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#1. 『S』(私の上司は…)

挿絵(By みてみん)


――◇――◇――◇――◇――◇――◇―― 


 目が覚めたら、病院のベッドの上だった。


 首都、ノイシュタン=ベルグ。

 第二次世界大戦の時に、奇跡的に無傷で守られたことから、戦争の傷跡はなく。今も美しい風景を残している。別名、花の都とも呼ばれている。


 そんな街の総合病院の、個人用の病室で。

 私は、……上司にイジメられていた。


「あん? だーかーら、言っている意味がわかんないんだけどさぁ?」


 包帯が巻かれた私の頭に、ボールペンの先でぐりぐりと押し付けられる。

 それが怪我人に接する態度ですか? と問いたくなるけど。相手にしているのは、日頃から無茶苦茶な任務を押し付けてくるスパイの女上司だ。まともな対応を期待するほうが間違っている。


「もう一度、ちゃんと説明してくれない? 昨日、何があったの? どうして、君がそんな状況になっているわけ? この私の、お馬鹿な頭でも理解できるように言ってくれませんかねぇ?」


 彼女は、私の頭にボールペンを突き刺しながら、尋問さながらの質問を繰り返す。


 見た目は、美しい女性だった。

 清潔感のあるスーツ姿。化粧品会社にでも勤めているような服装は、社会人として規律を保ちながら、自然と女性らしさを滲ませている。胸元が開かれたワイシャツなど、男性のウケを狙っているとしか思えない。


 だが、その正体は。

 東側陣営から、敵情を探るように送り込まれたスパイだった。この首都を担当するスパイの管理主任。その優しそうな表情を一枚めくれば、サディスティックな素顔を見えてくることを、私は現在進行形でわからされている。


 本名は知らないが、同僚たちからは『S』で通っている。理由は、よくわからない。主任『S』は、私の名前を何度も呼びながら、ぺしぺしとボールペンで頭を叩く。


「ねぇ? あなたに与えた任務は、喫茶店で政府要人から重要書類を盗んでくることだったよね。それが、なに? 爆発事故に遭遇して、任務は失敗して、魔法が暴発した挙句、気がついたら見知らぬ女子生徒の体になっていました? そして、その原因は全て、……悪魔の仕業だったと!?」


 んふっ、と主任がサディスティックな笑みを浮かべる。

 あー、やばい。私は冷や汗をだらだら流しながら、恐怖に怯えていた。


「ねぇ、私ね。うだつの上がらない男をイジメることが大好きなの。無能な男どもを、ベッドに縛りつけて、朝まで優しく罵詈雑言を浴びせてあげるの。その時の快感といったら、生きている実感を感じるほどよ」


 私は仲間の同僚が。一度の失敗で、男として再起不能になってしまい、母国に強制送還されたことを思い出していた。


「だから、あなたのことも気に入っていた。特に才能もなく、輝くセンスもない。どんなに足掻いても、凡人の域を出ない。あるのは、相手の意識を少しの間だけ奪う魔法だけ。いつか、大きなミスをしてくれるんじゃないか、って期待していたんだけど。真面目に任務をこなすもんだから、目立つ失敗をしてくれなかったわ」


 はぁ、と残念がるようにため息をつく。

 失敗していたら、どんな目にあっていたのだろう。私は、今までの努力が無駄ではなかったのだと実感していた。


「でもね! こうしてあなたは初めてミスをしてくれた。これで思う存分に可愛がってあげて、……じゃなかった。その責任を追求できる。こんなに嬉しいことはないわ!」


 ぱぁっ、と嬉しそうに笑みを浮かべる。


 黙っていればクール系な美人なのに、今は本心がダダ洩れになっている魔女にしか見えない。悪魔がいるんだから、魔女がいたって不思議ではないだろう。たぶん。


「んふふ、それにね。私、大人の男をイジめることも好きだけど、こうやって可憐な女の子を可愛がってあげることも。……むふっ、大好きなの」


 ぺろり、と猛禽類のような笑みを浮かべて、主任は私のことを見る。ぞわわっ、と生理的な嫌悪感が背筋を走り抜けた。


 昨夜から引き続き、私の体は。

 あの見知らぬ少女のままだった―

脚注

・第二次世界大戦:我々の世界でも起きた世界規模の戦争。(1939〜1945年)この物語の時系列でも、戦争が終わってから10年近くが経過している。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 設定といいキャラといい、私好みの話です! [気になる点] 先が気になります! [一言] 楽しみにしていますので頑張ってください!
[一言] ランキング入りおめでとうございます。 戻らなかった身体、一晩で男を再起不能にするSと呼ばれる上司、名字ではない方の意味でその呼び名なのですね。
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