#12. Then let's do it(じゃあ、やろうか)
「は? 本体は、別なところにいる?」
私の戸惑いの声に、ジンタは目を合わせずに答える。
その視線は、常に広場の奥に向けられていた。影に覆われた住宅街を睨みつけている。
「あぁ、そうじゃないと説明できない。アンジェを助けてから、ずっと喋っているけど。あれから悪魔が襲ってくる気配がない。それは、たぶん俺たちを攻撃できない状況だからなんだ」
「その根拠は?」
私は冷静に、その推論を問いただす。
「相手の攻撃領域。つまり、影さ」
「影?」
「あぁ。アンジェを襲った悪魔の攻撃は、夕暮れで伸びた影の中から放たれていた。それに、ナタリア師匠の銃だって。何もなかったように貫通していた。たぶん、あの黒いペラペラの悪魔は、そこに実体のない影のようなものなんだ」
だから、あれに攻撃しても意味がいない。
本体を攻撃する必要がある、とジンタ君は冷静に続ける。
「……なるほど。つまり、本体の悪魔は別のところにいて。今もどこからか私たちを狙っていると?」
「いや、たぶん。それもちょっと違う」
きっぱりと、私の意見を否定した。
「俺はまだ、一回しか相手の攻撃を見ていないけど。あれは感情のある攻撃じゃなかった。狙った相手を自動でつけまわしているような単調な動き。恐らく、あれは。自動追尾型の能力なんだ」
「自動、追尾?」
「あぁ。最初に標的を狙って放たれた攻撃は、自動で目標に向かっていく。そして、攻撃範囲に入ったら、あのペラペラの影みたいなものが自律的に襲う。そんなタイプの能力なんだと思う」
だから、他の人間には目もくれない。
と、彼は続ける。
「自律的、攻撃範囲?」
「あぁ。……で、ここからは推測だけど。敵の攻撃範囲は、潜んでいる影からおよそ2メートル。それは、あの影の両腕の長さだ。つまり、日陰から2メートルくらい離れていれば安全ってことになる。そして、そこから考えられることは、本体の悪魔は日陰のどこかに隠れているはずなんだけど。……まぁ、どこに隠れているかはわからないよなぁ」
「……」
私は、とうとう返事ができなかった。
こいつは、さっきから何を言っているんだ?
いや、この男には。
……いったい。何が見えているというんだ。
「もちろん、確証があるわけじゃない。どこかで間違えているかもしれない。……でも、まったくの的外れってことはないはずだ」
そこまで言って、ジンタ君は私を見る。
先ほどまでと同じ、どこか頼りないはずの少年が。なぜか主人公のような気配を放っていた。真剣な表情の奥に、柔らかな笑みを垣間見る。
……なるほど、この男。
それなりに場数を踏んでいる。
「自動で攻撃するタイプの能力は、本体が弱いのがセオリーだ。自分の強さに自信があれば、姿を見せるはずだからな。つまり、あの住宅の影に隠れている本体を叩ければ、俺たちの勝ちってわけだ」
わずかな間をあけて、ジンタ君が口を閉じる。
そして、自信なさそうに私のことを見た。
「どうする? ナタリア師匠が俺を信じてくれるなら、この状況を打開できるかもしれない。だけど、さっきも言った通り、何の確証もない。今日、初めて出会った男の言うことに、命を懸けられるとも思っていな―」
ジンタの声を遮って。
私は、にやりと笑う。
「いいね、気に入った! その様子なら、無策ってわけじゃないんでしょう。……それで、私は何をすればいい?」
私はゆっくりと夕暮れの日陰に迫りながら、上着のカーディガンを脱ぎ捨てる。そして、キャスケット帽子に隠していた予備の銃弾を抜き取り、『デリンジャー』に装填した。
その姿に。
逆に、ジンタ君のほうが戸惑っているほどだった。
「し、信じるのか!? 初対面の男の、こんな妄言みたいな考えを―」
「否定する材料はないからね。それに」
私は、今にも沈みそうな夕陽を見上げる。
もうすぐ、夜になる。
「ジンタ君の予想通りなら、あまり時間がないってことでしょ? だったら、乗るさ。その賭けに」
「……は、はは。銀髪の美少女に、銃を撃ちまくって。それに根性も座っているなんて。ナタリア師匠。あんた、キャラが立ちすぎっすわ」
「そっちが普通すぎるんだって。外見が平凡なら、せめて空間を飛び越える能力とか、時空を操作できる能力でも身につけなさい」
「いいんっすよ。俺は、これで」
何も掴んでいない拳を握って。
ジンタは、自信満々に笑った。
「何も持っていない。この空っぽの両手が、俺の能力みたいなものだから。……だから驕らねぇ。だから油断しねぇ。だから諦めねぇ。何があっても手を伸ばし続けて、この空っぽの手で大切なものを守る」
そして彼は、背後にいるアンジェちゃんを見た。
「……それに、女の子を一人くらい守れないと、男として生まれた意味がないんでね。アンジェを傷つけようとする奴には、一発ブン殴ってやらないと気が済まねぇ!」
「ふん、気が合うじゃん。……じゃあ、やろうか」
私は、一歩踏み出して。住宅街の影へと近づく。
そして、ジンタ君の言った通り、影から2メートルほどの距離になると。それと同時に。影の中から、あの影絵のような悪魔が姿を見せた。
不気味な両手を振り上げて、私へと襲い掛かってくる。
その全てを、私は紙一重で躱していく。
仕方ない。少々、本気で相手をしてやろう―