#3. Foreign love(一目惚れをしてしまいました…)
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「くそ、カゲトラの奴。私じゃなかったら、死んでいたぞ」
ぶつぶつ呟きながら、私は首都の繁華街を歩いていた。
汚れた服では外に出られなかったので、一度、女子寮に帰って着替えてきた。さっきまで着ていた古典的なメイド服は、ちゃんとクリーニングに出してある。もちろん、請求はカゲトラに送ってやる。植木に突っ込んで、花壇に埋まってしまったので。もしかしたら、小さな穴とか開いているかも。まぁ、それだったら新品を買わせるまでだ。
駅前の街中を歩く今日の私は。ちょっとボーイッシュな格好だ。
可愛さのあまりに衝動買いしてしまった、キャスケット帽子。
それに合うような、少し大きめなカーディガンと、ちょっとパンクなTシャツ。下は、ホットパンツと二―ソックスだ。……ふふふ、いつもスカートを履いているわけではないのだよ。動きやすさを追求しつつも可愛らしさを忘れない。これこそスパイを副業に、学校に通っている女子学生のあるべき姿だろう。まぁ、こんなことを言ったら、上司の『S』主任にドツかれるだろうけど。
「問題は、……あのヴァイオリンケースを時計塔に置いてきたことだよねぇ。取りに帰ったら、そのままカゲトラに捕まって、また窓から投げ飛ばされるだろうし」
あの男なら、やりかねん。
仲間のことを、まったく優しくしてくれない冷血漢だ。次は、本当に時計塔の屋上から放り投げられるかもしれない。
あのケースの中に隠してある消音狙撃銃『ヴィントレス』。それがないのは、なんだか少し落ち着かない。手元にある銃は、腰に挟んでいる『デリンジャー』だけだ。……でも。
「うん。帰らないほうが懸命だ」
さぁ、と背筋が冷たくなるのを感じて、キャスケット帽子を深くかぶる。
懸命。
文字通り、命を懸けて買い物をしないといけないのだ。あのバカトラに言われたのは、ティーカップの買ってくること。
別に高いものじゃなくていいと言っていたけど(常に金欠の私に、コペンハーゲンを買ってこいといっても、どだい無理な話だが)。なんで、ペアのティーカップなんだ。もうひとつのは無傷だっただろうに。
「仕方ない。ワンコインショップに行って、適当なのを買ってくるか。どうせ、カゲトラにはティーカップの良し悪しなどわからないだろうしね」
アーサー会長やミーシャ先輩なら、一発で見抜かれてしまうだろうけど。
だったら、盗品などを買い付けている裏市場のほうがいいかもしれない。なにもバカ正直に新品を買う必要もあるまい。ふふっ、私はなんて頭がいいんだ。
そう判断して、私は方向転換する。
急に逆方向へと歩き出した私に、通行人たちと肩がぶつかる。とはいっても、体格的に私のほうが弾き飛ばされてしまうのだが。
「ぎゃっ!?」
おっと、お嬢ちゃん。急に振り向いたら危ないよ。
などと通行人のおじいさんに言われて、私は背中を丸めて人の波から逃げていく。ぐぬぬ、やっぱり女の子の生活は不便なことばかりだ。体は小さいし、背は低いし。
ようやく、人の波をかき分けて、駅前の広場に出る。
車やトラックの交通量が多く、いつだって渋滞している。短気な運転手が常にクラクションを鳴らしては、無理やりにも割り込もうとする。ほら、今も。たくさんの荷物を載せたトラックが、片輪を歩道に乗り上げながら、前の車を追い抜こうとして―
「え、やばくない?」
トラックのタイヤが、歩道の縁石に乗り上げた。
その拍子に、荷台に積み上げていた荷物が、ぐらりと揺れ出す。そのトラックの横には、小さな女の子が歩いていた。きょろきょろと不安そうに辺りを見ているが、今にも落ちそうになっている荷物には気がつかない。
「っ!」
迷いは、なかった。
女の子を守るために飛び出す行為は、これで二度目だ。そうなると判断は迅速だ。私は石畳の地面を蹴り出して、全速力で走りだす。
そして、荷台のロープが緩み、荷物が落ちていくのと同時に。私が少女の元へと駆け付けた。そのまま少女の両肩を抱えて、再び地面を蹴る。
直後。
私の背後でトラックの荷物が落ちていく音がした。ガッシャン、バッキッン! そんな不穏な音に、恐る恐る背後を振り返ってみると。高級家具やインテリアだろうか? 砕け散ったガラスや陶器で、周囲は騒然となっていた。こんなものが頭に直撃していたら―
「あ、あぶな~っ」
私は顔色が真っ青になるのを感じていた。
こんなことに巻き込まれてしまっていたら、なんという不運だろうか。
「……あ、あの。離してもらえますか?」
小さな鈴のような声がした。
控えめで、それでいて幼さのある甘い声だ。
言葉の内容は離れてほしいというものだけど、そこに拒絶の意志は感じない。私の両手は、まだ少女の肩を掴んでいて、それに戸惑っているようであった。
「あっ、ごめんね~。ビックリさせちゃったかな?」
私は慌てて、少女から手を離す。
そして、改めて。その少女のことを見た。私より小さな体に、ほわわんとした雰囲気。少し困ったような顔立ちは、どうしょうもなく庇護欲を誘い。思わず守ってしまいたくなるような印象だった。
迷子になった妖精ちゃん?
それとも、翼がなくなった天使ちゃん?
その小さな女の子は、不安そうに周囲を見渡す。まるで何かを警戒しているかのようだった。そして、私のことを頼るように。上目遣いで見上げてきた。
「あ、あの、……助けてください」
「助ける? なにを?」
「わ、わたし、道に迷っちゃって。どこに行けばいいのか、わからなくなっちゃって。でも、誰も頼れなくて―」
じわっ、と大きな瞳から涙があふれる。
小さな女の子が泣きながら、私のことを頼ってくれている。
その瞬間、私の体に電流が走った。
「(……うわぁ、可愛いぃ。持って帰りたいよぉ~)」
そして、私は。
見知らぬ小さな女の子へ、一目惚れをしてしまいました。