか」


 俺は置く場所の少ないテーブルに持ってきた弁当を置き、片隅に広げてあった昨日渡した弁当箱を回収する。

 ちゃんと前回と同じ場所に弁当を置けたはずだ。


「……じゃあ、俺は学校行くから、おまえもあんまり寝てばかりいないで少しは掃除しろよ」


 俺は足の踏み場が少ない床を歩きながらリビングのドアまで戻る。


「……ん」


「……」


 声がしてから振り返る。

 美咲が動く前に足を止めてしまった気もするが、変に思われていないだろうか。

 美咲が毛布から出てきて立ち上がっている。

 やはり昔から着ているパジャマはもうだいぶ小さくなっていて、足首や手首が丸見えだった。胸元はあまり成長していないから問題はなさそうだ。


 このあとは、


「……! な、なにやってんだ!?」


 そうだ。美咲がおもむろに着ていたパジャマを脱ぎだすんだ。

 やはり下着はピンク。


「……ん。学校、いく」


「……え?」


 驚くという演技は存外難しい。

 変にひきつった笑顔になってしまったような気がする。

 美咲は少しだけこっちを見たが、たいして気にしていない様子でトコトコとリビングから出ていき、2階へと上がっていった。


「……ふぅ」


 美咲が視界から消えたことに安堵のため息が出る。


 どこかで、チャンスを見つけなければ。

 美咲にあんなことをさせないようにするチャンスを。

 何か糸口があるはずだ。

 でなければ、俺がタイムリープなんてした意味がない。

 きっと、俺が過去に戻ったのには何か意味があるはずなんだ。






 その後、降りてきた美咲と合流して俺たちは家を出た。

 母親に昨日の弁当箱を渡しながら美咲が顔を出すと、やはり母親は泣いた。


「……いってくる」


 殺した者と殺された者。

 被害者が加害者に流す涙。

 でも、2人は今はそれを知らない。


 俺は自分でも説明できない感情を押し殺して、逃げるようにその場をあとにした。








 学校に着くと、やはり他の生徒たちが美咲を見てザワザワする。

 改めて美咲に目をやると、美咲はそんな周りの声なんてまるで気にしていなかった。


「……」


 俺は前に美咲を気遣う言葉をかけたことも忘れて、かすかに微笑む美咲に思わず見とれてしまっていた。






「おお! 水野! 学校に来てくれたのか! 先生は嬉しいぞ!」


「……っ!」


 早川っ!

