♯2. 7.62mm or C4 or ...(ご注文は惨殺ですか?)
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「それで? こんな夜遅くに、私を呼びつけたと?」
バカなの? という冷めた視線。ナタリアちゃんも随分と慣れてきたもんだと、ミーシャは不貞腐れながら思った。
時刻は、深夜に差し掛かるところ。
ミーシャは消灯になった女子寮の部屋をこっそりと抜け出すと、後輩であるナタリアの部屋へと直行。そこで今にも眠りそうな彼女を拉致、……もとい協力を仰いで、自分の部屋へと連れ込んでいたのだ。
「てか、ミーシャ先輩。お家に帰らなくてもいいんですか?」
「今、父親と喧嘩中だから無理」
ぷいっ、と子供のようにそっぽを向く。
ミーシャは首都生まれの首都育ちなので、この学園に編入した当初は実家から通っていたのだが。父親との喧嘩という、しょーもない理由で女子寮に家出していた。
「同室の子は、どうしたんです? まさか追い出してー」
「違うわよ。彼氏のところに泊まりにいって、そのまま帰ってこないだけ」
部屋の明かりをつけると、寮母に気づかれてしまう。
ミーシャとナタリアは、ベッドシーツを頭から被って。そこで小さなランプを灯した状態で、こそこそと喋っている。
「まったく。夜更かしは美容の大敵なんですよ。わかってますか?」
「嘘を言いなさい。あなた、肌のケアとかあまり気を使ってないでしょ?」
「……なぜバレたし」
ぼそっ、とナタリアが呟く。
今の彼女の服装は、寝る直前のパジャマ姿だった。クリーム色の生地に、可愛らしい猫のキャラクターが描かれている。しかも、猫耳つきのフードがついているという、割とあざといくらい可愛いやつだ。
人によったら、そのあざとさが鼻につくのだけど。この銀髪の少女は、そもそも自分を可愛く見せる魂胆からしてない。結果として、小柄な女の子が無邪気に可愛いパジャマを着ている、という完璧な絵面が完成していた。
「ほんと無駄に可愛いわね、この子」
「なにか言いました?」
「別に。それよりも、私の話を聞いてた?」
きっ、とミーシャが鋭い視線を向ける。
それは黒服のペペを汗まみれにさせた視線と同じものだったが、寝落ち寸前のナタリアは悠長にあくびを漏らす。
「ふわぁ~、聞いていましたよ。つまり、先輩は。アーサー会長に告白する女を『排除』しろと、そゆことですよね?」
「違うわよ。排除しろなんて言ってない。ちょっとだけ『邪魔』してほしいの。良い雰囲気になったらムードごと『ぶち壊し』にしたり、そもそも告白することを諦めてしまうような。そんな『嫌がらせ』をしたいだけなのよ」
「先輩。あんた最低ですわ」
ナタリアが真顔で言った。
そして、小指で鼻をほじりながら口を開く。
「そもそも、その話は本当なんですか? アーサー会長にラブレターを送った女子生徒が、明日の放課後に告白しようとしているなんて」
「それは間違いないわ。ちゃんとペペを尋問して、手紙の内容を確かめたから」
その結果。
黒服のペペは、三日間ほどピザが食べられない体質になっていた。
「それもどうかと思いますけどね。……そもそも、アーサー会長とミーシャ先輩の仲は、校内でも有名な話。そんな二人の間を割って入ろうとする猛者がいるとは、とうてい思えませんけどねぇ」
「そ、そうよね! まぁ、アーサーが私のことを好きなだけで、私は別に何とも思ってないんだけどね!」
「あー、でも。アーサー会長も男だからなぁ。可愛い女の子に言い寄られて、コロッと落ちちゃうかも」
「は?」
ミーシャの顔が、一瞬にして険しくなる。
だが、相手は空気の読めない。いや、あえて空気を読まずにブチ壊してくるナタリア・ヴィントレス。相手が誰であろうと、言いたいことは言ってしまう。
「だって、先輩。ちょっと性格に難ありじゃないですか。いくらアーサー会長が変わり者好きだとしても、ずっと手を出さないのは不自然じゃないですか?」
「難あり、って。……人を不良品みたいにいうのは止めなさい」
「事実でしょう? 人の恋路を邪魔しようとしている時点で、もはや悪役令嬢の何者でもありませんよ」
「違うわよ! ちょっとアーサー宛ての手紙を検閲したり、他の女からの手紙をこっそりと捨てたり、軽く脅して近づけなくさせたり。それくらいしかしてないわよ!」
「あ、すみません。悪役令嬢じゃなくて、普通に『悪役』でしたわ」
ナタリアの眠そうな目が、呆れを通り越して侮蔑に変わっていく。
「ふわぁ。……でも、ミーシャ先輩。もし、その女子生徒がアーサー会長に本気の恋をしていたらどうするんですか? いつまでも会長のことが好きで、付きまとってきたら?」
「72時間の拷問にかけてから海に沈める」
「うわぁ。どこかで聞いたことのある言い回しですねぇ」
あはは、と力のない声で笑う。
