#6. Pork Saute(豚肉料理と尾行の男たち)
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「どうしたの? 食欲ないの?」
「……どうして、先輩は食欲があるんですか?」
ホテルで部屋を取って、荷物を置いてから。駅前の食堂へと向かっていた。
もうすぐディナーの時間だということもあり、なかなかの盛況ぶりだ。あのご領主様が言っていた通り、豚肉料理が有名らしく。ほとんどの客が、ローストポークなどを注文している。
そんな中で、私は。
とりあえず水だけを注文して、ちびちびと飲んでいる。
「お客さん、何にしますか?」
食堂のウェイターが注文を取りに来る。
メニュー表すら見ようとはしない私に、ミーシャ先輩はため息を溢しながら、ウェイターに注文をする。
「そうね。まず、この子はあまり食欲がないみたいだから、何か消化のよいものを」
「それでしたら、スープ料理なんてどうでしょう? 今日のおすすめでしたら、ベーコンとポテトのコンソメスープになりますが」
「じゃあ、それで。私は鶏肉のハーブ焼きを。パンをつけてね」
「鶏肉ですか? 別に構いませんが、この街なら豚肉をおすすめしますが」
不思議そうに首を傾げるウェイターに、ミーシャ先輩は視線を窓に向けながら答える。
「いいのよ。鶏は穀物しか食べないから」
「は?」
何だか納得できないといった様子で、ウェイターは厨房へと姿を消していく。
しばらくすると、料理が運ばれてきた。
食欲はないと思いつつも、目の前に暖かいスープが出されると、体が正直なもので。ぐぐぅ~、と腹の虫が盛大に鳴く。
「お食べ。明日も忙しいわよ」
いつになく、ミーシャ先輩が優しい。
何か裏がなければいいけど、と思いつつもスプーンによそったスープを口に入れる。……あっ、やばっ。めっちゃ美味いんだけど。
ミーシャ先輩も、周囲の客が豚肉料理を食べているなかで、一人だけ焼いた鶏肉を食べている。
「……先輩、おいしいですか?」
「最悪ね。鶏肉はカピカピだし、ハーブの風味も飛んでいる。これじゃ、パンだけ食べているほうがマシってくらい」
よほど、鶏肉に需要がないのか。素材からしてダメ出しを食らってしまっている。
私はコンソメスープを飲み干して、お腹が落ち着いたころになって、ようやくいつもの調子を取り戻す。
「それで、これからどうするんです?」
「どうするって? ホテルに戻るに決まっているじゃない」
「アーサー会長に言われていた、失踪した家族が住んでいたところを調べなくても?」
「どうせ、何も出てこないわよ。……それに」
ちらり、と視線を店内に向ける。
「『監視』されてる。今夜、人気のないところにいったら、消息不明になるのは私たちよ」
「それは、そうかもですけど」
はぁ、とため息をついて、窓の外を見る。
正確には、窓に反射した店内を見る。素人なのか、バレても構わないと思っているのか。タクシーを降りた時から後をつけてきた男たちが、じっとこちらを見ていた。彼らが食べているのも、豚肉料理だった。
「……あ、私も注文しようかな」
「やめときなさい。お腹の調子が悪いんだから」
そして、ミーシャ先輩は食事を楽しむ素振りもなく、無理やりお腹の中に書き込むと、コップの水で流し込む。
「行儀悪いですよ」
「あんたに言われたくないわよ。今日のこと、学園中に言いふらして、お嫁にいけなくさせてやろうか?」
いや、すみません。
それだけはマジで勘弁してください。
「それに。……今夜、ホテルに電話がかかってくることになっているの」
「電話? 誰から?」
唐突なことに、私はぽかんと口を開く。
すると、ミーシャ先輩から意外な人物の名前が出てきた。
「黒服のペペよ。あいつには、別件で調べさせていることがあるから」
「あー、そういえば。そんなことを言ってましたね。いったい、何を調べさせていたんですか?」
「……それを知りたくて、調べさせたのよ」
「ん?」
よくわからない返答に、私も混乱してしまう。
アーサー会長の護衛を使ってまで、何を調べさせていたのだろう? 私は目の前に転がってる大きな問題に、どう関わっているのか。
そんなことを考えながら、駅前の食堂を出ていった―