#5. A gambler is nothing but a man who makes his living out of hope.
「現在、あっしらが仕切っているのは、このカジノの経営ではありやせん。家族連れで楽しめるテーマパーク、お年寄りも気軽に来れる健康ランド。その中には、刺激的なものもありますが、表向きは何の違法性もない娯楽施設ばかりなんでさぁ」
「は、はぁ」
「ちなみに、近々オープンする国立美術館やショッピングモールにも。我々が一枚噛ませていただいてます」
「マジで!?」
おいおい、随分と手広く商売をしているじゃないか。
もはや、ただのクリーンな企業にしか見えなくなってきた。だが、そんな時。強面のゲンブが水を差すように言った。
「まぁ、嬢ちゃんに任せる仕事は、そんな場所じゃのうて。ワシらがこっそりとやっている『裏舞台』の商売なんじゃがのぉ」
「え? 裏舞台?」
弛緩していた気持ちに、わずかに緊張が走る。
「おうよ。ワシらは極道マフィアじゃけぇ。人様には見せられん興行もやっとる。ボスも、それだけは容認してくれとる。まぁ、簡単に言っちまえば。……『地下闘技場の裏賭博』じゃあ」
私の顔が、わずかに痙攣をした。
「週末になると、血の気が盛んなファイターと客が押し寄せて、どちらが勝つのか大金を賭ける。もちろん怪我人も出るし、そのまま病院に運ばれる奴も少のうない。嬢ちゃんにやってもらう仕事はのぉ。その地下闘技場で、毎回のようにファイターと客が乱闘を起こす会場での、マスコット・ガールじゃけに。まぁ、自分の身は自分で守るんじゃのう」
……は?
……はぁ!?
ちょ、ちょっと待て! こいつらはテーマパークや健康ランドの経営もしているんでしょ。だったら、そっちで働かせなさいよ!
そんなことを言うと、強面のゲンブは―
「んなことを言っていたら、借金なんぞ返せんじゃろうが」
と、一蹴されてしまった。
くそう、やっぱり危険な仕事じゃないか。
自分で蒔いた種とはいえ、言いようのない怒りが湧いてくる。乱闘上等の地下闘技場で受付嬢をやれだなんて、私みたいな普通の女の子にできるわけがないだろうが!
「いやー、それにしても助かったわぁ。まさか、嬢ちゃんみたいな別嬪さんを捕まえられるとは。今週の興行、どうしようか頭を抱えておったんじゃあ」
ぷんすかと怒っている私に、強面のゲンブがにっこりと笑う。
「は? どういうこと?」
「実はのぉ。先週までマスコット・ガールをしてくれていたクレイジーちゃんが、有給休暇でバカンスに行っちまって。誰か代役がおらんのか、困っておったんじゃあ」
「え。有給とか、あんの?」
「もちろんじゃ。有給休暇は労働者の権利じゃけに。時間外労働も手当てを出すし、労働基準法も順守しとる。休日出勤なんてもってのほかじゃ。自宅に仕事を持ち帰ることも、原則的には禁止しとる。労働時間内に仕事が終わらんのは、従業員の素質より、労働環境の改善が必要な証拠じゃけぇ」
ぷはー、と葉巻を咥えながら、傷跡だらけの顔で紫煙を吐く。
「従業員は、大事にせにゃいかん。それも熟練の構成員は、何事にも代えがたい宝じゃけに。その場を仕切れる右腕がおるだけで、その業務効率からもたらされる継続的な利益は計り知れんからのぉ。それを構成員に還元できないカシラは、ただの馬鹿じゃ」
おいおい。
なんだかホワイト企業のクリーン社長みたいなことを言っているぞ。極道マフィアの幹部のくせに。
「まぁ、嬢ちゃんの場合は。借金を返せるまで、しっかりと働いてもうがのぉ」
前言撤回。やっぱり、どうしようもない連中だ。
私が深く項垂れていると、追い打ちをかけるようにダンディーなアフロは言った。
「それでは、オジキ。さっそく連れていきましょう」
「おうよ。さぁ、嬢ちゃん。一緒に来てもらおうか」
暗い部屋で立ち上がる強面のゲンブ。
それと同時に、他のマフィアたちも姿勢を正す。
「え。行くって、どこに」
「そんなもん。決まっとるじゃろうが」
極道マフィアの幹部。ゲンブ・ゴルゴンゾーラが、獲物を狩るような目で言った。
「……衣装合わせに決まっとるじゃろう! マスコット・ガールのなぁ。安心せい、譲ちゃんには最高の衣装を選んでやるからのぉ!」
その危ない視線に。
私は、不安しか感じられなかったー
※脚注
・ A gambler is nothing but a man who makes his living out of hope.(希望をチップにして生計を立ている。それこそがギャンブラーの生きる道!)