そして、ようやく。ここに至ってナタリアは確信した。これは適当にあしらえる案件ではないことを。この先輩。学園の生徒からは、高潔な姫とか、高嶺の華、なんて呼ばれているけど。アーサー会長のことになると、その精神は脆弱な紙装甲。ぺらっぺらの虚勢すら張れず、すぐに泣きそうになってしまう。
故に、自分の安眠を勝ち取るためには。
早期解決となる案を提示するしかないと。
「……わかりました。ちょっと待っていてください」
「どこに行くの?」
「自分の部屋に。準備するものがあるので」
そう言い残して、ナタリアは頭から被っていたベッドシーツから這い出ていった。ぱたんっ、と部屋の扉が閉まる音。わずかな時間、静寂に包まれる。
そして、数分後。
ナタリアは戻ってきた。その両手には、ギターケースが握られている。
「ミーシャ先輩。確認ですけど、……要は、アーサー会長に告白するのを阻止すればいいんですね?」
「そうだけど、何か良い方法でも?」
「えぇ」
そう答えて、ナタリアは薄暗い部屋でギターケースを開ける。そのままミーシャに背中を向けて、何かガチャガチャと準備を始める。手元さえよく見えない暗闇で、待つこと数十秒。
「……準備できました。完璧です」
「ほんと! いったい、どんな名案が―」
「はい。アーサー会長に告りにきた女子を、これで狙撃します」
「……は?」
首を傾げる、ミーシャ。
そして、そんな彼女の目の前にいるのは。自動装填式のスナイパーライフルを構えた後輩の姿だった。
「最近、手に入れた『ドラグノフ狙撃銃』です。有効射程700メートル。銃弾は7.62㎜。こいつでヘッドショットすれば、さすがに告白なんてできないでしょう」
ミーシャの思考が、止まった。
そして、自分もヤバい人間である自覚はあったが、目の前にいる後輩が予想以上の常識破綻者であったことに言葉を失っていた。
「あ、あはは。狙撃って、戦争じゃないんだから。冗談キツイって―」
「冗談じゃないですよ。学園外の敷地から、有効射程距離ギリギリのポイントで射撃すれば、流れ弾に当たった不幸な事故に見せかけることもできます。それに昔から、よく言うでしょう。恋と戦争は、どんなことをしても正当化されるって―」
「告白しようとしている女子生徒の頭をブチ抜いて正当化される理屈が、どこにあるって言うのよ!」
「何を言っているんですか? 東側の連邦では日常茶飯事ですよ」
「え、マジで?」
「はい、マジで」
眠気のため、ナタリア自身も何を言っているのか理解できていなかった。
だが、さすがにやり過ぎたと思えたのか。首を傾げながらも、その狙撃銃をギターケースに戻していく。
「でも、確かに。狙撃は痕跡が残るから辞めておいたほうがいいかも。銃弾も回収しなくちゃいけないし、警察当局の賄賂も相当な額になるでしょう」
「あ、そうね。わかってくれた?」
「はい。わかりました。……なので」
ごそごそと眠そうなナタリアは、ギターケースからお弁当箱みたいなものを取り出した。
「これを使いましょう」
「これは?」
「C4です」
「は?」
「C4です。高性能爆薬。その火薬量なら首都のビルくらい瓦礫に変えられますよ。そいつに信管を埋め込んで、告白場所に埋めておくんです。そうすれば、アーサー会長に告白しようした女子生徒は、自分から踏んで勝手に爆発を―」
「いやいやいや、だから! 告白しようとしている女子生徒を爆薬で吹き飛ばすなんて、誰がやるっていうのよ!」
「何を言っているんですか? 東側の連邦では割と毎日のように起きてますよ」
「……え、マジで?」
「はい、マジで」
激しい睡魔のため、ナタリアの目はほとんど開いていなかった。
今にも寝落ちしそうな女の子は、高性能爆薬を片手に「信管、どこにやったっけ?」とこの場で起爆準備をする気まんまんだった。
「あのー、できれば。爆薬のナシの方向で」
「はぁ。そうですか、だったら―」
暗闇の中、ごそごそとギターケースを漁っているナタリアは、とうとう睡魔に抗えず。首をガクッとさせながら手を差し出した。その指には、謎のアンプルが摘ままれている。
「この超危険な殺人ウィルスをばら撒いてやりましょう。パンデミックを引き起こせられたら、会長への告白を阻止させるだけでなく、この首都もろとも崩壊できますよぉ。……すぴー、すぴー、……はっ。ら、らいじょうぶですよぉ、連邦では5分に1回はどこかでパンデミックが起きていて、国中はゾンビであふれているので」
「……ナタリアちゃん。ごめん、私が悪かったわ。お願いだから、もう寝てちょうだい」
がくっ、と寝落ちしてしまった後輩の寝顔を見て、この子には逆らわないほうがいいのかもしれない。とミーシャは本気で思っていた。
翌日。
アーサー会長にラブレターを出した女子学生は、……普通に告白して、普通にフラれた。
『Chapter8:END』
~NO LOVE , NO WAR!!(彼と彼女の恋愛模様。Vol.1)~
→ to be next Number!
次回は、シリアス回。『吐き気を催すほどの邪悪』をお送りしますw