#4.Gambling is not a vice, it is an expression of our humanness.
「マスコット・ガールじゃあ」
「……マスコット、……ガール?」
「そうじゃ。どうした? あまりの過酷な仕事に、頭が真っ白になってしまうじゃろうが」
くくくっ、と強面のゲンブが薄く笑う。
この部屋で囲んでいるマフィアたちも、人の不幸を嘲笑っている様子で。彼らの中には「その仕事はあまりにも過酷なのでは」と、ヒソヒソと話し合っている連中もいるほどだった。
「あ、あのー。マスコット・ガールって、あのマスコット・ガールですよね?」
ただ一人。
状況を飲み込めていない私が、手を上げて質問する。
マスコット・ガールといえば、あれだよね? デパートの屋上で子供に風船を渡したり、新しくできたお店のチラシを配って客寄せをしたり。なんというか、のほほんとした仕事内容しか思いつかないんだけど。
答えは、すぐに帰ってきた。
目の前で座っている強面のゲンブが、にやりと笑う。
「くくっ、嬢ちゃん。ワシらが言っちょるマスコットが、ただの客引き商売だと思っちゃいかんのぉ。ワシらは、泣く子も黙る極道マフィアじゃけに。そんな半端な仕事なんぞ、やらせるわけがなかろう」
その言葉に、ぞくりと背筋が凍る。
……そうか。
マスコット・ガールというのは、彼らの中での隠語。マフィア連中や裏社会においては、まったくの別の仕事を指すに違いない。強面のゲンブが顔の前で手を組んで睨む。その瞳が、カッと光った。
「マスコット・ガールっちゅうのはな? 来場してきてくれたお客さんに愛想よく手を振ったり、笑顔で道案内をしたり、迷子になった子供を迷子センターに届けたり。それはそれは過酷な仕事なんじゃあ」
「いや。それ、ただのバイトじゃん」
「ふふふっ。嬢ちゃんに、こんな重労働が務まるかのぉ」
「いやいやいや、だから普通のバイトとの違いが―」
「泣いて謝っても、もう遅いけに。ワシらはのぉ、泣く子も黙る極道マフィアじゃけぇ!」
ダメだ。
話が、見えない。
会話が噛み合わない。意思が疎通できない。こいつらが何を言っているのか、さっぱり理解できない。……あ、やばい。違う意味で、頭が痛くなってきた。
「あ、あのー。ちょっと聞いてもいいですか?」
「あん? なんじゃあ?」
「えーと。普通、こういった時にやらされる仕事って、もっとヤバい奴じゃないの? 夜の風俗街で、朝も夜もなくベッドの上で働かされるとか?」
そんな、私にとっては至極当然な質問に。
極道マフィアの幹部、ゲンブが強面のまま答える。
「はぁ? 嬢ちゃん、何を言っちょるんじゃあ? そんなことをしちまったら、公序良俗法に触れちまって、警察にパクられてしまうじゃろうが」
は?
ぽかん、と空いた口が塞がらない。……え? マフィアとか裏社会の人間って、法律を破ってナンボな連中でしょ? そうやって金を稼いでいるはずのに、こいつら何を考えているの?
理解が追い付かず、思わず頭を抱えてしまう。
そんな私を見かねたのか、今度はサングラスのアフロが声をかけてくる。渋めのダンディーな声だった。
「お嬢さん。裏の仕事ってのはね、それなりにリスクと経費が掛かるもんなんでさぁ。場所代、証拠の隠滅。警官の買収、お上への賄賂。そして、対立組織との抗争。いくら悪どいことで稼いでも、収支が見合わなければ商売になりやせん」
ダンディーなアフロは、サングラスの奥の瞳を鋭くさせる。
「それに、……ウチの組織の首領が、そういうことを許さないクチでしてね。未成年の女の子を、いかがわしい店で無理やり働かせたとなっちゃあ、……あっしら、まとめて丸焦げにされてしやいます」
ダンディーなアフロは、落ち着かなさそうにサングラスを上げる。
その手は、確かに震えていた。
周囲のマフィア連中も、ボソボソと弱気な声を上げている。「……マスカルポーネの奴は、悲惨な最後だったよな」、「あぁ。未成年に手を出してしまったばっかりに、毛穴まで丸焦げにされちまって」、「うぅ、怖いよ。俺、あの人のせいで女性恐怖症になっちゃいそうだもの」。
……どうやら、とんでもない人間がマフィアのボスらしい。
※脚注
・Gambling is not a vice, it is an expression of our humanness.(ギャンブルは悪じゃねぇ。人間らしさの証明なのさ…)
・公序良俗(法):大人の良識を持った正しい遊び方のルールブック。