#10. No Skill(戦闘力5の…)
「それで? この見るからに冴えないダサ男が、ジンタ君ってわけ? ふーん、本当にダサいわね」
「え? なんで初対面からディスられてんの?」
私の蔑んだ目に。どこにでもいそうな普通の少年、ジンタ君がわかりやすくたじろぐ。
場所は、広場を中央。
石畳とベンチがあるだけで見晴らしも良い。この場所なら、あの影絵のような悪魔が襲ってきても、すぐに対応できるはずだ。
「まぁ、具体的にいえば。このダサ男を囮にして、目の前で切り刻まれるのを見たいだけなんだけどね」
「ちょっ!? なんか、スゲー怖いことを言ってんだけど! えっ、俺。何かしましたか!?」
おっと、本音が漏れていたか。
いけない、いけない。プロのスパイである私が本心を漏らすなどと。ここは相手に警戒させないように笑顔で対応しないとな。いつだって本音は、腹の奥底に隠しておくものなのだから。
「ほんと、今すぐにでも死んでほしいんだけど。あの悪魔を倒すまでは、生かしてあげるかな♪(危険なところを助けてくれてありがとう! きゃっ、頼りになる男子ってカッコいいよね♪)」
「……たぶん、ですけど。本音と建前が逆になってませんか?」
ジンタが顔を引くつかせながら、私から距離を取る。
そして、怯えるようにアンジェちゃんの後ろに隠れた。……おい、男子。美少女の後ろに隠れるなんて恥ずかしくないのか?
「もう、ナタリアお姉さん。ジンタに怖いことを言っちゃダメです! こう見えて、ジンタはメンタルが弱くて、すぐに卑屈になっちゃうから。女の子にモテないとか、今まで一度も恋人がいないとか、このままじゃあ一生ドーテー(?)なんだとか。絶対に言っちゃいけませんよ!」
むんっ、とアンジェちゃんが腰に手を当てて、拗ねるように頬を膨らませる。
あ~、そんな御顔も可愛い~。
部屋に持ち帰りたいなぁ。……それはそうと、後ろに隠れているジンタ君が、もの凄く落ち込んでいるけど。こっちに背を向けながら体育座りをして、どんよりと肩を落としているし。
「ほらっ、ジンタがこんなにも落ち込んでいるじゃないですか」
「いや、傷口に粗塩を擦り込んだのは、他でもないアンジェちゃんだからね?」
というか、アンジェちゃん。
このジンタ君が来てから、急に元気になったな。
アレか? 本当は不安で押しつぶされそうだけど、好きな男の前では気丈に振舞っている的な。それだけ信頼と安心を、この男に寄せているのか。
……くそっ、羨ましいぞ。ジンタ、そこの席を代われ!
「えーと、ジンタ君? とりあえず、今すぐ立ちなさい。危機は去っていないんだから」
私は周辺警戒を怠らないまま、両手で『デリンジャー』を握り直す。
さっきから警戒だけはしていたけど、あの悪魔が襲ってくる気配がない。退いたのか? いや、この嫌な感覚は違う。まだ私たちは狩られる側に立っている。
「……ぐすん。涙が出ちゃう。だって、男の子だもん」
「おい、ケツの穴が二つに増えたくなかったら、すぐに立てよ。あぁん?」
「ひっ!? なに、この娘!? 見た目は銀髪の美少女のくせに、性格が最悪なんだけど!?」
……あん、何か言ったか?
私が虫けらでも見るような視線を送ると、ビシッと軍隊に入ったばかりの新兵みたいな直立不動の敬礼を送る。なるほど、骨はあるようだ。
「私の名前は、ナタリア・ヴィントレス。さっきのを見て驚かないってことは、あんたも悪魔の存在を知っているということよね?」
「ま、まぁあ、それなりにだけど。……てか、それよりも。その銃って本物?」
「はぁ? 当たり前でしょ」
私は左右に視線を送りながら、二連発式の小型銃を構える。
ふむ、おかしい。さきほどから襲ってくる様子ない。通行人はおろか、猫一匹もいない。……そういえば、あの野良猫はどこにいったんだ?
そんな私の緊張感など完全に無視して、隣に立っていたジンタが無邪気な声を上げた。
「マジっすか!? ちょーカッケー! それって、『デリンジャー』っすよね。暗殺とか奇襲に使ったりする」
「え? そうだけど」
「本物を見たのは初めてっすよ! 今までに出会った連中は、魔法とか不思議パワーとか使って戦っていたから、映画とか漫画でしか見たことがなかったけど。うわー、マジでカッケーなぁ」
なんだ、こいつ。
子供のように目をキラキラさせて。だが、私の銃に興味を持てるのは悪くない。話も合いそうだ。
「もしかして、普段はスカートの中に隠していたりとか?」
「よくわかったね。太ももにホルスターを巻いて、制服のスカートで隠しているの。予備の銃弾は、逆の足にね」
「ま、マジっすか? 完璧じゃないっすか」
私を見るジンタの目が、どんどん真剣な目になっていく。
「……銀髪の美少女。見た目とギャップのある性格。スカートの中に隠した銃。……か、完璧だ。これこそ究極完全体の美少女。あるべき正しい浪漫の姿。……そうだ。美少女は、これでないと!」
「は? さっきから何をいって―」
「ナタリアちゃん。…‥いや、ナタリア師匠!」
し、師匠!?
ほんと、さっきから何を言っているんだ?
そんな私の戸惑いを他所に、ジンタ君は構わず続ける。
「俺、感服しました。今日から、あなたのことをナタリア師匠と呼ばせてください。美少女のあるべき姿を。もう一度、俺に思い出させてくれて。本当にありがとうございます!」
「だから、少しは真面目に話を―」
「いやー。美少女っていったら、本当に可愛い服が似合うはずなんっすけどね。アンジェなんかは、絶対にゴシックロリータが似合うのに」
「マジ、それなっ!」
ビシッ、と私は真剣な目で指をさす。
なるほど、この男。見る目はあるようだ。
天使のように可愛い蜂蜜色の美少女アンジェちゃんには、フリルたっぷりのゴシックロリータが似合うに決まっているじゃあないか。ヘッドドレスもつけて、優雅に紅茶を飲んでもらいたい。そのためなら、超高級のロイヤル・コペンハーゲンのティーカップだって買っちゃうもの。
「いやー、この街に来てから。美女や美少女には会ったんだけど、いまいち浪漫がわかっていないというか。美少女にはふりふりのドレスとか、美女には黒スーツを着て優しく微笑んでもらいたいのに」
「あ~、わかるぅ~。見た目は美人でも、高笑いをしながら悪魔をブチ殺す黒髪さんや、部下を虐めて楽しんでいる上司しかいないもん」
私の脳裏に、黒髪美女のミーシャ先輩と、スパイの上司である『S』主任のことが思い浮かんだ。二人とも、最悪の典型例だ。
「ジンタ君。君はなかなか見どころがある男だな」
「はい、師匠。ありがとうございます!」
「よし、この戦いが終わったら乾杯だ。共に、未来の美少女について語り合おうではないか」
「もちろん、よろこんで!」
「良い返事だ。それで、君はどんな能力を持っているんだい? あの悪魔を倒せる手段があると嬉しいんだけど」
「え? 何を言ってるんすか? 俺は何の特別な力も持っていない、戦闘力5の無能力者ですよ。悪魔と戦えるわけがないじゃないっすか」
「……は?」
私の無感情の瞳が。
たはは、と笑う彼を射抜く。
その目は、きっと。本物のゴミクズを見るような視線であっただろう―