 そうか。こいつもまだ……。


 俺はこいつもまだ健在だったことに(はらわた)が煮えくり返りそうになる。

 こいつだけは戻っていてほしくなかった。

 美咲のことを心配するふりをして、ずっと美咲のことを狙っていたこいつだけは。

 結局、美咲に返り討ちに遭って首を切られたが、こいつが最低なやつだってことは、今は俺だけしか知らない。

 いや、逆に言えば俺だけは知っている。


「……はい。ご心配おかけしました」


 美咲が早川に頭を下げる。

 こんなやつに頭を下げる必要なんてないのに。


 早川は美咲の態度に驚いたようなリアクションをする。

 もっと感動的な再会でも期待したのだろうか。


 ……でも、そうか。

 こいつが、こいつがあの日、美咲の家に行かなければ。

 美咲が早川を返り討ちにして、俺がその場面に出くわすことがなければ、俺は美咲に殺されることもなかったんだ。


 ……いや、ダメだ。

 そのときにはもう、俺の両親は殺されてる。

 それだと、早川のことがなくても俺はすぐに美咲のことに気付くだろう。


 だとしたら、もっと前から対策をしなければならないんだ。




「じゃ、失礼します」


「おう! またあとでな!」


 そんなことを考えていると、いつの間にか退室する場面になっていた。

 俺も軽くお辞儀をして職員室を出る。

 俺が先にドアを開けて、美咲もそれに続く。


「……っ」


 あのときはそのまま振り返ることなく教室に向かったが、今回は職員室の扉を閉める直前、ほんの一瞬だけ早川に視線を向けた。

 すると、早川は美咲の後ろ姿をなめるように見つめていた。


 俺はそれに気付かないふりをして急いで職員室のドアを閉めた。

 美咲がその勢いに首をかしげたが、適当に誤魔化して教室に急がせた。









 教室ではやはり前回同様、クラスメートたちが美咲を心配してくる。

 すべての原因が美咲自身だと思うと何とも言えない気持ちになるが、俺は前回と同じタイミングで止めに入った。

 クラスメートたちはやはり俺の面白エピソードとやらを美咲に聞かせる約束をしてその場を離れていく。

 結局、それを美咲が聞くことはないんだが……。




 その後、2人で学校から帰り、美咲を家に送ってから自分の家に入る。

 母親は、やはり空になった2人分の弁当箱を見て嬉しそうにしていた。







「次のニュースです……」



 その後、ニュースで『牛の首』が17日に犯行を行っているということが報道された。

 自分の家のカレンダーに目を向ける。

 俺の誕生日と同じ17日。

 美咲は、『牛の首』はその日を犯行の決行日にしている。

 なぜかは分からない。

 たぶん、美咲本人にも明確な理由なんてない。

 ただやりたいからやった。

 あの日の美咲はそう言っていた。


「……なにか、なにか糸口を見つけないと」


 俺は決意を改めるように呟いて、面白がるような言い種のコメンテーターが映っているテレビを消した。








「……美咲。夕飯……掃除したのか?」


「……ちょっと、ね」


 夕飯の入った容器を美咲に渡しながら尋ねる。

 ぐるりと室内を見回すふりをしてカレンダーをちらりと見ると、やはり17日に赤い色で何度も丸印がしてあった。

 あれが美咲の家族の血だと思うと食欲がわかないが、俺は母親の作ったカレーを無理やり胃の中に流し込んだ。


「……ちょっとは片付いたけどまだまだだな。俺が片付け道を伝授してやろう」


「……ふふ。なによそれ」


 俺は言ったことさえ忘れかけていたことを思い出して呟く。

 美咲はそれをしっかり聞いていて、口元を抑えて静かに笑った。


 ……やはり、その笑みにどうしようもなく惹かれてしまう。

 なんとか、なんとかしないと。









「……ふう」


 重たい気持ちで重箱を持って家に帰ろうとすると、向こうから誰かが歩いてくる。


 ああ、そうか。

 こいつはここでも現れるんだったな。


「……早川先生」


「おおっ! 真吾かっ!」


 早川はわざとらしく手を挙げて快活な教師を見せてくる。


「……夕飯食い終わったから、今日は美咲には会えませんよ」


 前より少しキツい言い方だったかもしれないが構わない。

 こんなヤツを少しでも慕っていた自分が嫌になる。


「そうか。部活が長引いてな。

 なんか嫌なことでもあったか? 顔がひきつってるぞ?」


「……! ……いえ、なにも」


「……そうか? まあ、今日のところは出直すとするか」


 早川はそう言うと踵を返して去っていった。


「……」


 早川の後ろ姿を見送りながら、内心、焦っていた。心臓がドキドキしている。


 前回と異なる行動を取ってしまった。

 早川に不審に思われただろうか。

 でも、まさか俺が死に戻りをしているだなんて思わないだろう。


「……大丈夫。大丈夫なはずだ」


 俺は自分に言い聞かせるようにそう呟きながら、自分の家に入っていった。







 俺が家に入ったあと、早川は再び現れて美咲の家の前に立った。

 そして、それを見ていた美咲は玄関のドアを開け、早川を招き入れた。


 俺がそのときそれに気付いていれば、あんなことにはならなかったんだ……。











 そして、来てしまった。

 7月16日。

 明日は『牛の首』が動く日。

 そして前回、俺が美咲に殺された日だ。


 この日になるまでいろいろ考えて動いてみたが、美咲に直接『牛の首』について問いつめることは出来なかった。

 あまりアクションが取れなかったのは、部屋の片付けをしていた次の日から、美咲の様子が少しおかしかったのもある。

 妙によそよそしくなり、口数も減っていた。

 学校でもほとんど話さないため、クラスメートたちも次第に美咲と話さなくなっていた。


 前回はこんなことはなかった。

 美咲はだんだんと口数も笑顔も増えていって、ようやく一歩を踏み出せたんだと思っていたんだ。

 その結果が、あれだったけど……。


 とはいえ、今回のこれはなんなんだ?

 どこで歪んだ?

 これは果たして良い結果になるのか?

