表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
99/205

#15. Requiem(彼に永遠の安らぎを与え給え)


「なに?」


 極小の悪魔が不愉快そうに顔を歪める。


「はっ、悪魔さんよ。こうは思わなかったのか? 夜になるのを待っていたのは、あんただけじゃない。あんたは時間稼ぎに成功したつもりだろうけど、それは違うな。……時間を稼いでいたのは、こっちなんだぜ?」


 ジンタ君の浮かべる余裕の笑みが。

 悪魔を、更に苛立たせていく。


「ふん、馬鹿め! そんなハッタリが通じるわけがあるまい。吾輩の影を操る能力をもってすれば、悪魔卿ロードすら凌駕すると―」


「そっか。だったら、ここからは力比べだな。捻じり潰されても恨むなよ」


 ジンタはそう言って。

 彼が握る小さな手を、優しく握り返した。その目は優しさと信頼に満ちていた。


「さぁ、アンジェ。見せてやろうぜ。格の違いってヤツを」


「で、でも、もし上手くいかなかったら」


「大丈夫さ、なんとかなる。今までだって、そうだっただろう。何があっても、俺がお前をこちら側・・・・に引き留める。だから―」


 少年は少女に向かって。

 気の抜けた無邪気な笑みを浮かべた。すでに、もう。勝敗など決まっているかのように。


「だから、お前の能力を全力で解放してやれ」


「……うん、わかった」


 アンジェちゃんが微笑む。

 目を閉じて、にっこりと笑う。


 ……月が出ていた。


 暗闇の街を照らすように、輝かしいほどの月光が。夜天に君臨している。月明かりに照らされている彼女は、やはり天使と呼ぶにふさわしく。可憐で、優雅で、純真に溢れていた。


 そして、彼女が目を開けた瞬間。


 その瞳が、真っ赤な血のように赤く染まっていた。

 それはまるで。見る者を恐怖させる、……悪魔のようだった。


「なっ!?」


 空気が変わっていた。

 背筋が凍り付くような存在感。声を出すことも、呼吸をすること、おぼつかなくなっていく。足元から込み上げてくる恐怖が、心臓をつかまれるような悪寒が。……今、私が。誰を恐れているのか。それを知るのが怖かった。


 声を零したのは、私だった。


 藍色の夜空に浮かんでいた美しい月が。

 いくつもの輝く星々が、誉れ讃えるように輝いていた月が。全てを食らうかのような闇に包まれている。夜空の月が黒く染まっていた。


「……夜天の星々。人の子よ、悪魔の子よ。わたしの名を呼ぶがいい。絶望を与えよう。恐怖を与えよう。後悔を授けよう。苦痛を授けよう。……生あることを懺悔しろ。わたしは全ての生きるものを恨むものなり」


 アンジェちゃんの声が聞こえる。


 まるで別人のような冷たい声だ。

 周囲が、重い空気に包まれていく。いや、この広場だけじゃない。この住宅街が、この首都が。何か強大なものに包まれていく。


 息が苦しい。

 見えない何かで首を絞められtいるような感覚だ。空気を吸っているはずなのに、呼吸はどんどん荒くなっていく。


 気がつけば、嫌な思い出ばっかり込み上げていた。

 スパイとして辛い任務をしていた記憶。幼少代の貧しかった思い出。だけど、それだけじゃない。自分の知らないはずの記憶も混ざっていく。


 見知らぬ両親に床下の部屋に閉じ込められて。食べるものもなく泣いている。これは、彼女ナタリア自身の記憶か? 自分の知らなかった彼女の想い。辛い、哀しい、誰か助けて。そんな想いが、私の傷だらけの魂に刷り込まれていく。同調していく。ひとつになろうとしていく―


「ナタリア師匠、こっちに!」


 唐突に、少年の声がした。

 そちらに顔を向けると、ジンタ君が手を伸ばしていた。彼の傍にいる少女は、瞬きもせず夜天を見上げている。真っ赤な瞳が、無感情に見開かれていた。


「っ!?」


 私は何も考えることもできず、救いを求めるようにジンタ君の手を取った。

 そして、それと同時に。

 頭の中の靄が消えたように、周囲の視界が鮮明となっていく。


「……アンジェの能力の根源は、『否定と拒絶』なんだ。人間たちの悪意を、無意識に引き寄せてしまう。そんな体質が、アンジェを不幸にしているんだ」


 広場にいた無数の悪魔の影たち。

 そして、その本体である極小の悪魔が。……苦しみながら、見えない力に押し潰されそうになっていた。


「ニバババッ!? こ、この力が、悪魔卿ロードさえも従わせる王の根源! 人間たちを糧にして存在する。我らが悪魔の、『厄災の女王』―」


 ごふっ、と悪魔が塵のような血を吐く。

 野良猫たちが逃げていくなかで、その悪魔だけが独りだった。そして、何の慈悲もなく―


「……わたしは、この世界の全てを恨む。この世界の全てを憎んで、この世界の全てを拒絶する。……去ね、『Requiemかれにえいえんのやすらぎをあたえまたえ』」


 少女が呟き。

 この広場にいた悪魔たちは、プチッと音を立てて潰れた。


 ……夜空に、月が浮かんでいる。


 静かな住宅街に、心地よい夜風が吹いていた。

 真っ白な月が、疲れ果てて眠る少女アンジェを照らしている。


 そして、そんな彼女を守るように。

 少年は、膝の上で眠っている彼女の髪を優しく撫でていた。


 私は少し離れた場所から。その光景を、頭をかきながら見ることしかできなかった―


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 天使が闇の女王にまさか堕天フォームですか(ワクワク
[一言] アンジェさん、強力ですが、なんかリスクが大きそうな能力ですね。 そして次回で100話。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