#4.Collector(美術品の収集家)
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「遠路はるばる、どうぞいらっしゃいました」
客間で待っていると、にこやかな笑みを浮かべた初老の男が入ってきた。
年齢は70歳前くらいか? 綺麗に整えられた白髪は、整髪剤できっちりと固められている。服装も、ややカジュアルなスーツ姿。ご領主様、というよりも美術品のバイヤーといった感じだ。清潔感もあって、とてもよろしい。
ただし、その目の奥にあるものに。
何か身震いするものを感じずにはいられなかった。
初めまして。ミーシャ・コルレオーネです。と、先ほどまでと同じ挨拶をする。
ミーシャ先輩も、ご領主様を相手にしても何の変りもない。軽い挨拶を交わして、社交辞令の世辞を交えて、器用に会話を転がしていく。
「ははっ。それで? 本日はどういったご用件でしょうか? 首都からの客人。それも、あの『時計塔』からのともなれば、たいそうな急用でしょう」
「いいえ、たいしたことはありません。以前、この街に住んでいた家族について、何点か確認したいことがありまして」
「ほう? どなたのことですかな?」
「ブイン一家です。三年前まで、こちらに住んでいたと伺っているのですが、ご存じないですか?」
「……ブイン一家? はて?」
ご領主様のサンメール伯は、唸るように腕を組む。
その姿は、本当に思い当たることがない様子だった。
「サンメール伯もご多忙でしょうから、お忘れかもしれませんね。三人家族で、一人娘がいました。名前は、リーゼロッテ・ブインというのですが」
「リーゼロッテ、リーゼロッテ。……あっ、リーゼちゃんの家族か! はいはい、確かに。数年前まで、こちらの街に住んでいました」
「リーゼちゃん?」
私は出された紅茶を片手に尋ねる。
「はい。こんな田舎町ですけど、町民の全員を把握するには、この老いぼれには難しいものがありまして。でも、街の人たちの中には、私の美術品に興味を持ってくれる方々がいるのです。リーゼちゃんも、その中の一人でした」
「彼女の家族が引っ越すときのことを、何か覚えていませんか?」
今度は、ミーシャ先輩が口を開く。
出されたティーカップには触りもしない。
「いいえ、特に変わったことは。個人的な事情で、ここから引っ越すことになったとか。まぁ、この街は何もない田舎ですからね。伝統工芸の刺繍と、豚肉料理が少し有名なだけで」
「ご領主も豚肉料理を?」
「えぇ、まぁ。ここの豚肉は美味しいですよ。何せ、自然の中で育てていますから。私のほうでも、いくつかの養豚場を経営しています」
なんでも食べてくれるから、いろいろと重宝しています。
と、ご領主様は機嫌よく笑った。
「そのブイン一家なんですけど。引っ越した先で行方がわからなくなっていて。当時、警察のほうでも捜索したらしいのですが、サンメール伯はそのことをご存じで?」
「そう言われてみれば、そんなこともありましたなぁ。……そうか、あの家族がリーゼちゃんだったのか。嘆かわしいことです」
「警察には、何と?」
「別に。ありのままを説明しました。家族が引っ越すことになった経緯や、その手続きや書類を見せてほしいと。確か、不動産や引っ越し業者にも話を聞いたのではなかったかな?」
「はい。そのように聞いています」
「じゃあ、引っ越した後に、何かの事件に巻き込まれてしまったのでしょうな」
ご領主様のサンメール伯は、それが真実であるように話す。
そうなのか?
どうにも、この人物を信用できない。そんな直感が頭の中で囁く。
「そうですか。ありがとうございました。貴重な時間を割いていただいたのに、我々としても無駄足だったようですね」
「いえいえ、構いません。私としても、こんな若くて美しい淑女のお相手ができて何よりです」
にこにこと、初老と男が笑う。
私と、ミーシャ先輩のことを。
まるで美術品を観察するような目で見ながら。
「最後に、もうひとつだけよろしいでしょうか?」
「ほう? 何ですかな?」
微笑みを絶やさないサンメール伯に、ミーシャ先輩も薄く笑う。
「これは完全に、私の個人的なことなんですけど。……この屋敷の美術品を見せていただきませんか? 私は卒業後の進路を、首都の美術学校を考えていまして。こちらの美術品に興味があるんです」
ぎょっ、と私はミーシャ先輩のことを見た。
嘘だ!
絶対に嘘だ!
この人が美術品なんかに興味があるわけがない。まして、美術学校に進学なんて。この人にできることといったら「芸術は爆発だ!」とかいって、廃墟を爆破解体することくらいだろう。
そんなことを考えていると、テーブルの下で思いっきり足を踏まれた。
……めちゃくちゃ痛かった。
「そうですか! あなたも美術品に興味があるのですね!」
「はい。どうか、お願いします。こちらに伺うまでに聞いた話ですが、ここにしかない美術品もたくさんあるようで」
「はっはっは、たいしたことはありませんが。同じ美術品を愛でる仲間として、無下にはできませんな。どうぞ、こちらに。……あ、お友達もご一緒に」
ありがとうございます、と楚々と微笑む先輩のことを。
私は、自分の足の痛みに耐えながら、憎たらしく睨んでやった。