#3. A gambler never makes the same mistake twice. It’s usually three or more times.
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「ワシの名前は、ゲンブ・ゴルゴンゾーラ。このシマを預かっておる、マフィアの幹部じゃけに。長い付き合いになるかもしれんけぇのぉ。しっかり覚えておけや」
カジノの奥になる、薄暗い部屋で。
大勢のガラの悪い男たちに囲まれている大男が、ドスの利いた声で言った。
「初めに言っとくけどのぉ。ワシらは、そんじょそこらの半端もんのマフィアとは違う。どんな汚い手を使っても借金を回収する『極道マフィア』じゃけぇ。泣いて許してもらえるなんぞ、期待せんほうがええぞぉ?」
灰皿に葉巻を押し付けて、傷だらけの強面を近づける。
もう私は、ビビりまくってしまい。
今にも、チビりそうになっていた。安いパイプイスに座らされて、冷や汗をかきながら目が泳ぎまくっている。
「あ、あはは。えーと、どうすれば。許してくれますか?」
「まずは、ハラぁ括ることじゃあ。嬢ちゃんの命運は、ワシらが握っておるんじゃけぇ」
ヒヒヒッ。
クククッ。
マフィアの暗部、ゲンブに脅されている私を見て、他のマフィア連中も気味悪い声で笑っている。
「(……あ、マジでヤバいかも)」
打開策がまったく思いつかない。
せめて、アーサー会長やミーシャ先輩が助けに来てくれれば。……いや、あの人たちがそんな人間らしいことなんてしてくれるわけがない。喧嘩野郎のカゲトラなんて、考えるだけ無駄だ。
「まずは、嬢ちゃんの借金の金額じゃけど。……おい、チェダー。明細書を持ってこい」
「へい、オジキ! こちらに」
これまたガラの悪いサングラスのアフロが出てきて、一枚の書類を手渡す。それを受け取った幹部のゲンブは、その傷跡だらけの顔をしかめる。
「おうおう。こりゃ、どんでもない金額じゃのぉ。えぇ、嬢ちゃん? 若気の至りっちゅう言葉もあるが、こいつはその限度を超えとるぞぃ?」
もう、二度と。
日の当たる場所には戻れないかもしれんのぉ。
などと言いながら、刃物のように鋭い眼光を向ける。
そして、わずかばかりの情けか。
その明細書をこちらに見せてくれた。そこに示されている金額に、私は思わず現実逃避をした。
「あれれ? 何の数字だろ~。まるで、お屋敷が立てられそうな金額だな~」
「現実を見ぃ、嬢ちゃん。ウチの若い衆が、なんべんも止めようとしとったじゃろうが。それなのに、嬢ちゃんときたら。若い衆の忠告を無視しよって。……挙句の果てには、無理やり止めようとした若手を何人も病院送りにしよったみたいじゃのぉ。その明細を、よく見てみぃ。ちゃんと、若手の治療費も含まれておるじゃろ」
あ、本当だ。
ギャンブルに夢中になって気がつかなかったけど、ホールボーイを二人、ディーラーを一人。そして、屈強な警備員を二人。しっかりと病院送りにしている。
「まぁ、若い連中には、ええ薬になったじゃろう。こんな、めんこい嬢ちゃんに喧嘩で負けるなんぞ、極道マフィアの恥さらしじゃけえ」
ぷはー、と幹部のゲンブが葉巻に火をつける。
吐き出された紫煙が、部屋の天井に溜まっていき。そのマフィアの大男は、当然のことのように言った。
「20年。……いや、25年かのぉ。必死に働いたとしても、返済にはそれくらいかかるかもしれんのぉ。なぁ、嬢ちゃん。返せるアテがあるんかいの?」
「あ、あはは」
ないっす。
アーサー会長に相談しても、一生、奴隷のようにコキ使われるだけだし。スパイの女上司『S』に頼んだところで、そのまま連邦の極地にある強制収容所に送られるだけだろう。なんで、私の周りには血も涙もない連中ばかりなんだ。
「ふぅー。……嬢ちゃん、親御さんは?」
「疎遠になっていて連絡がつきません」
「親戚は?」
「わかりません。いたら教えてほしいくらいです」
