表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
90/205

#6. Cinderella(不幸体質の少女は、自分が幸せになることを望まない)


――◇――◇――◇――◇――◇――◇―― 


「ナタリアお姉さんは、何を買いにきたんですか?」


「……あー。ティーカップ、かな」


 失恋の傷心が癒えることもなく、私は人通りの少ない路地を歩いていた。

 どうやら、蜂蜜の超絶美少女アンジェちゃんは、人が多いところが苦手なようで。あまり大通りに近づきたくないらしい。最初の事故の時だって。道に迷って、たまたま大通りに出ただけなのだとか。


「本当にすみません。こんな場所を歩かせてしまって。お姉さんは、もっと大きなお店が並んでいるところのほうがいいですよね?」


「そんなことないよ。私も有名なブランドものを買いにきたわけじゃないしね」

 本音である。

 時計塔の食器棚の奥にあった、誰のものだかわからないペアのティーカップ。少なくとも、私が『No.ナンバーズ』に入ってからは、それを使ったところを見たことがない。つまり、今後も使用されない可能性が高い。


 ならば、無駄なものにかけるお小遣いはない。それっぽいものを適当に買って、なんだったら盗品を売りさばいているB級品でも十分だろう。


 それよりも、気になるのが―


「ねぇ、アンジェちゃん? どうして、そんなに離れて歩いているの?」


 私が振り返ると、3メートルくらい離れたところに彼女は立っていた。

 さっきの喫茶店を出てから、ずっとこれだ。いや、喫茶店に着く前から離れて歩いていたかな。どちらによせ、そんなに離れて歩かれたら、まるで警戒されているみたいじゃないか。お姉さん、悲しいよ。


「え、えーと。その、えへへ」


 アンジェちゃんは困ったように笑った。 

 別に近づきたくないわけではないらしい。実際、私の後を歩いてくるときも、距離が近づきそうになると、思い出したかのように慌てて距離を取っている。


 私は首を傾げながら、彼女に問う。


「アンジェちゃん? もしかして、何か隠している?」


 ぎくっ、とわかりやすく蜂蜜色の少女は肩を震わせる。

 そして、おろおろと慌てながらも、話してしまってもいいのかと頭を抱えて悩みだす。うん、可愛い。……誘拐って犯罪だっけ?


「あ、あの。わたし―」


 アンジェちゃんは、ぎゅっとスカートの裾を握りしめて。顔を真っ赤にさせながら、絞り出すような声で言った。


「わたし、……『悪いものを呼び寄せてしまう』体質なんです」


「悪いもの?」


「はい。お姉さんと初めて会った時の事故だって。あれが初めてではないんです。わたしの歩いているところ、わたしのいるところ。そこで大きな事故や事件が次々と起きてしまうんです」


 アンジェちゃんは、今にも泣きそうな顔になっていた。


「ごめんなさい。本当は、ナタリアお姉さんにも近づかないほうがいいのに。お姉さんの優しさに甘えてしまって。なるべく、人との接しないようにしていたから。こんなわたしに優しくしてくれるのが、本当に嬉しくて」


 ひっく、ひっく、と小さな肩を揺らしている。

 悪いものを呼び寄せてしまう。……『不幸体質』みたいなものかな? 自分は何もしていないのに、その周りで次々と不幸な出来事が起きてしまう。そういえば、最初のトラックの事故もそうだったけど。彼女と喫茶店にいるときも。ウェイターがジュースを溢しそうになったり、走行する車に弾かれた空き缶が飛んできたり、ひったくりの浮浪者に遭遇したり。立て続けに不幸なトラブルが続いていた。


「(……いや、そうじゃないか)」


 私は頭を振って、一度、思考をリセットする。

 こういうものは単一視点で捕らえるからドツボに嵌るのだ。個人の視点ではなく、もっと多角的に物事を捕らえよう。不幸な結果というものは、不幸な結果になるだけの経緯と環境が整ているというだけ。その経緯や環境というものは、ひとりの個人によって変えられることは微々に等しい。よって、不幸なトラブルとは個人に左右できる現象ではない。


 つまり、この可愛い蜂蜜の美少女であるアンジェちゃんには、何の責任もないのだ! Q.E.D(証明終了)!


