#8. Shadow Edge(影の悪魔)
パンッ、パンッ!
私は『デリンジャー』の引き金に指をかけて、悪魔に向けて銃弾を放つ。
二連発式の小型拳銃から放たれた、対悪魔用の純銀弾は。そのまま影絵のような悪魔に直撃して。
……そして、何もなかったように通り過ぎていった。
「げ!?」
私のとぼけた声が零れた。
銃声に驚いて、野良猫は薄暗い路地裏に逃げていく。
だが、影絵のような悪魔は、そのまま私たちの前に立っていた。右肩と、左横腹と、頭から生えている手が、うねうねと気持ち悪そうに動いている。
そして、なんの予備動作もなく。
私たちに襲い掛かってきた。
「に、逃げて、アンジェちゃん!?」
「ひっ!?」
私はアンジェちゃんを庇いながら、影絵の悪魔から距離を取る。
悪魔が薙ぎ払う腕は、何やら不穏の気配があって。
触れてはいけないものだと、直感で悟った。
そして、それは正しかった。
悪魔の手が触れた植木鉢は、まるでケーキカットされたように綺麗に切り落とされていた。
「おいおい、マジかっ!?」
あまりの切れ味の良さに、私はたまらず嫌な顔をする。
あんなものを食らったら、美少女のブロック肉が出来上がってしまうじゃないか。まったく、冗談ではない。……あっ、ちなみに美少女とは私のことだ。
「ごめん、アンジェちゃん。前言撤回。私、あんま強くなかったわ」
「え、ちょっ、お姉さん! どうするんですか!?」
「うーん。とりあえず―」
にこり、と笑う。
打つ手なし、という諦めの笑顔だった。
「逃げよっか! 私の手を握って!」
「なっ、お姉さん!?」
何やら反論しようとしているアンジェちゃん。
そんな彼女の小さな手を握って、夕陽の傾く住宅街を駆けていく。
それにしても、まったく。
こんなときに悪魔と遭遇するなんて。それも銀の銃弾が効かないとは。何かカラクリがあるのか、それとも純粋に火力が足りないのか。
くそっ、こんなことなら。あのヴァイオリンケースを時計塔に置いてくるんじゃなかった。
「さて、どうする!? 頭を回しなさい、ナタリア・ヴィントレス!」
私は、自分に言い聞かせるように打開策を考える。
頭にかぶっているキャスケット帽子。その隙間に指をいれて、予備の銃弾を取り出す。残弾数は、あと6発。これで仕留められるのか?
「ちっ!?」
住宅の壁の影を、滑るようにして悪魔が迫ってくる。
私はアンジェちゃんから手を離して、『デリンジャー』の薬室を解放。
空薬莢を捨ててから、新しい銃弾を装填。
両手で銃を構えて。
頭を思われる場所に向けて狙い撃つ。
「こんにゃろ!」
パンパンッ、と銃声が響く。
だが、手ごたえはない。
銃弾は影絵の悪魔をすり抜けて、住宅の壁へと着弾していた。……くそっ、やっぱりダメか。
「ちくちょう! こんな厄介な相手は、ミーシャ先輩の領分なんだって」
あの黒髪美女先輩なら、高笑いをしながら一瞬で消し飛ばしてくれるだろう。物理法則に縛られない特異的な魔法が、あの先輩の暴力的な強さだ。
それに引き換え、私にできることといえば。
銀の銃弾で悪魔の頭を吹き飛ばすことくらいだ。相手に実体があれば、それも可能だが。こんな奴が相手では相性が悪い。
「アンジェちゃん、ちゃんとついてきてる!?」
「は、はい!」
私は次弾を装填させながら、近くに公衆電話がないか探す。無線機を持ち歩いているわけでもないので、こういう時に連絡手段がない。
最悪の場合、その辺の住宅に乗り込んで、電話を借りるしかないけど。……無関係の人を巻き込んでしまった時の、アーサー会長の笑顔のほうが怖い。
「(……さて、どうするかな)」
次の手と、その次の手を考えながら、迫りくる悪魔を睨む。影の中を自在に移動できるのか、姿を出たり消えたりしながら。不規則な動きで近づいてくる。
私の顔に、わずかばかりの緊張が走る。
そんな時だった。
ぽつり、とアンジェちゃんが呟いた。
「こんな時、ジンタがいてくれたら」
「ジンタ? 確か、アンジェちゃんが好きな人だっけ?」
「す、好きとか、そんなんじゃないです!? ただ、大事にしたい人というか、とても大切にしたい人というか」
私の問いに、初々しい反応が返ってくる。
くそぅ、可愛いじゃないか! 悪魔と戦っているせいで、彼女の顔が見れないのが恨めしい。きっと、この夕焼けにも負けないくらい赤くなっているに違いない―
……あぁ、その御顔をどうか拝見させてください!