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#5. 5seconds (5秒で終わらせてやる)


「な、なんだと?」


 狼狽したのは、悪魔のほうだった。


 突然の乱入者に目を見開いている。私は、地面に投げ出されながらも、激しくせき込みながら周囲を見渡した。


 悪魔と対峙していたのは、ひとりの男子生徒だった。

 乱暴に着崩された制服に、顔面に刻まれた火傷の痕。体つきは学生にしてはとても背が高い。なりより、その身に纏っている空気が、普通の学生とは全く異なっていた。


「おい、そこの女」


 男子生徒は、視線だけこちらに向ける。

 猛獣のように鋭い目つきに、顔に刻まれた大きな傷痕が印象的だった。


「邪魔だから、どっかに隠れてろ。すぐ片付けてやる」


 それだけ言って、準備運動のように肩をぐるぐると回す。粗野な言い方といい、ぶっきらぼうな態度といい。なんとなく、喧嘩慣れしている不良少年という感じだった。


「……げほっ。か、片付けるって、相手は人間じゃな―」


「それが、どうした? 気に入らねー奴は、拳でシメ上げる。それだけだ」


 こちらのことなど興味がないと言わんばかりに、彼の意識はすでに悪魔へと向けられていた。


 数歩、前に出て。

 両手を制服のポケットに突っ込みながら。

 眼前で狼狽している悪魔の男を、見下ろすような視線を向ける。


「来いよ。五秒で仕留めてやる」


 揺るがない自信の視線が、悪魔へと突き刺さる。

 それが、さぞかし滑稽に見えたのだろう。悪魔の男は、おかしな方向に曲がった腕をぶらぶらさせながら、堪えきれず吹き出す。


「ププッ! ……いや、失礼。あまりにも身の丈に合わないことを言うので、つい笑いを堪えきれくて」


 ぷぷぷ、と片手で口を覆いながら、笑うのを必死にこらえている。コキコキと、ひん曲がった腕を鳴らして、元の形へと直していく。

 

