#13. Little Little(それは、とても小さな…)
「……自動追尾型の能力か。確かに、こいつの攻撃には感情がない。単調な攻撃を、不規則に規則的な行動をしているだけって感じか」
首をそらし、軽く跳躍する。
絶えず繰り出される影絵の悪魔の攻撃を、私は静かな目で捉えていた。
当たれば綺麗に一刀両断される威力といえど、動きが単調なら予測するのは容易い。私は『デリンジャー』を片手に、敵の攻撃を回避することに集中力を注ぎ込む。
「それで、本体はどこにいるの!?」
「わからない! だけど、アンジェや師匠を襲ってきているということは、一度は見かけているはずだ。攻撃を追尾させるためには、狙うという行為が必要なはずだから」
でないと、このタイミングで襲ってきた辻褄が合わない。と彼は続ける。
「なるほど! つまり、今日出会った奴らが全員怪しいってことね!? ざっと、100人以上はいるけど?」
「そんなに前の時間じゃないはずだ。その紙切れみたいな悪魔に襲われる、その直前に見たものは?」
「ひったくりの男が一人。だけど、私が蹴り飛ばしたから、もう気絶しているけど」
黒い鎌のような攻撃を掻い潜り、敵の狙いをこちらへと向けさせる。
「もしからしたら、人じゃないかも。例えば、動物とか」
「動物? ……あぁ、そういえば」
私が呟くと。
その続きを代弁するように、アンジェちゃんが叫んでいた。
「猫です! 野良猫さんが、私たちを見ていました!」
あー、そうだ。
そういえば、最初に影絵の悪魔に襲われた時も。あの猫の影から出てきたではないか。
「その野良猫が、悪魔の本体ってわけ!?」
「まだ、断定はできない。だけど無関係じゃないはずだ」
「わかった。10分は稼いであげる。その間に、ジンタ君はその野良猫を追いかけなさい。きっと、この住宅街の影に潜んでいるから」
「うっし、まかせろ!」
そう言い残して、ジンタは全力で走っていった。
わずかに影絵の悪魔が、そちらに反応するも。私が一歩だけ近づくと、再びその視線をこちらに向ける。
なるほど、確かに。
こいつは自分で考えて行動していない。近い距離の標的を優先に狙ってくるだけだ。自動で攻撃できるものの、臨機応変に対応できていない。
「アンジェちゃんは夕陽のある、安全な場所にいてね!」
そう言いながら、私は悪魔の影絵と離れ過ぎないように対峙する。あとは、ジンタが例の野良猫を捕まえられるか。それに掛かっている。
もうじき、夜更けだ。
太陽が沈んでしまったら、この街は闇に覆われる。
暗闇の影から逃げる手段を失ってしまう。
そうなったら、終わりだ。
「ッ! くそッ!?」
私は、影絵の悪魔の攻撃を紙一重で躱していきながら、少しずつ体力が削られていくのがわかる。
判断が鈍る。
視界が狭くなる。
行動が一手遅れる。
それでも、住宅街の影から出るわけにはいかない。ジンタが、あの野良猫を捕まえるまで。ここから退くわけにはいかない。この悪魔の影絵は、私が引きつける。
「ちっ、このっ!?」
がくっ、と足をくじいて態勢を崩す。
それでも地面すれすれを滑り込んで、片足で跳躍しながら攻撃を躱す。……あー、買ったばかりの服が、もうボロボロじゃないか!
「ったく! ジンタの奴は、まだなの!?」
あれから、もう15分は経過しているはずだ。
夕陽の影になっている住宅街は広い。もし、あの悪魔の本体が隠れているとしても、この短時間で見つけられるものなのか。
……くそっ、やっぱり時間が足りないか!?
「お姉さん、頑張って!」
アンジェちゃんの悲痛な声援が聞こえる。
夕陽がどんどん傾いて、広場にも安全な場所がなくなっていく。
そして、私が悪魔の攻撃を掻い潜り。
不意に、相手との距離を離して。住宅の影から2メートルを離れてしまった。その瞬間―
「っ、やばっ!?」
悪魔の影絵が標的が、アンジェちゃんへと移っていた。
影の中を消えたり、現れたりする不気味な歩き方で、アンジェちゃんに迫る。私は悪魔を引きつけるために、『デリンジャー』を構えなおして、もう一度、距離を詰めようとする。
くそっ、届かない。
間に合わない。
「逃げて、アンジェちゃん!」
私の声が、広場に響き渡る。
彼女の背後に出現した悪魔が。その歪な両手を広げて―
「ぉぉおおおおおっ、しゃぁぁぁっ!!」
少年の気の抜けるような掛け声と共に、住宅街の影から飛び出してきた。
そして、それと同時に。
影の悪魔は、萎むように消滅していった。
私たちが、声のしたほうを見る
夕陽を背中に浴びている、どこにでもいる普通の少年。
そして、その体にまとわりついているのは。餌を求めて彼に噛みついている、大量の野良猫たちだった。彼の全身はキャットフードでまみれになっている。
「だははっ、目的の野良猫を探すのが面倒だったから。住宅街にいる猫を全部、餌でおびき寄せちまったぜ。だけど、予想通り。日陰の中から引きずり出しちまえば、こいつの能力も消えちまうってわけだな」
得意そうな顔で、ジンタが一匹に野良猫を掴み上げる。
ふてぶてしく、ジドッとした目つきの野良猫。あの時の猫だ。
その猫の耳の後ろには、わずか数センチほどの小さな『悪魔』が隠れていた。
夕陽に照らされた悪魔の本体は、酷く焦った顔をしていた―