 それとも……。










 そして、その日の夜0時。


「……来ない」


 美咲が現れない。

 あの日、たしか美咲は0時ちょうどに俺の部屋の窓をノックしてきたはず。

 そして、俺は美咲を部屋に招き、そのまま一緒に部屋で寝たんだ。


「……くそ」


 美咲が来なければ俺の狙いがうまくいかない。

 あの日、美咲を部屋に入れたから俺の両親は翌朝、美咲に殺されたんだ。

 だから、今度は俺が美咲の家に行って一緒に夜を明かそうと思っていた。

 なんなら徹夜してでもずっと美咲のことを見張っていようと思っていたんだ。



 コンコン。



「!」


 そんなことを考えていると、窓がノックされた。

 だが、前回と違ってとても小さな、控えめなノックだった。


「……美咲」


 カーテンを開けると、そこには美咲が立っていて小さく手を振っていた。

 良かった。時間はズレたけど、ちゃんと前回通りの道筋をたどっているみたいだ。


「……眠れないのか?」


「……」


 俺は窓を開けてやって美咲が入れるように場所を空けてやる。


「ううん。そういうわけじゃないんだけど、ちょっと思い出して。よくこうやって互いの家を行き来してたなって」


「……!」


「それでちょっと懐かしくなっちゃって」


 美咲がへへと笑う。

 どこか儚げで、泣いてるようにも見える笑顔だった。


「……美咲?」


 これはやっぱり前回と違う展開になってるのか?


「ごめんね、起こしちゃって。私ももう寝るね」


「あ、おい」


 くるっと踵を返す美咲を止めようとしたが、美咲はそのままベランダを乗り越えて自分の部屋に戻ってしまった。


「……」


 これはどういう展開だ?

 この場合、俺はどうしたらいい?

