#10. Nobody is always a winner, and anybody who says he is, is either a liar or doesn’t play poker.
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……悪魔は、格闘技が好きだった。
自分よりも遥かに弱い存在なのに、彼らが拳だけで戦う姿に心が躍った。
そして、理解できないことに、その戦いにはルールがあり、制限時間や、禁止行為。そしてなぜか、相手を死なせてはいけないという。……困った。これでは、自分は参加できないではないか。本屋で格闘技のルールブックを買って、隅から隅まで読み込んだが、悪魔が参加してはいけないというルールはなかった。だが、自分が全力で戦えば、人間のような脆弱な存在は、簡単に死んでしまうだろう。
そんな時だった。
この地下闘技場の存在を知ったのは。話を聞くと、なんと素晴らしいことに。ここでは、どんなルールも適応されないという。ここでなら悪魔である自分も、存分に格闘技を満喫できるではないか。
知り合いの悪魔に人間の皮(小麦粉と牛乳を混ぜたもの)を被せてもらい、ここまで来ることができた。残念なことに、無敗のチャンピオンと戦うことはできなかったが、新たなる強者と手合わせができるなんて。
今日から、自分こそが。
この地下闘技場の新しいチャンピオンになってみせよう!
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「カゲトラっ!」
私が叫ぶと同時に、カゲトラの体が吹き飛ばされていた。
その悪魔の拳は、大型トラックのタイヤのように大きく。また、尋常ではない速度で繰り出してくる。元・チャンピオンのゲインなど、子供遊びに見えるくらいに。
「……心配いらねぇよ。軽くかすっただけだ」
その言葉の通り、カゲトラは空中で姿勢を整えると。そのまま軽く着地してみせる。ほっ、と安心したように息をつくと、隣に座っているお姉さんが楽しそうに笑っていた。
「わぁ、すごいですわね。あの少年、とても目が良いのですね」
「え、どういうことです?」
私が尋ねると、お姉さんはピンクの髪をいじりながら言った。
「攻撃される瞬間。あの少年は、悪魔の拳に手を当てて、その勢いに乗せて飛んでみせたのですよ。殴られたわけじゃない。完全に攻撃を見切っていた動きですわ」
「あー、そういえば。カゲトラは『少し先の未来』が見えるとか、そんなことを言っていたような」
「未来が見える? ……魔眼の類かしら。それとも、魔法とは違う異能の能力か」
「そんなことよりも、お姉さんも逃げないと!」
地下闘技場はパニック寸前になっていた。
人間だと思っていたものから、巨大な化け物が出てきたのだ。それが悪魔だと知らない人たちでも、異常事態であることがすぐにわかっただろう。
それでも、彼らが立ち去らないのは。
……もしかしたら。
……あるいは。
この火傷の痕のある男なら、勝てるんじゃないのか? そんな期待を捨てることができなかった。
そして、彼らの期待など関係なしに。
リング上にいるカゲトラは、怪物を相手に奮戦している。
リングの金網さえも壊す一撃を、全て紙一重で躱しては、反撃する瞬間を図っている。こいつなら、本当に勝てるんじゃないのか。そう思っているのは、私だけではないはずだ。
「くそっ、めんどくせーっ」
悪魔の剛腕を、華麗に避けながら背後に回り込もうとする。
だが、その悪魔も機敏で。
カゲトラの背後を取ろうとする動きや、距離を詰めようとする動作に敏感に反応して、攻撃させる隙を与えない。これでは、まるで格闘技のようではないか。
「……ダメですわね、これでは」
「え」
隣のお姉さんの言葉に、私は驚いて振り向く。
「相手が巨大すぎる。同じ体格くらいなら、あの少年に有利でしょうけど、あの腕力に、あの機敏性。少年が負けることはなくても、勝つことはできませんわ」
なにより、とお姉さんは続ける。
「……観客が残りすぎている。ここで大技を出して、あの悪魔を殴り飛ばしても。この地下にある闘技場では、どんな被害が出るか」
「そこまで、あいつが考えて戦っていると?」
「恐らくは。そうでないと、彼のような手練れが攻めあぐねている理由なんてありませんから」
ふぅ、とお姉さんはため息をつきながら、自分のピンクの髪を指先で弄ぶ。
……そういえば、このお姉さん。
……どうして、こんなに冷静なんだろう。それに『悪魔』の存在を、最初から知っていたみたいに。
※脚注
・Nobody is always a winner, and anybody who says he is, is either a liar or doesn’t play poker.(常に勝ち続ける奴なんていない。いるとすれば、そいつはポーカーをやったことのない嘘つき野郎だ)