「……そうだね」


 私は肩の力を抜いて、ゆっくりと彼女へと近づく。

 そして、その白くて小さな手を取った。


「っ!? ちょっ、おねえさん!? わたしの話を聞いていましたか!?」


「うん。ちゃんと聞いていたよ。だから、こうやってあなたの手を握っているの」


「え?」


 戸惑っている大きな目に。

 私は、嘘偽りもない本心を言った。


「ねぇ、アンジェちゃん。周りの人が傷つくのは悲しい?」


「……えぇ、はい」


「そう。じゃあ―」


 私は彼女の手をちょっとだけ強く握った。


「周りの人たちが傷つかなければ、それだけであなたは幸せなの?」


 え、という擦れた声が小さな少女から洩れた。


「他人が傷つかないように。大きな事故が起きないように。そう思って、こそこそと隠れながら生きることが、あなたにとって一番の幸せなのかな?」


 私は違うと思う、と言って続ける。


「他人のことを想うことは、とっても大切だけど。それと同じくらい、自分のことを愛することも大切なんだよ。他人を想って、自分を愛する。このふたつは決して相反するものではないから」


 深夜の駅前にいるサラリーマンを見れば、よくわかる。

 会社のため、社会のため、他の誰かのため。

 自分の全てを投げ出して、他者への貢献に徹していたとしても。それが確実に自分の幸せになるとは限らない。人間は壊れる。自分でも気づかないうちに。だが、壊れた人間を。社会は、会社は、無表情のまま切り捨てる。なぜなら、彼らにとって個人の不幸など、どうでもいいことだから。

世界とは、感情を持たない無意識の集合体だ。


 もちろん。その無意識の集合体の一員でいる人間は、他者への感謝を忘れてはいけない。だが、それと同じだけの感謝を自分に向けるべきだ。


 人間は、もっと自分を愛するべきだ。


 ……あぁ、要らぬ思考遊戯に更けてしまったなぁ。東側のスパイであった私が、西側諸国に潜入して。そこで得た『人間らしさ』という知見が、今のどうしようもない人格の私を成形しているのだから。致し方ない。


「(……やっぱり。このまま、この国で暮らしていたかったなぁ)」


 もう、すでに諦めてしまった願いを胸に、私は自嘲するように肩をすくめる。

 せめて、目の前の少女だけは。

 他人のために、自分を諦めてほしくない。


「だからね、アンジェちゃん。そんなに怖がらないで。大丈夫。不幸な出来事なんて、ただの偶然でしかないんだから」


「……はい。お姉さん」


 アンジェちゃんが涙を拭きながら、嬉しそうに笑う。「それが気休めだとしても嬉しいです」という彼女の小さな呟きが、確かに聞こえたような気がした。


「それじゃ。気を取り直して、買い物にいこう。アンジェちゃんは何を買うの?」


「はい! わたしもティーカップかコーヒーカップにしようと思います!」


「じゃあ、裏通りにあるアンティークショップにいこう。どうせ、高いから見るだけウィンドウショッピングになるけど、どんなものがあるのかチェックしておきたいからね」


「はい、お姉さん」


 蜂蜜色のアンジェは嬉しそうに笑うと、私の腕に抱き着いてきた。


 うほっ、柔らかい!

 ぷにぷにしていて、食べちゃいたいくらい! よし、決めた。ウインドウショッピングと言いつつ、路地裏にある怪しげな店につれていこう。そこで飲み物に睡眠薬を入れて、……あぎゃっぱ!?


 ずしん、と頭にとてつもない衝撃が走った。


「あっ!? どこからともなく、お姉さんの頭の上に植木鉢が! あぁ、やっぱり。わたしといると不幸になっちゃうんですね!?」


 隣にいたアンジェちゃんが、悲しそうな悲鳴をあげる。

 そして、私は。頭の上でぱっかりと割れる植木鉢の重みを感じながら、もう不埒なことは考えまいと。


 心に誓うのだった、……ばたんっ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
おそらく天罰。邪なこと考えるから〜
[良い点] さっきまで良いこと言ってたのに・・・不幸だ この二人が一緒にいると不幸が二倍になりそうなんですがね
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