 前回は美咲が『牛の首』に怖がっているだろうからと俺は美咲を部屋に上げたのだが、『牛の首』は美咲だ。

 美咲を家に1人にしたからといって心配する必要もない。

 それに、美咲がウチにいないのなら俺の両親が美咲に殺されることもない。


「……これは、回避できたのか?」


 俺は少しだけ安堵の息を吐いてベッドに座った。


「……いや! そうじゃない!」


 俺はガバッ!とベッドから立ち上がる。


 美咲の、『牛の首』の目的は俺だ。

 なぜかは分からないが、明日、いやもう今日か。7月17日に俺を殺すことが美咲の目的なんだ。

 なら、美咲はまだ動くはず。


 俺はそう考えて再び窓から美咲の部屋を覗いた。


「……ん?」


 そのとき、視界の端で何かが動いた。


「……ま、まさか。なぜ、いま!?」


 それは早川だった。

 下卑た笑みを浮かべた早川がゆっくりと美咲の家に近付いていた。


 あり得ない。

 前回、早川が現れたのは朝だ。

 そこで早川は俺を脅しの材料にして、自分を家に上げさせたんだ。

 美咲を、自分のものにするために。


「なのに、なんで今なんだ? ……っ!!」


 そのとき、早川が突然こちらを向いた気がして慌てて顔を引っ込めた。


「……」


 しばらくしてから反対側の窓のカーテンのすき間から再び外を覗くと、早川はもういなかった。


「……美咲っ!」


 それにほっとすると同時に、そこに早川がいないということは別の場所に行ったのだということに思い至り、慌てて部屋を出た。


「真吾! どうしたの!?」


「父さん、母さんっ」


 バタバタと音を立てたことで両親が部屋から出てきた。

 そうか。まだこのときは2人とも生きているんだ……などということを考えてしまう。


「警察呼んでっ! 美咲があぶないっ!」


「えっ!?」


「どういうことだっ!」


 俺は2人にそれだけ告げて家を飛び出した。

 美咲は隣の家なのにやけに遠く感じる。




「美咲っ! 美咲っ!」


 玄関のドアをドンドンと叩くが、音沙汰はない。


「くそっ!」


 俺は前回と同じようにリビングの窓がある庭に走る。

 頭のなかではずっと警鐘が鳴っている。

 時間は違ってもやっていることは同じ。

 このままだと、俺は再び美咲に……。


「……くっ。だぁっ!!」


 だが、考えとは裏腹に、俺の体は前回と同じことを繰り返している。

 窓に岩をぶつけるとガラスの一部が割れる。

 俺はそこから手を入れて鍵を開ける。

 今度は腕を切らなかった。


「美咲っ!」


 窓を開けて勢いよく中に入る。

 前回はテーブルの上に、早川の首が置かれていた。


 そして、今回は……。



「……は?」



 床に倒された美咲の上に、早川が覆い被さっていた。


「……真吾、来ちゃダメ……」


 美咲が必死に俺に手を向けている。


「……美さっ」


「何をしてるんだ!」


「父さんっ!?」


 俺がその手をつかむために走り出そうとしたら、後ろから父さんが走ってきて俺を追い抜いていった。


「……っ! 母さんまで!」


 呆然とする俺を母さんが優しく包む。

 母さんは少し震えていた。


「……はぁ。邪魔すんなよ」


「ぎゃっ!」


「父さんっ!」


 父さんは早川を取り押さえようとしたが、早川に振り向き様にナイフで切りつけられた。


「……ったく」


「ダメ!」


 そして、早川はそのままゆらっと父さんに近付き……、


「……ぐっ!」


「……父さん?」


 父さんは声を上げたと思ったら、そのまま力なく床に崩れ落ちていった。


「あ、あなた……」


「はい次~」


 早川は父さんを蹴り倒し、そのままこちらに向かってきた。


「ひっ! ……真吾っ! ぎゃっ!」


「か、母さん?」


 そして、母さんが俺に覆い被さってきて、しばらくしたら母さんもズルズルと床に落ちていった。

 2人の周りには大きな血溜まりが出来始めている。


「……ったく。おまえが変に勘を働かせなきゃこうならなかったんだぞ、真吾」


 そして、早川は俺にナイフを振り下ろしてきた。


「ダメぇ~!!」


「うおっ!」


「美咲っ!」


「……うっ」


 だが、美咲が早川に飛びかかり、それに驚いた早川はナイフを持ったまま腕を美咲に叩きつけた。

 横っ腹を刺された美咲が傷を抑えながら座り込む。


「あ~あ。マジかよ」


 早川はしゃがんで美咲を覗き込んでいる。


「う、うああぁぁぁぁーーっ!」


 俺は訳も分からず叫びながら早川に飛びかかった。

 それが怒りなのか悲しみなのか憎しみなのか分からなかった。

 飛びかかってどうしたかったのかも分からない。

 でも、早川にそれをぶつけずにはいられなかった。


「ああもう。うるせえな!」


「ぐあっ!」


 そして、俺は早川にナイフで切られた。


「じゃ、ま、な、ん、だ、よ!」


「ぐっ! がっ! ぎゃっ!」


 早川はそれから何度も俺を刺した。

 もうどこが痛いのかも分からなかった。

 床に崩れるように倒れる。


「し、真吾……」


 美咲が痛む腹を抑えながら、座った状態のまま懸命にこちらに近付いてくる。


「……ちっ。このまんまじゃ、こっちが先にくたばるか」


 早川はそんな美咲の様子を見ると、俺からナイフを抜いて美咲の方に向き直った。


「もったいねえ。どうせくたばるなら最期までいただくとするか」


 こいつっ!


「やめろ! くそやろう!」


 必死に言葉を飛ばすが、早川はこちらを見向きもせずに美咲の服を脱がしていく。


 美咲! ケガしてるとはいえ、美咲は『牛の首』なんだろ!

 なんでそんなヤツにそんな簡単に!


「……真吾。こいつはおまえのことがたいそう大事みたいだぞ」


「……は?」


 俺の思いが伝わったのか、早川は美咲の服を脱がしながらポツリと呟いた。


「なかなか俺の誘いに乗らなかったから、真吾に何もされたくなかったら言うことを聞けって言ったらおとなしくなってよ。それからはずいぶん楽しませてもらったぜ」


 早川が気色悪い笑みを浮かべる。

 いったい、いつから……。


「最初は抵抗しようとしてたけどよ。俺に万が一のことがあったら、俺の悪~いお友達が真吾に悪いことしちゃうぜって言ったら、そりゃもう良い子ちゃんだったぜ! そんなんいないのにな!」


「……ひ、ひどい」


 高笑いする早川の下で、美咲は涙を浮かべていた。

 俺のせいで、俺のせいでこんなことに。

 俺が脅しの道具に使われなければ、『牛の首』である美咲がこんなヤツにやられるはずないのに。


「……お、まえ。許さない……」


「おっと。まだ立てるのかよ」


 俺は立ち上がった。

 全身が痛む。

 けど、きっともう助からないと思って、どうなってもいいからと無理やり体を動かした。


「……おまえ、だけは、絶対に殺す」


 俺はふらふらとした足で前に進む。


「あ~、そういうのいいから」


「……がっ!」


「真吾っ!」


 そして、俺は再び早川に刺された。

 今度は胸。

 俺はもう立っていることが出来ずにその場に倒れこむ。


「真吾ぉ」


「み、美咲……」


 必死に俺に手を伸ばす美咲。

 俺もそれをつかもうと、最期の力を振り絞って手を伸ばす。


 そして、あともう少しで美咲の指に手が届くというときに、



「はい、邪魔~」



 早川の振り下ろされたナイフで、俺の意識は途切れた。






 こんなのは嫌だ!

 これなら、まだ美咲に殺された方がマシだ!

 こんな世界ならやり直したくなかった!

 嫌だ!


 もう一度、もう一度俺にチャンスをくれ!!!!















「……次のニュースです。

 ○○県黄昏市(たそがれし)丑頚町(うしくびちょう)を中心に殺人事件が頻繁しています。警察はこれを同一犯による連続殺人事件と断定。対策本部を立ち上げたとのことです」




「……はっ!」



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