「お金を貸してくれる友達は?」
「いません。そもそも友達がいません」
ゲンブの強面にさらされながら、私は淡々と答える。
孤立無援。天涯孤独。友達もいないボッチ。お前なんかトイレで昼飯を食ってろ。そんな言葉さえ脳裏をよぎってしまう。あ、なんだろう。目から悲しいものが溢れてきそう。
そんなふうに自分を卑下していると、なぜか周りのマフィアまで悲しそうな顔になっていた。
……そうか、この嬢ちゃんも苦労しているんだな。
……そう言えば俺たちも、似たようなもんだしな。
……あれ、なんでだ? 昔のことを思い出しちまって、涙が。
その部屋にいたマフィア連中が、次々に目頭に指を当てていく。
気がつけば、私の周りにいたマフィア連中も、同情をするような顔をしていた。そっか、わかってくれるのか。こいつらも、私と同じで頼れる人に恵まれなかったんだな。一人ぼっちは、辛いもんね。
「ふん、小賢しい! 悪いが、嬢ちゃん。おまんの身の上話を聞かされたところで、ワシらが優しくしてくれると思うなよ。ワシらはな、極道マフィアじゃけに!」
そう言っている、幹部のゲンブは。
傷跡だらけの強面から、ボロボロと涙を流していた。
「……オジキ。……目から、溢れてやすぜ」
「じゃがしいわ! これは、アレじゃ! 汗が噴き出ているだけじゃあ!」
「へい、仰るとおりです」
アフロのサングラスがハンカチを差し出すと、マフィアの幹部のゲンブは乱暴に受け取って、ごしごしと涙をふく。
「……ちゃ、茶番はこれまでじゃ。嬢ちゃんの不幸な生い立ちはわかった。じゃけど、借金の話は別じゃあ。どんなに可哀想な奴が相手でも、しっかりと取り立てる。それが、極道マフィアの掟じゃけに」
「(……ちっ。うまく同情してもらえそうだったのに)」
私は心の中で舌打ちしながら悪態をつく。
「金を返すアテがないんじゃあ、仕方ない。その肩に背負った借金。……嬢ちゃんの体で支払ってもらうしかないのぉ」
ギロリ、と鋭い眼光が突き刺さる。
周囲のマフィア連中さえも、わずかに緩んだ空気を切り替えて、厳しい視線で私を見てくる。
「(……うっ、やっぱりそうなるのか。お金もない。友達もいない。そうなれば、体で支払うのが裏社会のルール)」
さぁ、と私の顔から血の気が引いていくのがわかる。
体で支払うっていえば、あれだよね? クジラ漁船に乗せられて、借金が返済できるまで陸に上がれないとか。お金持ちの貴族に売られて、毎日トイレ掃除をして生きていくとか。もしくは、夜の店でお客に酒を注ぐ、いかがわしくも健全な仕事を―
「ふん。どうやら、嬢ちゃんにも事の重大さが理解できたみたいじゃのぉ。これだけの金額、普通の商売なんぞで返せるわけもない。じゃけぇ、嬢ちゃんには、これまでの人生で経験もしたことのない仕事をしてもらうことになる。覚悟しとけぇ!」
カタギではない眼差しが、私を射抜く。
ふふふっ、と周りのマフィアたちも不気味に笑い出す。
いったい、どんな仕事をさせるつもりなのだろうか。膝の上で握った手がぶるぶると震え、口の中はカラカラに乾いていく。目は落ち着きもなく揺れて、心臓の拍動が激しくなっていくのがわかる。
「嬢ちゃんに、やらせる仕事はなぁ」
ごくり、と生唾を飲み込む。
マフィアの幹部。ゲンブ・ゴルゴンゾーラは、死刑を告げるような威圧的な声で言い放った。
「……マスコット・ガールじゃあ」
傷跡だけらけの強面が、真剣な目でこちらを見る。
周囲のマフィアたちも、固唾を飲んで見守っている。
数秒間。
誰も喋らない沈黙の中、私は―
意味がわからずに問い返していた。
……は? 今、なんて?
脚注
・A gambler never makes the same mistake twice. It’s usually three or more times.(ギャンブラーはな、2回も同じ過ちを繰り返さないんだぜ。……3回か、4回か。それ以上の失敗を繰り返して、初めて立派なギャンブラーになれるんだ)