#5. Statue Room(彫像の部屋)
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「こちらが、絵画の間になっています」
ご領主様の案内で、私たちは屋敷の中を歩き回っている。
呆れたことに。この屋敷のほどんどが美術品の展示場になっているらしい。もはや、個人美術館だな、という感想を持ちつつ、私はミーシャ先輩の後をついていく。
「これなんて、どうです。色相いがとても素晴らしいでしょう」
「はい。19世紀ごろの印象派の絵画でしょうか。抽象的に見える筆遣いが、とても斬新だと思います」
前の二人は、依然としてよくわからないことを話している。
ミーシャ先輩も絶対に興味ないくせに、よくも会話を合わせられるものだ。私なんて、もう飽きて眠くなってしまった。
「いやぁ。貴女は本当に素晴らしい。どうですか、一緒に夕食でも? 共に芸術の素晴らしさについて語り合いませんか」
「いえ、折角のお誘いですが。遠慮させていただきます。友人と一緒に食べる、という先約もあることですし」
またの機会に、とミーシャ先輩は微笑む。
だが、私は見逃さなかった。その笑みが少しだけ強張っていることを。たぶん、この男と二人っきりで夕食を食べることを想像したに違いない。
ご領主様、辞めておいたほうがいいですよ。その人、見た目は超美女だけど、中身は腐っているんで。いや、本当に。
「さて、ここが最後になります。私の自慢の、……彫像の間です」
扉を開かれて、まず目に飛び込んできたのは。
庭園を思わせる花たちであった。部屋全体を色とりどりの花々で彩っていて、常に甘い香りを放っている。
そして、その花たちに囲まれるように。
何体かの彫像が立っていた。年頃の少女がモチーフになっているのか、日常の何気ない行動を再現されていた。花を摘む様子、元気よく手を振っている様子、礼儀正しく挨拶をしている様子。
それらの彫像には、タイトルはなく。
また、作者すら記されていなかった。
「どうです? 美しいとは思いませんか。日常の一瞬を切り取ったかのような美しい姿。これこそ、まさに芸術です」
にこにこと笑う、ご領主様のサンメール伯。
彼は、この部屋がとてもお気に入りのようで。まるで慈しむように、その彫像たちを見ていた。
「(……お、おぉ)」
私は、まったく違った意味で圧倒されていた。
美術館にある彫像を見て、美しいと思ったことはない。だけど、ここにあるものは違う。歪な雰囲気がそこにはあった。……なんだ? なにが引っ掛かっている?
姿を消した、家族。
その娘から届いた、一通の手紙。
ふと、顔を上げて、とある彫像を見る。幸せそうに笑っている少女の彫像。その笑顔に、私の記憶にある何かがフラッシュバックする。アーサー会長から預かっている、宛先のない手紙と。失踪した家族の写真。そこで笑っていた女の子、リーゼロッテ・ブインの―
「っ!?」
ぞくっ、と背筋が凍った。
私は静かにミーシャ先輩を見る。
先輩はいつもと同じような無気力な目で、その彫像を見ていた。私は確信する。
……あぁ、ミーシャ先輩も気がついている。
「あぁ、その彫像ですか? 私の一番のお気に入りでしてね。古代ギリシアでは、彫刻に人の魂が宿るなんて神話があるみたいですが。この彫像も、まるで魂が宿っているみたいでしょう」
そうだ、ここでお茶にしましょう。
紅茶とおいしいお菓子を用意させます。そう提案してきたご領主様に、ミーシャ先輩は丁寧な態度で答える。
「申し訳ありません。そろそろ日が暮れてしまいそうなので、本日は失礼します。それに、急用を思い出しました。ぜひ、また近いうちに」
にこり、とミーシャ先輩は笑う。
私は、そのまま屋敷の外へとついていった。預けておいた『デリンジャー』を受け取り、ご領主様の好意で呼んでもらったタクシーに乗り込んで。
この屋敷から逃げ出すように、私たちは去っていた―
昨日、更新できなかったので。今日は夜にも更新します。