#9. JINTA(このジンタ様が助けに来てやったぜ、迷子のお姫様!)
「それで!? そのジンタ君は頼りになるの!?」
「はい! すごく頼りになります。ジンタがいてくれるだけで、わたしも勇気をもらえるみたいで」
「はいはい、ごちろうさま。ノロケはもういいから。……で、そのジンタ君と合流とかできないの?」
アンジェちゃんが頼りにしている人なら、もしかしたらこの状況を打開できるかもしれない。この国には、魔法の才能を持つ人間も少なくない。アンジェちゃんを安全な場所まで逃がすことができたら、まだ打つ手はある。
そこまで思考を巡らせていたが、彼女からの返答は芳しくはなかった。
「……わかりません。ジンタがどこにいるのか、わたしも知りません。今日だって、陽が暮れるまでには帰るつもりだったし」
「そっか」
私は顔に出さないように落胆する。
都合よく、アンジェちゃんを探しに来た彼と合流できるかもしれない、と思っていたけど。さすがに虫が良すぎるか。
「とにかく、走ろう! また追い付かれちゃう!」
「は、はい!」
私はアンジェちゃんの手を引っ張って、住宅街の石畳を駆け抜ける。
時々、通行人とすれ違うけど、悪魔は標的を変える様子はなく。絶えず、こちらを狙って追いかけてくる。
「(……他の人間には興味がないのか? それとも、これがアンジェちゃんの言っていた『不幸体質』の影響なのか?)」
悪魔が人を襲う理由は、快楽を得るためである。
だが、無差別に襲うのではなく、私たちを執拗に追いかけているとなると。その理由は、まだわかりそうにない。
「広場だ! アンジェちゃん、あそこまで走ろう!」
「はぁはぁ、……はい」
小柄な彼女が肩で息をしながら、苦しそうに答える。
見かけ通りに体力がないのか。額には汗を滲ませて、足取りもどんどんおぼつかなくなっていく。
そして、広場の入り口に入ろうとした。
その時―
「あっ―」
彼女の、小さな悲鳴が聞こえた。
足をもつらせて、前のめりに倒れていく。
握っていたはずの手が離れて、私の背後で彼女が地面に倒れる。
そのすぐ後ろには。
影絵の悪魔が、その不気味な両腕を振り上げていた。
「アンジェちゃん!?」
まずい!
間に合わないか!?
私は思考を巡らせながら、彼女の元へと飛び出した。
効果がないとわかっていても、『デリンジャー』を構えて。その悪魔の片腕を撃ち抜く。
だが、先ほどと同じように実体がないように通り過ぎていった。
そして、その無機質な凶器が。
倒れている蜂蜜色の少女へと振り下ろされた。
「ッ!?」
私は、表情を険しくさせた。
……だが、それは一瞬だけのことだった。
視界の端で。
誰かが飛び込んでくるのが見えて。
少年の声が聞こえた。
それは、とても必死で。それでいて何故か安心されてくれるような声だった。
「手を伸ばせ、アンジェ!」
「っ! じん―」
その人物は、間一髪のところで少女を抱えると。
颯爽と彼女を救ってみせたのだ。
「あぶねーっ! ギリギリセーフだったぜ! 銃声が聞こえたから、もしかしてとは思ったけど―」
見たことのない少年だった。
短い黒髪に、ちょっと痩せ型の体格。
どこにでもいるような普通の顔立ちに、どこにでもいるような普通の雰囲気。あえて特徴を挙げるなら、ちょっと頼りなさそうな印象のモヤシっ子。なんというか気持ちとノリだけで壁にぶつかって、気合と根性だけで強敵を倒してしまうような。だけど、胸に秘めた想いだけは誰にも負けない。そんな、どこにでもいるような少年が。
……私の大好きなアンジェちゃんを、お姫様抱っこしていたのだ。
「大丈夫か、アンジェ?」
「じ、ジンタ? じんたぁ~」
ぎゅっ、とアンジェちゃんが震える手で彼を抱きしめる。恐怖で今にも心が折れそうだったのだろう。涙をにじませながら、彼の腕の中で安堵の微笑みを浮かべる。
「おうよ。このジンタ様が助けに来てやったぜ、迷子のお姫様!」
少年もどこか得意げな表情で、彼女に笑いかける。
そんな二人を見て、私は―
「(……あぁ、爆死しろ。私のアンジェちゃんを奪うリア充なんて、爆死すればいいのに)」
カタッ、と手に持っている銃が揺れる。
一発なら誤射かもしれない。あいつの頭を吹き飛ばしてしまえば、アンジェちゃんは私のものになるだろう。やっちまうか。……やっちまおうか。という感情の臨界点を、私に残されたわずかばかりの理性が押し留める。これでキスでもしようものなら、容赦なくブッ飛ばしていただろう。
目が血走り、殺意が込み上げてくる。
ぶつぶつと呪怨のような独り言を漏らして、すぐに離れろよという視線を向ける。震える手が、いつでも彼に銃口を向けられるように震えている。
それは、見ているものを全てを悲しくさせる。
あまりにも哀れな、嫉妬の末路であった―