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♯1. Lost Letter(行方不明者からの手紙)

挿絵(By みてみん)



――◇――◇――◇――◇――◇――◇―― 


 ……お久しぶりです。

 今もあなたは、元気で過ごされていますか? もし、大きな病気にかかることなく、普通の日々を送っているのであれば。私にとって、これ以上に幸せなことはありません。


 突然のお手紙に驚かれているでしょう。

 ですが、私には。あなたしか頼れる人がいないのです。


 お願いです。

 どうか、私たち・・・・を助けてください。


 自分勝手なことをいっていると理解しています。

 単なる悪戯だと思われても仕方ありません。


 それでも、私には。

 あなたしか縋れる人がいないのです。


 どうか、どうか。

 私たちを見つけてください。そして、ここから救い出してください。


 あなたの従妹、リーゼロッテより。



――◇――◇――◇――◇――◇――◇―― 



 人間は、嘘をつく生き物だと思っている。


 それは、ミーシャ・コルレオーネがこれまで生きてきた経験において、最も正解に近い言葉のひとつだと思う。


 そう例えば。

 隣のソファーで、美味しそうにプリンを頬張っている銀髪の女の子。


 彼女の名前は、ナタリア・ヴィントレスちゃん。

 彼女自身の言葉を借りるなら、どこにでもいる普通の女の子だそうだ。


 もちろん、嘘だということは気がついている。


 どこの世の中に、制服のスカートの中に拳銃を隠していて、いつも持ち歩いているヴァイオリンケースには見たこともない最新式の銃を隠していて、自分の部屋のギターケースに狙撃銃を保管している女の子がいるだろうか。


 だが、同時に。

 彼女の人間性には、信頼できるものがある。


 実際。これまでの悪魔との戦いで、逃げ出せる機会や、裏切れるチャンスなんていくらでもあったのに。彼女は今もこうやって、時計塔の執務室のソファーで美味しそうにプリンを食べている。その嬉しそうな表情を見ていると、こちらまで心が緩んでしまいそうだ。


「ミーシャ先輩? 食べないんですか?」


「欲しければあげるわよ」


 ミーシャがそっけなく言うと、彼女は嬉しそうに、そして何の遠慮もなく。私のプリンを持ち去ってしまう。この素直さは、私も見習うべきかもしれない。そんなふうに思ってしまうほどだ。


 ……さて、話を戻そう。

 人間は、嘘をつく生き物である。

 それと同時に、本当のことを言っている可能性だって十分にある。それがわかるのは神さまだけか。それとも悪魔か。


「(……さて。このお客様は、果たしてどちらかな?)」


 ミーシャは、興味なさそうに頬杖を突きながら、向かい側のソファーに座っている女子生徒を見る。彼女の手には、一通の手紙が握られていた。




「さぁ。話をまとめようか」


 執務机に座っていたアーサー会長が、おもむろに口を開く。

 彼の手元には、先ほどのお客さんである女子生徒が持ってきた手紙と、一枚の家族写真があった。

私は二個目のプリンをありがたく頂戴して、舌鼓を打つ。ミーシャ先輩も勿体ないことをする。こんなに美味しいプリンを食べないなんて。


「昨日のことだ。僕の元に、一人の女子学生が尋ねてきた。名前は、カレラさん。この学校に通う一年生だ。出身は、北にあるサンメール街。古くから領主が治めてきた片田舎だね」


 ここからだと、移動に半日はかかる距離だ。


「彼女の話だと、数日前。宛先不明の手紙が自宅のポストに投函されていたらしい。差出人の名前もなく、切手も消印もない。初めは、誰かの悪戯だと思っていたんだけど、中を見てみると。それは予想外の人物からの手紙だったそうだ」


「へぇ、誰なんです?」


 私がプリンにスプーンをさしながら尋ねる。

 すると、アーサー会長は少しだけ間を置いて答えた。


「カレラさんの従妹だよ。……三年前から行方不明・・・・になっているはずのね」


「へ?」


 ぽとり、とスプーンからプリンが零れ落ちた。

 私は思わず言葉を失ってしまう。そんな私を横目に見て、ミーシャ先輩は要点がよくわからないという顔で質問する。


「つまり、なに? 行方不明と思われていた、その従妹さんは。実は、この首都のどこかで暮らしていて、久しぶりに会えないかと手紙を出してきた、ってこと?」


「いや、実は。事態はそれほど単純ではないみたいなんだ」


 はぁ、とアーサー会長が重い息をつく。

 その表情からは、疲れとも、憂鬱とも取れるものが滲んでいた。


「カレラさんの従妹、リーゼロッテ・ブインさんだけどね。行方不明になっているのは、彼女だけじゃないんだ。……彼女の家族。その全員が・・・・・消息不明とされている」


「……は? どういうこと?」


 ミーシャ先輩も難しい顔をして、眉間にしわを寄せる。


「もちろん、警察は捜査をした。事件と事故、両方の可能性を考えてね。だけど、何も見つからなかったそうだ。彼らが住んでいたサンメールの街から引っ越した後は、まったく足取りが掴めなかった」


「だったら。まだ、その前の街にいるんじゃない?」


「いや、それはないらしい。その街の不動産や引っ越し業者たちに確認したところ、間違いなくサンメールの街から出ている。書類も確認済みだ。引っ越し先で家具などの受け取りも済ませているし、近所の人からは、楽しそうな一家が引っ越してきたと喜んでいたみたいだ。……だけど、その日から―」


