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#5. Statue Room(彫像の部屋)


――◇――◇――◇――◇――◇――◇―― 


「こちらが、絵画の間になっています」


 ご領主様の案内で、私たちは屋敷の中を歩き回っている。

 呆れたことに。この屋敷のほどんどが美術品の展示場になっているらしい。もはや、個人美術館だな、という感想を持ちつつ、私はミーシャ先輩の後をついていく。


「これなんて、どうです。色相いがとても素晴らしいでしょう」


「はい。19世紀ごろの印象派の絵画でしょうか。抽象的に見える筆遣いが、とても斬新だと思います」


 前の二人は、依然としてよくわからないことを話している。

 ミーシャ先輩も絶対に興味ないくせに、よくも会話を合わせられるものだ。私なんて、もう飽きて眠くなってしまった。


「いやぁ。貴女は本当に素晴らしい。どうですか、一緒に夕食でも? 共に芸術の素晴らしさについて語り合いませんか」


「いえ、折角のお誘いですが。遠慮させていただきます。友人と一緒に食べる、という先約もあることですし」


 またの機会に、とミーシャ先輩は微笑む。

 だが、私は見逃さなかった。その笑みが少しだけ強張っていることを。たぶん、この男と二人っきりで夕食を食べることを想像したに違いない。


 ご領主様、辞めておいたほうがいいですよ。その人、見た目は超美女だけど、中身は腐っているんで。いや、本当に。


「さて、ここが最後になります。私の自慢の、……彫像の間です」


 扉を開かれて、まず目に飛び込んできたのは。

 庭園を思わせる花たちであった。部屋全体を色とりどりの花々で彩っていて、常に甘い香りを放っている。


 そして、その花たちに囲まれるように。

 何体かの彫像が立っていた。年頃の少女がモチーフになっているのか、日常の何気ない行動を再現されていた。花を摘む様子、元気よく手を振っている様子、礼儀正しく挨拶をしている様子。


 それらの彫像には、タイトルはなく。

 また、作者すら記されていなかった。


「どうです? 美しいとは思いませんか。日常の一瞬を切り取ったかのような美しい姿。これこそ、まさに芸術です」


 にこにこと笑う、ご領主様のサンメール伯。

 彼は、この部屋がとてもお気に入りのようで。まるで慈しむように、その彫像たちを見ていた。


「(……お、おぉ)」


 私は、まったく違った意味で圧倒されていた。

 美術館にある彫像を見て、美しいと思ったことはない。だけど、ここにあるものは違う。歪な雰囲気がそこにはあった。……なんだ? なにが引っ掛かっている?


 姿を消した、家族。

 その娘から届いた、一通の手紙。


 ふと、顔を上げて、とある彫像を見る。幸せそうに笑っている少女の彫像。その笑顔に、私の記憶にある何かがフラッシュバックする。アーサー会長から預かっている、宛先のない手紙と。失踪した家族の写真。そこで笑っていた女の子、リーゼロッテ・ブインの―


「っ!?」


 ぞくっ、と背筋が凍った。

 私は静かにミーシャ先輩を見る。

 先輩はいつもと同じような無気力な目で、その彫像を見ていた。私は確信する。


 ……あぁ、ミーシャ先輩も気がついている。


「あぁ、その彫像ですか? 私の一番のお気に入りでしてね。古代ギリシアでは、彫刻に人の魂が宿るなんて神話があるみたいですが。この彫像も、まるで魂が宿っているみたいでしょう」


 そうだ、ここでお茶にしましょう。

 紅茶とおいしいお菓子を用意させます。そう提案してきたご領主様に、ミーシャ先輩は丁寧な態度で答える。


「申し訳ありません。そろそろ日が暮れてしまいそうなので、本日は失礼します。それに、急用を思い出しました。ぜひ、また近いうちに」


 にこり、とミーシャ先輩は笑う。

 私は、そのまま屋敷の外へとついていった。預けておいた『デリンジャー』を受け取り、ご領主様の好意で呼んでもらったタクシーに乗り込んで。


 この屋敷から逃げ出すように、私たちは去っていた―



昨日、更新できなかったので。今日は夜にも更新します。

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