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『裏切者のLOST‐No.(ロスト・ナンバーズ)』 ~ナタリア・ヴィントレスは、今日も逃げ出したい~  作者: てばさきつよし
Chapter10:Gambling Load(ギャンブル。それは人生と書いて過ちを読むどうしようもない奴ら)
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♯2. A dollar won is twice as sweet as a dollar earned.


――◇――◇――◇――◇――◇――◇―― 


 始まりは、ほんの些細な出来事だった。


 その日。『時計塔』に相談に来た男子生徒は、親のギャンブルを止めてほしいという依頼をしてきた。話を聞けば、その生徒の父親は真面目に働くサラリーマンで、これまでギャンブルなんかに手を染めたことはなかったらしい。


 それが、ある日を境に。

 まるでギャンブル中毒になったかのように、毎晩、毎晩、カジノへ足を運ぶようになったという。賭ける金額も、どんどん大きくなり。大負けした時には、家の中で暴れるようになっていった。それを見て、その男子生徒は『時計塔』に相談することにしたという。


「(……ふーん、ギャンブルね。そんなことにハマってしまう馬鹿みたいな人間がいるのかねぇ)」


 良識と常識を兼ね備えている私は、ため息を隠すのが大変であった。


 そもそも、ギャンブルとは。

 統計的には、絶対に勝てないようになっている。


 カジノ店の必要経費。……人件費、維持費、設備投資、税金、マフィアへの上納金。それら経営に必要な金額をあらかじめ計算しておいて、客の取集金額と照らし合わせて、客への返金率を割り出している。つまり、全ては店側がルールなのだ。


 店側が、絶対に儲かり。

 客は、絶対に損をする。


 世間のカジノや賭博場が繁盛しているのを見れば一目瞭然だ。そんなわかり切ったカラクリなのに、どうしてこうも人は愚かなのだろう。常々、思うが。私のように理性的な人間には理解できない世界だ。愚かとも言える。


「それで? 君の父親は、いつからギャンブルに手を出すようになったんだい?」


 時計塔の執務室では、アーサー会長が親身になって相談に乗っている。

 この腹黒会長が、相談に応じているということは。つまり、悪魔が関係しているということだ。……はぁ。また面倒なことにならなければいいけど。


 翌日。

 その男子生徒の家に訪れた私たちは、彼の父親がすでにカジノへと向かったことを知る。まだ夕方だというのに、煌びやかなネオンが乱反射して、とても目が痛い。カジノ店の玄関には、屈強な警備員が立っているし、出入りする客も正装した紳士や貴婦人ばかりだ。


 そんな高級カジノに。

 私服のままの私たちは、それなりに浮いていた。

 案の上、カジノに入ろうとしたところで警備員に捕まり。未成年の入店はできないと無表情のまま断られた。


 当然と言えば、当然だ。

 だが、その当然さえ捻じ曲げてしまうのが、このアーサー会長だ。会長は警備員に何かを伝えると、後ろからついてきている私たちを指さす。いや、カゲトラのことを指さす。この無駄にデカくて、顔に火傷のある喧嘩野郎を見て、警備員の顔色が一瞬にして青くなる。


 何を言ったのかは、知らないほうがいいだろう。

 そのまま警備員は、無線でどこかと連絡を取ると。最上級の礼節のまま、私たちをカジノの中へと案内した。


「ねぇ、カゲトラ。あんた、ここで何かしたの?」


「……さぁな」


 ぶっきらぼうに答える。

 その様子は、もはや『YES』と言っているようなもの。私は何となく、この喧嘩野郎から距離を取って、アーサー会長の後をついていく。


 男子生徒の父親は、すぐに見つかった。


 明らかに負けこんでいるのに、手持ちのチップを惜しげもなく注ぎ込んでいく。傍目から見たら、明らかなギャンブル中毒者だ。カードを配るディーラーも、「そろそろ帰ってくれないか」いう顔をしていた。あまりにもギャンブルに狂っているので、周りの客が怖がっていた。