 忽然と、家族全員が姿を消した。

 ミーシャ先輩は表情を暗くさせたまま口を閉じる。


「そんな経緯のある家族の一人から。突然、こんな手紙を受け取って、どうしたらいいのかわからなくなった。そこで、僕のところへ相談に来たらしい」


「ふーん」


 ミーシャ先輩は長い黒髪をかき分けながら、アーサー会長の机にある手紙を手に取る。

それと一緒にある、色あせた家族写真を見た。

 さっきまでいた女子生徒ではない。別の女の子を中心に、家族が穏やかそうに笑っている。服装も質素で、静かな生活を望んでいるような家族だった。


「……『あなただけが頼りです』、『私たちを見つけてください』か」


 ミーシャ先輩が手紙を読み終えると、正面にいる彼が口を開く。


「正直。僕は嫌な予感がするんだ」


 そう話すアーサー会長は、いつになく険しい表情をしていた。


「引っ越した直後に、消えてしまった家族。三年も経って、前触れもなく送られてきた手紙。その内容を見る限り、もしかしたら急を要するものかもしれない」


「急を要する? 例えば?」


「……誘拐。もしくは、監禁に類する事件かも」


 アーサー会長の目つきがどんどん鋭くなっていく。


「もちろん。ただの悪戯だっていう可能性もある。だけど、こうやって彼女の従妹の名前まで出すのは、どうも手が込みすぎている。……皆には悪いけど、この週末。僕は出かけることにするよ」


「出かける、って。どこにいくつもり?」


「現地だよ。サンメールの街に行って、この目で確かめる」


 アーサー会長は真顔だった。

 他人のために、そこまで行動できるとは。とても私には真似できないな、とプリンのカラメルソースを混ぜながら他人事のように思っていた。


「はあ? あんたが行ったからって、どうなるのよ?」


「まずは、サンメールの街を治めている領主に話を聞こうと思う。それから、失踪したブイン一家が住んでいた家を訪ねて、何か手がかりがないか調べてみるよ」


「一度は、警察が調べたんでしょ? 何も出ないわよ」


「そうかもしれない。でも、僕は行くよ。なんだが、自分で確認しなくてはいけない気がするんだ」


 アーサー会長は本気だ。

 傍に立っている黒服のペペに、週末の予定をキャンセルするように伝えると。書類をまとめて、旅行バックに詰め込んでいく。

 そんな彼を見て、声をかけたのは。

 やっぱり、ミーシャ先輩だった。その顔は、ちょっとだけ呆れつつも笑っている気がした。


「別に、あんたが行く必要はないでしょ。その家族が失踪したのは三年前。悪魔が出現することになった『悪魔の証明』事件よりも過去の話なのよ。あんた。悪魔が関係していないと知っていて、それでも調査に行くわけ?」


「それでも、見て見ぬフリはできない。人の命が掛かっているかもしれない」


「もし、誰かの悪戯だったら?」


「その時は、僕のことを笑えばいい」


 一歩も譲ろうとしない、アーサー会長。

 執務机に寄りかかって、前のめりになるようにこちらへ問いかける。そんなアーサー会長の姿を見て、やれやれとミーシャ先輩が肩をすくめる。


「まったく、言い出したら聞かないわね」


「……ごめん」


「謝るくらいなら、もっと仲間を頼りなさい。あんたの悪い癖よ、それ」


 そう言って、ミーシャ先輩は長い黒髪をなびかせた。

 その瞳の奥には、彼への優しさが溢れていた。


「いいわ。この手紙の件は、こっちでやる。私たちが現地に行くから、あんたは誰が手紙を郵便受けに入れたのかだけ調べなさい」


「私、たち?」


 アーサー会長が首を傾げる。

 そんな彼に、ミーシャ先輩は不敵な笑みを浮かべる。


「えぇ、そう。私たち。……そうでしょ、ナタリアちゃん?」


「あ、はい。……はいっ!?」


 突然、こっちに振られて飛び上がってしまった。

 空になった二個目のプリンの容器が、ころころと絨毯の上を転がる。


「ちょっ、ちょっと。なんで私を巻き込むんですか!? 調べるんだったら、ミーシャ先輩だけで行けばいいじゃないですか!?」


「へー、そういうことを言うんだ。せっかく、私のプリンをあげたというのに」


「うっ?!」


 私はわかりやすく顔を強張らせる。


「大丈夫よ。ちょっとした週末旅行みたいなものだから。現地のホテル代も、時計塔の経費から落ちるし」


「え~。そうだとしても―」


「何だったら、買い物も付き合ってあげるわよ。サンメールの街は可愛いお土産屋さんで有名だから」


「なら行きます!」


 きゃぱっ、と急に真面目な表情になる。

 そういえば、最近は近場ばかりで、遠出して買い物に行ってなかったなぁ。この際だから、部屋の模様替えもしちゃおう。ホテル代もタダとなれば、これはもう行くしかないよね。


 などと考えている私のことを、ミーシャ先輩はどことなく心配そうな目で見ていた。『あー、本当にちょろいな。なんか、この子の将来が心配になってくる。変な男に捕まったりしなければいいけど』。なんだか、そんなことを思われている気がした。


 私が不機嫌そうな顔を向けると、彼女はにっこりと笑った。


「じゃあ、今度の週末。朝一番の列車で出発よ。向こうで一泊する予定だから、ちゃんと準備しておいてね。……あと、アーサー。黒服のペペを借りてもいい? ちょっと調べさせたいことがあるの」






・今回は、サスペンス・ホラー的な話です。話の長さ的には中編といったところですね

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― 新着の感想 ―
[良い点] ちょろすぎませんかねえ残念姫
[一言] やっぱりチョロいナタリアさん。 今回は失踪した一家の一人からの手紙。 本当に悪魔出現はその事件より後からだったのか?
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