 傷も、すぐに治ってしまうのか。

 不死身。

 まさに悪魔だった。


「悪いけど、私には男食の趣味はないのでね。先ほどの最高のジョークで許してやるから、さっさと消えてくれないかい?」


 悪魔は、にたりと笑って不良の男子生徒の前に立つ。

 その笑みからは、かすかな殺意が漂っていた。


「あぁ? 何か言ったか。よく聞こえねーなぁ?」


 だが、彼は。

 まったく怯むことなく、悪魔と向かい合う。

 天上天下、唯我独尊。自分に絶対の自信があるのか。それとも、相手がどんな存在なのか理解できていないのか。そのどちらとも取れる空虚な瞳を浮かべている。


「いいから、来いよ。もう五秒たっちまうだろうが」


「ククク。そうですか。どうやら君は―」


 悪魔が嗤い。

 ゆっくりと右手を上げる。


「どうしても、死にたいようですね」


 にたり、と粘着質な笑みとともに。

 ……空間に影が走った。


 振り下ろした右手を影に変えて、男子生徒へと襲い掛かる。

 恐るべきは、その速さ。

 私とのやり取りは、本当にただのお遊びだったのか。じっと見ていた私でさえ、目で追えなかった。気がついたら悪魔の右手は、男子生徒の首へと迫っていた。


 死神の鎌を思わせる黒い影が、不良の男子生徒の首を切り落とす、……はずだった。


「おせーよ」


 パァンッ、という炸裂音と共に。悪魔の右手が何かにぶつかったように、弾き飛ばされていた。


 何が起きたのか、まったく見えなかった。

 ただ、ポケットに入れられていた彼の左手が、拳を握られた状態で振り降ろされている。


「……は?」


 呆然、としたのは悪魔のほうだった。


 自身の感覚では、目の前の男子生徒の首を切り落としていたのだろう。だが、実際はどうだ。悪魔自身にも知覚できない速度で反撃されて、さも悠然と立っているのだ。


「は、ははっ」


 悪魔は表情を変えることなく、立て続けに攻撃を仕掛ける。

 黒い影に形を変えた両手が、わずかな隙もなく男子生徒へと襲い掛かる。目で追うことも難しい速度で放たれた攻撃が、少年へと襲い掛かる。


 だが、その全てが無意味だった。


 彼に届く、その寸前に。

 叩き落とされ、踏みつけられ、躱される。まるで、どこから悪魔が攻撃してくるのか、最初から分かっているみたいに。最小限の行動で反応していた。


「は、はは、ははははっ!?」


 どんどん悪魔の余裕がなくなっていく。

 それに対して、不良の生徒は。まるで動じていない。揺るがない。不動を体現するように、私の前に立っている。


「……なぁ? 笑ってばかりじゃなくて、ちょっとは真面目にやってくれ。もう飽きちまったぜ」


「こ、この、人間風情がっ!?」


 とうとう堪忍袋の緒が切れたのか、悪魔は怒号のような声を上げる。


 悪魔が自分の体を抱きしめて、背から異形の翼を生み出す。

 いや、翼だけではない。数えきれないほどの手足が背中から生まれて、その姿をどんどん異様な怪物へと変えていく。やがて、大型のトラックほど巨体に膨れ上がると、肉体に埋まった赤い瞳が、彼を睨みつける。


「生きている価値もない、ちっぽけな人間がぁ! この私のぉ、邪魔をするなぁ!?」


 ドタン、ドダン、ドタン!

 地響きが起こるほどの巨体を揺らして、悪魔が迫ってくる。

 公園の木々はなぎ倒され、石畳がめくり上がっていく。あんなものに触れたら、間違いなく無事では済まない。


 私は恐怖に体が震える。

 だが、この彼は。こんな局面でさえ。大海のように、その精神は静かに凪いでいた。


「ぎゃーぎゃー、うるせぇな。近所迷惑だろうが」


 彼はゆっくりと腰を落として、迫りくる悪魔を向かい打つ。


 拳を溜めて。

 呼吸は穏やかに。

 そして―


「……スレッジハンマー流喧嘩術アルバム第三曲目レコード。『Roll Over Beethoven』!!」


 彼の姿が、一瞬だけ見えなくなって。

 音さえ置き去りにする速度の拳が放たれる。


「ひゃひゃひゃ、……あれ?」


 ドゴッ、と鈍い音とともに、悪魔の巨体が止まる。


 その直後。

 ぼこぼこ、と悪魔の肉体は内部から膨れ上がる。焦り始めた悪魔の顔。だが、もう遅い。そのわずか数秒後には、その巨体は散り散りにはじけ飛んでいた。


「ぐぎゃぁぁぁっ! こんな、人間のくせに―」


 周囲に飛び散った肉片は、黒い影となって霧散していく。そして、本体である悪魔が地面に墜落していき、塵となって消えていった。


「……ちっ。やっぱり5秒じゃあ片付けられなかったじゃねーか。どうすんだよ、ウチの大将との待ち合わせに、遅刻しちまったじゃねーか」


 不良の男子生徒は、ぼりぼりと頭をかきながら不機嫌そうに呟く姿を見ながら。私の意識は、ゆっくりと途絶えていったー



『Chapter1:END』

 〜Death or Strawberry(死か、少女か)〜


 → to be next Number!


脚注

・Highway Star (ハイウェイスター):『Deep Purple』の名曲。誰もが一度は聞いたことのあるであろう、ハードロックの楽曲。疾走感がたまらない。


・Roll Over Beethoven(ベートーベンとぶっ飛ばせ):『チャック・ベリー』が作曲したロックンロール。ビートルズなど、様々なアーティストにカバーされた。



※ほぼ毎日、18:00に更新していきます。

※感想や、誤字脱字の報告など大歓迎! こんな銃を使ってほしい、などの意見も募集中です!

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