#10. Screw you!(ふざけるなぁ~!)
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向かうのは、あの彫像の部屋よ。
そう言ったミーシャ先輩の背中を、私は仕方なく追いかける。
あー、どうしてこうなったんだろう。なんで自分から出火場所に向かうような人と、私は一緒に行動をしているのか。わざわざ危険なところに飛び込むほど、私の性格は好戦的ではないというのに。
「何か言った?」
「何も言ってませんよ」
私は、ヴァイオリンケースを両手で持ちながら、そんな先輩を追いかける。二階への階段が駆け上がり、長い廊下へと辿りつく。
その時だ。
屋敷内で待ち構えていた黒スーツの男たちと遭遇してしまった。
「いたぞ! 侵入者だ!」
「絶対に捕らえろ!」
黒服たちは、懐から拳銃を取り出す。
ほら、言わんこっちゃない。悪魔相手でも気後れする私が、どうして人間を相手に戦うことができるだろうか。こんなに普通で可愛い女の子が、何の躊躇もなく人を撃てるわけがない。
相手は悪魔ではなく、自分と同じ赤い血が通っている人間だ。同じ人間を相手にして。そんな。撃てるわけが―
「それが撃っちゃうんだなぁ~、これが」
ぱこっ、とヴァイオリンケースの蓋を開ける。
そして、黒服たちが銃を構えるよりも早く、私はケースに隠していた消音狙撃銃『ヴィントレス』を取り出して、狙いをつける。
中腰射位、距離100メートル。
私は狙撃スコープを覗き込み、太ももの中でも、太い血管が走っていない場所に狙いをつけて、何の躊躇もなく撃った。
パスンッ、パスンッ、パスンッ!
極限まで銃声を抑える性能を持つ『ヴィントレス』から、ガスが抜けるような銃声がする。その静謐を保つ銃から放たれた銃弾は。狙いを逸れることもなく。黒服たちの足を撃ち抜いた。
「(……まぁ、私も死にたくないし。痛いのも嫌だし。そもそも正当防衛だから、問題ないよね?)」
廊下に響き渡る、男たちの悲鳴。
何が起きたのかわからず、銃で撃たれたことさえ理解できていない。そんな動揺した彼らを狙い撃ちするのは、とても簡単なことだった。
「はいはい、ごめんなさいねー」
パスンッ、と最後の一人を狙い撃つ。
男が倒れて、痛みにもがいている。その手から零れ落ちた拳銃を拾って、窓から捨てる。落ちていった拳銃は、外の植木に消えていった。
「こいつが、最後だったみたいね」
「そうですね。もう外のほうも、あらかた片付いているみたいですよ?」
窓枠に身を乗り出して、屋敷の外を確認する。
元気に戦っていたのは、ぺぺだけで。外敵を排除するために出てきた黒服たちは、逃げ回っているか、すでに気絶していた。
「あとは、ご領主様だけですね」
「そうね。じゃあ、ナタリアちゃん。……お疲れさま」
とんっ、と私は背中を押される。
……へっ?
と頭に疑問符が浮かぶ。
その頃には。私の体は、二階の窓から投げ出されていた。
「ちょっ!? せんぱいーっ!?」
遠ざかっていくミーシャ先輩の顔。
わずかな自由落下の後。ぼすんっ、と私の体は植木に飲み込まれる。……マジか、あの人。私のことを二階から突き落としたぞ!?
「ナタリアちゃんは、そのまま隠れていなさい。ここからは、私が一人でやるわ」
「はぁ!? このクソ先輩、ふざけんなーっ!」
私の最大限の怒りの叫びは、ミーシャ先輩に軽くいなされてしまう。
なぜか、その時の彼女の顔は。
人間の悪意から私を守ろうとするような、そんな優しい顔だった。