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♯8. Rhapsody(ご領主様を、ブッ飛ばしにいこうぜ!)


――◇――◇――◇――◇――◇――◇―― 


「お疲れさま。コーヒーでも飲む?」


「あぁ、悪いな」


 早朝のサンメール街。

 ホテル近くの駐車場に、一台のレンタカーが停まっていた。運転席にいる男に、ホテルでもらった紙コップのコーヒーを渡しながら、他愛ない世間話に花を咲かせる。


「……ミーシャ先輩って、昔からあんななんですか?」


「そうだな。俺と知り合ってから、まだ一年ちょっとだけど。ずっと、あんな感じだな」


 今日は、一時間くらい仮眠が取れたから、まだマシなほうだ。と、アーサー会長の護衛役であるペペが苦笑する。


 今日の服装は、いつもの黒服ではない。

 街でよく見かけるジャンバーに、若者らしいジーンズ。短めの赤毛も相まって、親しみやすいお兄さんといった雰囲気だ。


 ただし、後部座席には。凶悪なショットガンが無造作に転がしている。


「それで? 俺のことを呼んだミーシャ姫は、まだ来ないのか?」


「まだ、寝てるんじゃないですか? 一応、時間通りに起こしてきましたけど」


 朝の五時にきっかり目覚ましをかけて、ちゃんと出かける準備までしていたというのに。肝心のミーシャ先輩は起きてくる気配はなかった。何度も声をかけて、シャワールームにぶち込んできたから、ぼちぼち合流できるはず。……二度寝をしていなければ。


「それにしても、先輩も人使いが荒いですね。アーサー会長の護衛であるペペさんを、ここまで顎に使うなんて」


「ペペ、でいいよ。……まぁ、とは言っても。俺たち護衛の兄弟は、会長の護衛であると同時に、ミーシャ嬢の護衛でもあるからな。仕方ないのさ」


「ん? どういうことです?」


 私の問いに、ペペはコーヒーを美味そうに飲みながら答える。


「まぁ、ナタリアちゃんだから話すけどさ。あの二人。アーサー会長とミーシャ嬢は、前に通っていた学校を卒業したら、そのまま結婚する予定だったんだ」


 ほぉー、そこまで話が進んでいたとは。

 確かに、ミーシャ先輩も結婚する相手は決まっていると言っていたが、まさか具体的な日取りまで確定していたのか。話を聞けば、二人とも有名な貴族学校に通っていたらしい。どうりで、貴族のような応対が様になっていたわけだ。


「だけど、それもご破算になっちまった」


「え、どうしてです?」


「……悪魔だよ。ナタリア嬢も知っているだろう? 『悪魔の証明』事件。国中のあちこちで悪魔が出現しちまって、お偉いさんは手が回らなくなってな。そのまま二人の縁談も流れちまったんだ。元々、アーサー会長もとんでもない地位の御人だし、大人の都合もあったんだろう」


 ……マジか。

 ……じゃあ、なんだ。ミーシャ先輩は、本当にアーサー会長と一緒にいたくて、時計塔の『No.ナンバーズ』に入ったってことか。


「まぁ、俺たちとしても。二人のことを応援してやりたいしな。実際、アーサー会長の結婚相手は、ミーシャ嬢じゃないと務まらないだろう」


「へぇ。ミーシャ先輩も、立派な家柄なんですね」


「いや。普通の一般家庭の女の子だよ。……今はな」


 知らないのか、とペペが首を傾げる。

 そういえば、ミーシャ先輩のプライベートの話。何も知らないかも。


「かかっ。まっ、あの子が自分から身の上話をする人でもないか」


 ペペは上機嫌にコーヒーを飲み干した。

 そして、少しだけ寂しそうな目をして、口を開く。


「……捨てられたんだよ。本当の家族から」


「え?」


「ミーシャ嬢さ。本当の家族に冬の公園に捨てられて、死にそうになっていたところを拾われてな。いつか迎えに来る、という親戚の言葉が忘れられなくて、何度もその公園を訪れたらしい。雨の日も、雪の日も」


