#14. Since when did you misunderstand?(いったい、いつから。勘違いをしてたんだ?)
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「ニ˝ャ、二˝ャャャ! よくぞ、この吾輩の居場所がわかったな!」
野良猫を隠れ蓑にしていた、極小の悪魔が高笑いをする。沈みかけている夕陽が、余裕のない悪魔を顔を照らしていた。
「だ、だが! お前たちの反撃もこれまでだ。その小娘を素直に渡せ。それなら、お前たちだけは生かしておいてやる!」
ジンタ君の摘まみ上げた野良猫。
その猫の耳にしがみつきながら、悪魔は必死に威厳を保とうとする。野良猫にとっては、騒ぐ悪魔が煩わしいのか。ノミでも払うように体を震わせる。
「ニ˝ヤァツ!? こら、暴れるな!? 吾輩が落ちてしまうだろうが! これまで、お前のエサ取りの手伝いをしてやった恩を忘れたか!?」
ぷんすか、ぷんすか。
わずか数センチほどしかない悪魔は、野良猫に向かって喧嘩をしている。そんな彼らを、私たちは呆れたように見ていた。
「……自動で攻撃してくる悪魔は、本体が弱いって言っていたけど。まさか、こんなに小さな悪魔がいたなんて」
「はっはっは、俺もビックリしたぜ」
ジンタ君が愉快そうに笑う。
その様子では、わかっていないのか? それとも、わかっていて笑っているのか?
この悪魔は、……アンジェちゃんだけを狙っていたんだぞ?
私やジンタ君は眼中にない。明確な目的をもって、アンジェちゃんを襲っていた。その意味がわかっているのか?
……悪魔は、自分の快楽でしか行動しない。
つまり、この悪魔にとって。アンジェちゃんは『特別』ということだ。
「(……いや、もしかしたら。この極小の悪魔だけじゃなくて)」
私は振り返って、アンジェちゃんのことを見る。
自分のことを、不幸を巻き散らすと信じて疑わない少女。
だが、『不幸体質』と呼ぶには、あまりにも呼び寄せる事象が悪意に満ちていた。そして最後には、悪魔の襲撃だ。こんなこと偶然であるわけがない。
……アンジェちゃんには、何かある。
蜂蜜色の髪が、夕陽に照らされて。
夜空の月が、わずかに彼女の暗い横顔を映そうとする。
……月?
……あぁ。もう夜に―
「しまった、この悪魔!?」
私は慌てて、ジンタ君が摘まんでいる野良猫を見る。
その猫の耳にしがみついている悪魔は、いまだに猫に向かって文句を言っていた。微笑ましい場面のように、悪魔が無駄な抵抗と続けている。しかし―
なんてことだ。
いつから私は、戦いが終わっていると思い込んでいた!?
「ジンタ君! その悪魔から離れて!」
私は叫びながら、銃弾の入った『デリンジャー』を構える。そして、次の瞬間―
悪魔が。
にやり、と笑った。
「……吾輩の、勝ちだ」
夕陽が沈み。首都の街が、夜の暗闇に包まれる。
そして、瞬きをした後には。
数えきれないほどの悪魔の影絵に、周囲を取り囲まれていた。
2メートル近い背丈に、紙切れのような体格。そして、手や足は、おかしなところから生えていて、首があるべき部分には、逆さまの顔が浮かんでいた。無機質な動きをして、姿を消したり、現れたりしながら。私と、アンジェちゃんへと狙いをつけていく。
「……ニャババ。この野良猫が捕まった時は肝を冷やしたが、夜になってしまえばこちらのもの。人間たちよ、覚悟するといいい。吾輩の能力は『悪魔卿』にも匹敵するぞ」
悪魔の影絵たちが、無機質に動き出す。
くそっ、本体が目の前にいるというのに。
私が引き金を引けば、それを合図に襲い掛かってくるだろう。良くて相打ち。悪ければ犬死だ。それだけは避けなくてはいけない。……この私の、ナタリア・ヴィントレスの命だけは、誰にも触れさせるわけにはいかない!
「ニャババ。形勢逆転だな、人間たちよ。大人しく、その小娘をこちらに渡して、……ぬっ!?」
極小の悪魔が、戸惑いの声を上げた。野良猫が地面へと着地した。悪魔がしがみついていた猫を、ジンタが手放したのだ。
そして、何の迷うこともなく。
ゆっくりとした足取りで、アンジェちゃんの隣に立った。
「……何の真似だ、小僧?」
「見ての通りだ。俺は、守りたい大切なもののために戦う。それだけさ」
彼の手が、少女へと差し出される。
その手を。
アンジェちゃんは、恐る恐る掴んだ。
「……ジンタ」
「大丈夫だ、アンジェ。何の心配もいらない。……言っただろう。俺が証明してやるんだ。お前がここにいてもいい理由を。お前が生きていてもいい理由を。俺が、証明してみせる」
少年は少女の手を握り。
迷いのない真っすぐな目で、彼女を見た。その彼女の手は、人間のものとは思えないほど美しかった。
「……なぁ、小さな悪魔さんよぉ。あんたは」
にやり、とジンタが笑う。
それは勝利を確信した笑みだった。
「いったい、いつから。……夜になれば自分のほうが有利だと、勘違いをしてたんだ?」