#6. At gambling, the deadly sin is to mistake bad play for bad luck.
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レディース・&・ジェントルメン!
さぁ、今週もやってきた、この地下闘技場の天下一武道会。今日は、いったいどんな猛者が出てくるのか。果たして、チャンピオンを倒せる挑戦者は現れるのか? 皆さん、手に汗を握って、ご覧ください! ……あ、当方においては競技の勝敗を賭博や賭けの対象にすることは固く禁止しておりその損失や被害については一切責任を持ちませんせんのであしからず―
最後のほう早口で言い切って、私はマイクのスイッチを切る。ほんと、こういう仕事は私向きじゃないと思うんだけどなぁ。
「おおぅ、嬢ちゃん。なかなか様になっとるのぉ。借金を返し終わったら、そのままウチで働かせてやってもええぞ?」
「あはは、……全力で遠慮します」
週末。
どこかの廃墟のような建物の地下にある、巨大な闘技場。その広さは、ボクシングの世界大会が行われる国際会場よりも広い。中心に設置されたリングには、有刺鉄線でできた金網で囲われている。そして、そのリングを囲むように、千人近い観客たちが歓声を上げていた。ほとんどの人間が、その手に賭けチケットを握っている。
そんな熱狂渦巻いている地下闘技場で。
私は、マイクを片手に客を煽っていた。極道マフィアの連中に渡されたカンペを読み上げて、ちゃんと最後の禁則事項まで説明しきると、ため息をつきながら安いパイプイスに座る。
「毎週、こんなことをしているわけ?」
「おうよ。いつの世も格闘技は人気じゃけに! 皆、拳で戦う姿が好きなんじゃのぉ」
極道マフィアの幹部、ゲンブ・ゴルゴンゾーラが上機嫌に話す。どうやら、私はマスコット・ガールとして最低限の仕事はこなしているようで、会場の盛り上がりも申し分ないとのこと。
その証拠に―
「なぁ、今日のマスコットの女の子。めっちゃ可愛くね!?」
「わかるぅ! いつものクレイジーちゃんみたいに、色気があるのもいいけど。今日の娘も、可憐な雰囲気あって良いよなぁ!?」
あちこちで、私の評判が囁かれている。
それは、少し前のことだった。
高級カジノの奥にある個室から、怖いお兄さんたちに連れてこられたのは。首都でも有名な高級デパートだった。
黒塗りのリムジンで裏口につけると、デパートの店長たちがすでに列を作って待ち構えていた。そのまま、幹部のゲンブ・ゴルゴンゾーラを先頭に、デパートの裏口から専用エレベーターに乗る。そして、エレベーターガールのお姉さんが案内した先にあったのは、彼らが個人的に使用しているプライベートな試着室だった。様々な衣装が並べられているが、部屋自体は少し手狭な感じがした。
「マフィアだったら、デパートを貸し切りにしたりしないの?」
「そんなことをしたら、他の客に迷惑じゃろうが?」
ここには女性ものを揃えている試着室のようで、ハンガーに掛かっている衣装も、正装のイブニングドレスから、露出の多い水着まで色々あった。
「さぁ、嬢ちゃんに着てもらう衣装を選ぼうかのぉ」
きらり、と極道マフィアの連中の目が光る。きっと、いかがわしい衣装を着せるに違いない。地下闘技場なんて、犯罪者の巣窟に決まっている。恐らく裸同然のような衣装を―
「オジキ、これなんてどうすかい!? 学園指定の体操服ですぜ!」
「甘いぞ、カマンベール。俺は、こっちの学園指定スクール水着を推しますぜ!」
「あぁん? 闘技場で水着だと? 頭腐っているのか。俺だったら、このゴシックロリータ―調のドレスをだなぁ」
「お前ら、どこに目をつけてるんだ! あの子の良さを最大限に引き出せる衣装といったら、もはやナース服しかないだろうが、ボケがぁ!?」
「おいおいおい、言っちゃいけねーことを言っちまったなぁ。ゴスロリだぁ? ナース服だぁ? そんな生ぬるいことを言ってんじゃねーよ、ボケカスがぁ。ここは、……メイド服一択だろーが。もちろん、スカートは清楚なロングタイプだ」
「「それなっ!!」」
極道マフィアたちは和気あいあいとした様子で、次々に衣装を手にとっては、熱い論戦を繰り広げている。その度に、私は試着室のカーテンを閉めて、体操服やらスク―ル水着やらゴスロリのドレスやら着ることになる。新しい衣装を着て、カーテンから姿を見せるたびに、極道マフィアたちから歓声が上がって、何人かは悶絶して倒れていた。……ほんと、こいつら。
呆れ果てて、もはや言葉もない。
だが、彼らの熱狂は収まらない。次々に新しい衣装を着て、少年のような目の輝きで私が着替えるのを待っている。
そんなマフィアたちに嫌気がさしたのか、声をあげたのは若いチンピラ風の男だった。どうやら、まだ極道マフィアに入ったばっかりの新人であった。
「……なぁ、アニキたちよぉ。新顔の俺が言うのもなんだけど。衣装なんて、どうでもいいじゃないっすか」
そして、そのチンピラは近くにくると、私の魔女っ子の衣装を乱暴に掴む。
「どうせ、この女は逆らえないんだからさぁ。もはや、裸でいいんじゃね? てか、自分が人間様と同列とか思っちゃってるわけ。マジでウケるんだけど。お前は借金に溺れた雌豚なんだよ。雌豚は雌豚らしく、俺たちの言うことを聞いていれば―」
脅すような視線で、私に迫ってくるチンピラ風の構成員。
そんな男の顔が―
「ほぎゃっ!? 」
極道マフィアの幹部、ゲンブ・ゴルゴンゾーラの拳によって。
めちゃくちゃに殴り潰されていた。
「……お、オジキ。なんで?」
「はぁ、オジキじゃと? ワシはお前なんぞ知らんのぉ。女に裸を強要させる奴はぁ、ウチのファミリーにはおらんけに」
「え、ちょっ、待ってくだ―」
「それに、おどれは言っちゃいかんことを言いよった。……衣装なんて、どうでもいいじゃと? それは、ここにいるワシら全員に喧嘩を売っておると、そう思っていいんじゃな? 『服は脱がしても、靴下は脱がすな』。これはワシら紳士の中では、常識を超えた共通認識なんじゃ、このボケがぁ」
おい、紳士。
靴下をはいていたら、服は脱がしてもいいのかよ。
「おどれのような奴は、ウチにはいらん。……おい、チェダー。明日、一年は沖から帰ってこないクジラ漁船が出航するんやったなぁ。ちょうどいい、コイツも乗せてやれ」
「へい、オジキ」
そのまま、ダンディーなアフロたちに囲まれて、チンピラ風の構成員は摘まみ出されていった。泣き叫びながら嫌がる男には、同情の余地すらあった。
「さぁて、気を取り直して。衣装選びに励むかのぉ。おい、野郎ども。徹夜する覚悟はできとるか!?」
「「おお!」」
「声が小さいんじゃ! 気合いを入れていけ、ボケがぁ!」
「「へい! 漢、磨かせていただきやす!」」
それから数時間にわたって、熟考に熟考を重ねて。
議論に議論を交わらせて、男たちが選びした答えとは。ノイシュタン学院の制服(黒タイツ着用)であった。……ほんと、この変態紳士どもが。
※脚注
・At gambling, the deadly sin is to mistake bad play for bad luck.(ギャンブラーにとって大切なのは。悪い手札と、悪いツキを、見間違わないことさ)