 そんな、こと。

 私が言葉を失っていると、ペペが肩をすくめる。


「あの子の血筋は、なんというか『特殊』なんだ。それを巡って、いろんな大人たちの汚い争いに巻き込まれてきた。……話に聞いたところだと、ミーシャ嬢の母親は。その特異的な血筋もあって大富豪の正妻へと娶られたんだけど、それに気に入らなかった大人たちが、彼女を亡き者にしようとしたとか」


「なんと、まぁ。……で、その特殊な血筋って?」


「さぁ。詳しくは知らないけど。数百年前に、神から遣わされた『天使』の末裔だとか」


 実際。あの子が使っている力は、人間には扱え切れないほどの強大なものだ。

 ペペは、少しだけ哀しそうな目で言った。


「悪いな、しんみりする話で。そんなことがあったから、あの子は人を信じることが難しいみたいでな。ナタリアちゃんみたいな純粋な子が近くにしてくれると、ちょっと安心できる」


「……ははっ。純粋ですか?」


 私は思わず苦笑する。

 ……すみません! 純粋な子じゃなくて、本当にすみません!


「だからこそ、なのかな。あの子は本質的にわかっている」


「何を?」


「……『悪意』という面で、人間より最悪なものはいない。悪魔なんて相手にもならないほどの悪意に満ちた邪悪を、人間は誰もが持っている。その本質を、あの子は、あの若さで。知っちまった」


 第二次世界大戦や冷戦時代。そして、他国への侵略。

 いつまでたっても、人間は変わらない。


「今回、サンメールの街の件もそうさ。きっと、あの人は最初から。何かキナ臭いものを感じ取っていたのかも。だから、アーサー会長を向かわせたくなかったんだろう。こうなると知っていたから」


「……失踪している家族が、すでに亡くなっているかもしれない。それを予想していたと?」


「……さぁな。正直、俺たちにも。あの人は計り知れない」


 くしゃ、と紙コップを丸めて、車内のゴミ箱に捨てる。

 そんなペペの姿がいたたまれなくて、無理にでも明るい話題を振ることにする。


「じゃあ、悪魔がいなくなったら、二人の縁談も復活するんですね」


「うーん。どうかな、大人の社会は複雑だからなぁ」


「いいえ、絶対に復活してください! そうしたら、私も招待してくださいね。友人代表として、パーティ会場の御馳走を全部食べてみせますから!」


「……ふーん。昨日、道端でゲロゲロ吐いていた子が、随分な口を効くじゃない? ねぇ、ナタリアちゃん?」


 あひゅいっ!?


 私が背後からかけられた声に、体が硬直する。

 そして、ゆっくり振り返ってみると、そこには面白そうに笑っているミーシャ先輩がいた。寝起き顔とは、まるで違う雰囲気。ストライプのシャツに、黒色のパンツ姿。ナチュラルなメイクまでしている。完全に本気モードだ。


「あは、あはは。先輩、おはようございます」


「うん、おはよー。ぺぺもご苦労様ね」


 にっこりと、運転席にいるペペにも笑顔を向ける。

 ペペは冷や汗をかきながら、どうにか愛想笑いを浮かべていた。


「う、ういっす。ミーシャ嬢。本日もお日柄もよく―」


「そうね。べらべらと人のことを話しちゃって。学園に帰ったら、覚悟しておきなさい」


 えぇ~、とペペが顔を引きつらせる。

 そのままミーシャ先輩は後部座席のドアを開けると、レンタカーに乗り込む。足元に転がっているショットガンを蹴り飛ばしながら。


「さぁ、ナタリアちゃんも乗って。行くわよ」


「行くって、どこに?」


 私の問いに、ミーシャ先輩は。

 にやりと、悪意に満ちた笑みを浮かべるのだった。


「この街のご領主様を、ブッ飛ばしに行くのよ」



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