「さて。どうだい、ミーシャ?」


 アーサー会長が、ミーシャ先輩に声をかける。

 私服姿でも、全然この場で浮いていない黒髪美女の先輩は。わずかに頷いて、その男の背後へと近づいていく。


 そして、その肩に手を載せて。

 背後に取りついていた『悪魔』を、魔法で握りつぶした。


 ギエェッ、と小さな悲鳴が響いて、周囲の客が驚いて顔を見合わす。だが、そんなこと気にも留めていないミーシャ先輩は、汚いものを払うように手を振った。


 黒い煤となって、悪魔は消えていく。


 その直後。男子生徒の父親は急に表情が変わり、穏やかな様子となって周囲を見渡す。そして、何度も首を傾げながら「どうして僕はここにいるんですか?」とディーラーに尋ねる始末だった。


 そこからの顛末は、実に単純なものだった。

 アーサー会長に案内されて、カジノの片隅で簡単に説明する。悪魔のことをぼやかしながら、自分がギャンブルにのめり込んでいたことを話す。そして、ショックでうなだれている父親に「ギャンブルで損失した金額は、こちらが融資します。余裕ができたら返してください」とアーサー会長が優しく声をかけていた。


 確かに。こんなギャンブルなんかにハマるなんて、それこそ悪魔に憑かれでもしない限り考えられない。


 だが、私は常識人で。

 良識のもった人間なのだ。

 間違っても、ギャンブルに手を染めたりはしない。


「ありがとうございます。私は家に帰って、家族に謝ろうと思います」


 絶対に、ギャンブルに溺れるなんてことはあり得ない。

 私の自制心は、それこそ鉄のように固いのだ。コインが鳴る音に、そわそわと指を絡めるわけもない。


「この残ったチップですが、どうぞ、皆さんで好きに使ってください。人生経験だと思って」


 何があっても、欲望になんて負けない。

 ちらちら、とスロットやルーレット、ディーラーの配るカードに目が行ってしまうけど、全然、興味なんてないんだから。


「あっ、でも。僕のようにならないでくださいね。ギャンブルは人をダメにしますから」


 何を馬鹿なことを。

 私は、東側陣営に所属する凄腕のスパイなんだぞ。こんな誘惑に負けるわけがないじゃないか。はっはっは!


 ……。


 ………。


 …………まぁ、でも。


 せっかくの好意を無下にするのも申し訳ない。それに彼も言っていたじゃないか。人生経験だって。タダで得たコインを使っても、こちらが失うものはない。ならば、この状況を最大限に楽しむのも一興ではないだろうか。


 幸い、アーサー会長も、ミーシャ先輩も。そして、カゲトラも。まるで興味がなさそうだし。だったら、受付に返すフリをして、私が遊んでしまっても構わないだろう。うん、それが正しい選択肢だ。


「それじゃ、この余ったチップは。私が責任をもって受付に返してきますね。……あ、先輩たちは先に帰ってもいいですよ。この後、私は用事があるので」


 そして、私は。

 先輩たちの背中を見送って、タダで手にしたチップを握りしめて。コインに換金した後に、スロットマシーンに飛び乗った。


「きひひっ、稼いでやるぞぉ!」


 私は嬉々として、スロットマシーンにコインを投入していく。

 そのわずか、一時間後には。タダでもらったチップをすり減らして、悔しくて自分の財布からチップを購入して、スロット台が悪いと何度も席を変えて、負けた分を取り戻そうと躍起になって、最後の最後には違法レートすれすれの大博打に賭けて。私の手元に残ったのは、とんでもない金額の借金だけだった。


「お客様、申し訳ありませんが。奥の部屋へと来ていただけませんか?」


 そのまま、私は。

 怖いお兄さんたちに両脇を担がれる形で、奥の部屋に連れていかれたのだった。


 ……いやー、ほんと。

 ……ギャンブルって、怖いっすわ。




・A dollar won is twice as sweet as a dollar earned.(ギャンブルで勝った金はな、普通に稼いだ金よりも甘美なものなんだよ)

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― 新着の感想 ―
[良い点] なるほどフラグ乱立して即回収とかなにやってんすかね
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