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『裏切者のLOST‐No.(ロスト・ナンバーズ)』 ~ナタリア・ヴィントレスは、今日も逃げ出したい~  作者: てばさきつよし
Chapter10:Gambling Load(ギャンブル。それは人生と書いて過ちを読むどうしようもない奴ら)
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#11. The only sure thing about luck is that it will change.


「あら。彼が反撃に出るみたいですよ」


「え?」


 慌てて、リングのほうを見上げてると。

 悪魔の一撃を躱しながら、何かを狙っている目をしたカゲトラが見えた。そして、彼の両足が地面についた、その瞬間。


「……スレッジハンマー流喧嘩術アルバム第七曲レコード。『Highway-Star (ハイウェイスター)』ッ!」


 カゲトラの姿が消えて、悪魔の懐へと潜り込み。

 音さえ置き去りにする速度の一撃を、下から上に目掛けて放っていた。


 ドゴンッ、と重く鈍い音が闘技場に響き、悪魔の巨体がわずかに浮き上げる。


「やった!」


「いや、浅いですわ」


 私の歓声を遮るように、お姉さんが冷静な口調で言った。

 そして、その通り。カゲトラの一撃は悪魔を倒すに至らず、自分の足元にいる彼を薙ぎ払った。


「ちっ、まだ足りねぇか!」


 リング上に弾き飛ばされながらも、戦闘の姿勢だけは崩さず。両手と両足を使って、獣のように態勢を立て直す。


 だが、悪魔も深手のようで。

 カゲトラが放った一撃を庇うように、片手を上げて低い声で唸っている。浅かったとはいえ、あの喧嘩馬鹿の一撃を食らったんだ。無傷なわけがない。


「よぉし、カゲトラ! このままやっちゃえ!」


 もはや、観客のひとりになったように、手を握ってカゲトラを応援する。


 だが、そんな私の視界に。

 ひとりの人影が入ってきた。


 黒のスーツ姿に黒のジャケットを肩にかけた、隣の席に座っていたお姉さん。彼女は長いピンクの髪を縛り直すと、悠然とカゲトラたちが戦っているリングへと向かっていく。


「残念だけど、時間切れですよ。このままだと、怪我人がでるかもしれないですから。……少年、こちらに降りなさい」


「あん? 何言ってんだ、この女は?」


 戦いに水を差されて、キレそうになっているカゲトラ。

 お姉さんはリングに上がると、そんな彼に向かって優しく微笑んだ。


 そして。

 彼の襟首を掴むと、私に向かって放り投げたのだ。


「なっ!? ちょっ―」


 ドカンッ、グシャン! 

 私はカゲトラの体を受け止めることができず、周囲のテーブルやイスを巻き込んで押しつぶされてしまう。


 そんな私を見て、ピンクの髪のお姉さんは。

 にこり、と親指を立てて笑った。


「選手交代ですよ。ナタリア・ヴィントレスさん。その少年が邪魔しないように、しっかりと見張っておいてね」


「はぁ!? 何を言っているんですか!?」


「大丈夫です。あたし、その少年よりは強いですから」


 ……は?

 ……何を言っているんですか、このお姉さんは? 


 先ほどの戦いを見ていなかったのか。悪魔の目にも留まらない剛腕を、カゲトラは驚異の身体能力でギリギリ回避していたというのに。あんな、のほほんとしたお姉さんが戦えるなんて。


「(……でも、あのお姉さん。カゲトラの動きを読み切っていたし、悪魔についても知っているみたいだったけど)」


 何者なのだろうか? そんな疑問を向ける前に、お姉さんは肩にかけている黒のジャケットから、先ほどは吸えなかった煙草を取り出す。市販されているのを見たことがない、とても細長い煙草だった。


「あー、やっぱり。戦いには煙草が必要ですよね」


 火のついていない煙草をくわえて、しんみりと呟いている。


 そんな彼女に、悪魔が迫りくる。

 カゲトラの一撃から立ち直ったのか、右の拳を握りしめて、思いっきり殴りつけた。


 そして、それと同時に。

 彼女に触れた悪魔の右腕が。


 ……真っ赤な炭のようになって燃え尽きていた。


「え?」


 何が起きたというのか。

 お姉さんの足元には、ぶすぶすと残り火で燃えている右腕が転がっているだけ。困惑しているのは、悪魔も同じだった。転がっている自分の腕を見て、そして肘から先がなくなっている腕を見て。奇声のような怒りの声を上げた。


 ヌオオオオオオオォォッ!!


 どしどしと巨体を震わせて、お姉さんに迫っていく。

 だが、お姉さんは煙草を咥えたまま何もしていない。そのまま、お姉さんを叩き潰そうと、悪魔が左手を振りかぶって―


 ッッ!?


 突然、悪魔はその場から後ずさりした。

 まるで危険を察して、慌てて回避したように。尋常ではない冷や汗が、悪魔の額に浮かんでいた。


「あら、来ないのですか? では、こちらから」


 お姉さんが、一歩、踏み出す。


 その瞬間。

 リング上が炎に包まれた。


 いや、あれは。例えるなら、『爆炎』だ。

 絶えず小さな爆発が起きていて、周囲のものを燃やし続けてる。天井のスプリンクラ―から、消火用の水が放水される。


 だが、お姉さんの周りの炎は消えることなく。唯一、火がついていない煙草を咥えたまま、悠然と近づいていく。


 ッ! ッツ!?


 後ずさりする悪魔。

 だが、炎に囲まれて逃げ場などない。いよいよ追い詰められた悪魔は、残っている左腕を振り上げて。お姉さんへと叩きつけた、……はずだった。


「……はぁ。バカンスから急いで帰ってきたのは、こんな雑魚を相手にするためじゃないのですけど。折角、女子社員だけの社員旅行だっていうのに」


 その悪魔の一撃を、お姉さんは軽く受け止めていた。

 いや、正確には。お姉さんが触れた場所から、燃えカスのような炭化が始まっていて、今にも悪魔の腕が崩れ落ちそうになっていた。


 悪魔も、察する。

 これは、戦ってはいけない相手であったことを。


「……深紅の爆炎よ。燃え盛る炎よ。戦場を塵と変えて、死体を灰へと誘わん。今、ここに。全てを焼き尽くす地獄の業火を」


 お姉さんの足元に、淡い輝きが灯った。

 そこに展開されるのは、円形の幾何学模様。詠唱と共に出現した魔法陣は、まさに。悪魔を灰燼へと帰さんがための魔法だった。


 その刹那。

 お姉さんの加えている煙草に、初めて火がついた。


 ッッツ!!

 悪魔が恐れ慄く。

 だが、もう何もかも遅かった。


「……爆ぜろ。『爆炎魔法ボルケーノ』」


 お姉さんが魔法を行使した、その直後。

 炎に包まれているリングが、爆炎に包まれていった。その地獄の業火とも呼べる炎は、リングの中だけに留まり、天井にまで過剰な火力を放出させていった。


 そして、最後に残ったのは。


 天井の染みとなった、悪魔の姿だけであった……




※脚注

・The only sure thing about luck is that it will change.(確かなものが、ひとつだけある。運とは、常に変化し続けるものなのさ)

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― 新着の感想 ―
[一言] ゼロのチームメンバーにピンク髪の砲撃手が居たことを思い出しました。
[良い点] 女子会とても気になります 能力使用でアツアツな女子会に・・・まあならんわなあ
[一言] ミリアさん、こういう場所だと銃が使えないからか、戦い方を変えたのだなぁ。 これで、中の人もミリアさんだと気付くかな。 社員旅行という名の女子会、メンバーが気になります。
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