#4.Highway-Star !! (ハイウェイ・スター!!)
パンッ、パンッ!
乾いた銃声が、寂れた路地裏に響く。
「……っ」
仕事柄、銃の扱いは慣れている。そして、この至近距離だ。狙いを外すわけがない。
予想通り。
眼球を撃ち抜かれた黒犬は、そのまま頭部を後ろにのけぞらせて、地面へと崩れ落ちた。そのまま動かなくなった獣は、悲鳴も上げることなく絶命し―
「……ク、ククッ。可愛い顔をしているのに、危険なものを持っているのですね」
「え?」
どこからか、男の声がした。
いや、私の耳がおかしくなければ。
その声は、確かに。
……地面で死んでいるはずの黒犬から発せられていた。
「しかし、残念ですね。そんな生半可な威力では、我々を倒すどころか、傷をつけることもできませんよ」
ギョロギョロ、と眼球を何度も回転させてから、赤い瞳が私を捕らえる。
そして、ニヤッと口端を歪ませると。
黒犬の死体は、黒い影に包まれていった。何が起きているのか理解できないまま、呆然としていると、その黒い影から長身の男が出現していた。
異形の角に、鋭い牙。
そして、コウモリのような翼。
……間違いなく、人間ではなかった。
「あ、あぁ」
擦れた声だけが、口から零れる。
そんな私の姿に満足したのか、闇から現れた男は嬉しそうに笑う。
「初めまして、可憐なマドモアゼル。さぞかし驚かれていることでしょう。なぜ、あの黒犬が死んでいないのか。突然、あなたの前に現れた私は、いったい何者なのか? ……えぇ、そうです。その顔です。恐怖と混乱に満ちた、美しい表情。嗚呼、これだから人間は興味が尽きない」
男は燕尾服のような服の襟を正すと、余裕に満ちた顔でこちらを見下ろす。
「教えて差し上げましょう。私はね、『悪魔』なんですよ」
「……あく、ま」
何を言っているんだ、と私は混乱する。
「えぇ、そうです。人間をたぶらかし、契約で縛り、その肉と魂を極上の嗜好品とする。その悪魔です」
悪魔と名乗った男は、両手を広げて詩人のように唄う。
「そして、我々は。常に飢えている。娯楽に! 遊びに! いつも新しいおもちゃが欲しくてたまらない! そう、例えば。貴女のように美しい少女を、どのようにして切り刻むか、などね?」
「っ!?」
ぞくっ、と冷たい感覚に背筋か凍り付く。
こいつの目。
本気だ。
本気で、私のことをただのおもちゃにしか見ていない。子供のように無邪気でいて、残忍なまでの悪意をたたえている。
「……あ、あっ」
私は、震える足で何度も転がりながら立ち上がると。何も考えることもできずに、その場から逃げ出した。
「(……悪魔って、なんだよ! なんだよ、それ!?)」
混乱とパニックを起こしながら、自分のコートを抱えて無様に逃げていく。そんなことをしても、無駄なことは頭の片隅でわかっていた。
だって、あれは。
人間が戦っていい相手ではない!
自在に姿形を変えて、銃も効かず、人を痛めつけることに喜びを感じている。逃げないと。とにかく、今はにげないと―
「くくく、追いかけっこですか? 聞き分けの悪い淑女は、私の好みではないのですが」
「なっ!?」
頭のすぐ後ろで、声がした。
慌てて振り返ると、男の手が。すでに目の前にまで迫ってきていた。
そのまま顔面を掴まれると、軽々と私の体が持ち上げられる。人間の重さなんて感じていないような動きだった。
「いけませんよ。淑女たるもの、もっとお淑やかでないと。……ねぇ?」
にたり、と粘着質な笑みを浮かべる。
そのまま、まるで紙屑をゴミ箱に捨てるような動作で、私の体は放り投げられた。
「がっ、ぐっ、がはっ!?」
土、草、砂利、様々なものにぶつかり、跳ね飛ばされて。
気がついたら、私は夜の公園に転がっていた。手が痛い。背中が痛い。頭が痛い。何もできず、何の抵抗もできず、本当におもちゃのように弄ばれている。
……これが。
……悪魔。人ではない異形の存在。
「くくっ。人間とは、なんて脆くて儚いのでしょう。せめて、美しく咲いた花を折るときのような、甘美な悲鳴を上げてください」
悠然と。
悪魔は近寄ってきて、甲高い足音を公園に響かせる。カツッ、カツッ、と死が忍び寄る音に対して、もはや私の感覚も鈍くなっていた。
「くくく。では、いただきましょう。嗚呼、人間の悲鳴など久しぶり過ぎて、どうにも滾ってしまいます」
悪魔の男は、私の首に手をかけて。
そのまま握りしめる。
指が食い込んでいき、呼吸ができなくなっていく。
「が、ががぁ」
意識が、途切れそうになる。
視界がどんどん暗くなっていって、手から力が抜ける。私は、ここで死ぬのか? そんな言葉が頭をよぎる。
……その時だった。
「汚ねぇ手で、ウチの生徒に手を出しているんじゃねーよ。……スレッジハンマー流、喧嘩術第七曲。『HighwayStar』ッッ!」
風が吹いた。
突風かと思うような唸りと共に、学生服を着た見知らぬ男が割り込んできて。
私の首を掴んでいた悪魔の腕を。
……拳で、へし折っていた。
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